28.未知数ミライ
――いくら大事なものがあったとしても、火事の中に飛び込むバカがおるか!
――犯人を見つけたとしても、自分で捕まえようとするな、バカ者!
翌朝。
入院した俺たちを迎えに来た両親、桜町のじいちゃん、学校の先生たちに、「無事でよかった」よりも「バカ、バカ者!」を連呼された。
犯人検挙に感謝しに来た警察の人が、「まあまあ」ってとりなしてくれたぐらい。俺なんて、親父からゲンコツくらったし。
俺の追試は、事件のこともあって、特別に一日遅らせての実施となった。ひどい怪我ってことはないけど、まあそれなりに火傷してるし、犯人ともみあったせいで、擦り傷なんかもいくつかある。その辺を考慮しての遅延。
結果は、合格。
一日遅らせてもらったことが功を奏したっていうより、あの病院での桜町の指導がよかったからだと思ってる。桜町。言葉通り、俺を眠らせないほど、スパルタで勉強を教えこんできた。
――将来同じ大学に行きたい。
あのスパルタ具合なら、その夢も叶うだろう。叶えられてしまう。俺の脳みそ、どうにかなりそうだけど。
*
それからしばらくして。
俺は、桜町と一緒に興善寺に向かった。
少し盛り上がった硬い土に突き立てられた、小さな岩。
以前はもしかしたら墓標として、名が刻んであったのかもしれないけど、風雪に削られ、苔が生えて色褪せて。今じゃ何もわからなくなってしまった、大小の岩。
俺が前世の記憶として覚えているのは、左側にある岩。これが、千寿姫の父、真野康隆の墓。その隣、すこし小ぶりだけど平べったい岩が、おそらく俺と千寿姫の墓なんだろう。
放火犯のせいで、寺のあちこちは焼け落ちちまったけど、周りに生えてる木に守られるように、墓のあたりは無傷だった。
その手前にあった花台なのか、ただの塩ビパイプニョキッなのかわかんないやつに、桜町が持ってきた花を供えた。赤い花弁に黄色いフサフサした雄しべ(雌しべ?)を持つ枝つきの花。葉っぱの緑がとても鮮やか。
「椿の花だよ」
前世で、俺が千寿姫に、持っていて欲しいと望んだ花。千寿姫に似合うと思った花。
「そっか。これが椿か」
「うん。キレイだよね」
それから、二人並んで手を合わせる。
自分に手を合わせるのはおかしな気がしたけど、それでも姫と真野康隆、それに俺の子(?)も眠ってるのならと、祈りを捧げる。真野康隆と、生まれることのなかった俺たちの子。二人とも、どこかで生まれ変わって、幸せに暮らしてたらいいなと願う。
「――さて、と。行くか」
「うん」
俺に続いて桜町も立ち上がる。
今日の用事は、墓参りだけじゃない。
》いいモン食わせてやっから、いつものカフェに来い。
今朝、川成から届いたメール。
》桜町も連れてこいよ。
一緒に出かけてることはお見通しだったらしい。
(まあ、あれからずっと仲良くやってるからなあ)
それまでは、ただのクラスメート、たまたまクラスが一緒になった程度の関係だったのに。今じゃ、一緒に昼飯食ったり、くだらないことだべったりする仲になったし。もちろん、五木や川成も一緒で、「桜町ってこんなキャラだったんだ」と驚きつつ、なんだかんだで馴染んでくれてる。
ピロン。
「あ、川成くんからだ」
いつの間にか、アドレス交換してたんだろう。桜町のスマホに、川成から連絡が届いた。
「なにこれ。『ただいま攻略中!』って……」
プッと笑い出した桜町。その手にあるスマホを、どれどれと覗き込むけど。
「……ウゲ」
絶句。
桜町に届いた写真。
デカすぎデカ盛りジャンボイチゴパフェ。画面いっぱいの白と赤の向こうで、スプーンを持ったうれしそうな川成が写ってる。
「もしかして。いいモンってこれのことじゃないだろうな」
だとしたら、俺、遠慮したいんだけど?
「新里くんは、こういうのは嫌い?」
「いや、嫌いじゃないけど……」
甘いのは嫌いじゃないけど、ここまでデカいのは遠慮したい。
川成の顔よりデカいパフェ。見てるだけで胸が焼ける。
「僕は、食べてみたいな、これ」
「マジか」
「うん」
画面を見て、少しうれしそうに頬を緩ませた桜町。
そっか。コイツ、こういう甘いモンが好きなんだ。
てっきり、その容姿から、「甘いものは苦手で」とか、「甘味は、和菓子がいいな」とか言い出すかと思ってた。コーヒーならブラック一択。
(千寿姫なら、どうだったんだろうな)
桜町の前世、千寿姫。
彼女が何を好んだのか。知らないままに俺は死んじまった。
けど。
(桜町のことは、これから少しずつ知っていけばいい、か)
前世とは違う、戦のない現代で。
あれが好き。これが嫌い。
クールで知的な近寄りがたい印象だったのに、知り合ってみれば、全然そんなことはなくて。前世からの因縁で、俺を守ろうと健気で一途な努力をしてたかと思えば、俺を罠にハメる策士で、人を翻弄してくる。
千寿姫とは全然違う桜町。同じ魂を持っていても、その人格は同じじゃない。
それは、俺も同じで、俺は久慈真保の記憶と感情を持っているけど、真保本人じゃない。
俺は俺。新里千尋本人だ。
前世とは違う桜町と俺。
なんたって、俺たちは〝友白髪〟の仲なんだし。コイツを知るための時間はたっぷりある。
「なあ、そういえばさ。あの小説、完結させてくれねえか?」
「小説? あれを?」
山門を出て、並んで歩く桜町が首をかしげる。
「あ、もちろん、史実どおりじゃなくていいぞ」
戦で俺が死んで、千寿姫が殺される結末なんて読みたくない。
「歴史改変。ハッピーエンドがいい。あの戦で、真保は印南に勝つんだよ。冨田にも負けないでさ、久慈のクソ親父なんかが手出しできねえように仕向ける。戦が終わったら、そうだな。山に逃していた領民と千寿姫も迎えに行く。姫も、約束通り赤い椿の花を持って待っててくれるんだ」
照れるけど、そこで、千寿姫の告白なんてあったらいい。「ご無事で、……よかった」なんて涙の一つでも流して飛びついてきたら、なんか最高じゃね?
「子どももちゃんと生まれてさ。姫と真保。二人で無敵状態で千栄津を守るんだよ。千栄津は二度と戦に巻き込まれることなく、二人は平和な世界で末永く幸せに暮らしました、めでたしめでたしってさ」
それは史実じゃない。史実を捻じ曲げた、俺の願望のようなもの。
だけど、小説は歴史書はないんだから。それぐらいの夢を書いてもいいと思う。
「そうだね。そういうラストにしてみようか」
軽く目を伏せた桜町。
桜町にもわかってるんだろう。そんな結末が夢でしかないこと。
でも、前世なんて夢みたいなもんなんだから、ちょっとぐらいのワガママ改変は許される。ただの自己満足かもしれないけど。
「じゃあ、そこに、『姫は、真保にたくさん愛されて、たくさん子を産み、幸せに暮らしました』って追加してもいい?」
「うえっ!?」
俺の子を? たくさんっ!?
「だって、現世では産めそうにないし」
「当たり前だ!」
俺の子を産まれてたまるか!
残念そうな桜町に抗議。
「ま、まあ、どうしても産みたいってのなら、来世に期待だ」
「来世?」
「おう。来世でちゃんと男女で生まれてきたら、そしたら、そういうこともあってもいいかも……しれ、ない」
って、俺、なに言ってんだ?
途中から恥ずかしくなる。
「新里くん。来世も僕と出会ってくれるの?」
「お、おう。お前がイヤじゃなければな。腐れ縁ってやつだ」
一世、二世、三世、四世。
コイツが「もうイヤだ」と言い出さない限り。何世だってつき合ってやる。
驚く桜町に、引くに引けなくなった俺がフンスと鼻を鳴らす。
「――人たらし」
「は?」
桜町の呟き。よく聞こえなかったんだけど。
「それより、急ごう? 川成くんが、これを奢ってくれるって。バケツdeプリン、生クリーム添え」
「げ」
スマホの画面に、これまた溢れんばかりのプリンの写真。周囲にはモリモリの生クリームとトッピング付き。――プリンのオバケ?
「楽しみだね、バケツdeプリン。一緒に食べよ?」
「お、おう。そう……そうだな」
動揺して立ち止まった俺を置いて、ニッコニコの桜町が先に歩き出す。
知的クールな見た目なのに、川成に負けず劣らずな激甘党。
千寿姫とも違う、桜町。
俺は、この桜町和真という人物を知らない。
コイツがどんなことが好きで、どんなことを思ってて、これからどうしていきたいか。
少しずつ覚えていけばいい。そのための時間ならいくらでもある。
「よろしくな、桜町」
「ん? 何か言った?」
俺の呟きに、桜町がふり返る。
「いや。なんでもねえ」
軽く首をふって、俺も歩き出す。
「待てよ」
追いかける俺。
薄い冬の午後の日差しが、俺と桜町の影を作る。追いかけた俺の影と桜町の影が、真っ直ぐ伸びる道路の上で、じゃれ合うように交わった。




