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27.今、男ありけり

 「なあ、一つ疑問があるんだけどさ」


 少しくつろぎ、ベッドの上で胡座をかく。


 「お前なんで、俺を〝千寿姫〟って呼んだんだ?」


 あのお城公園のでの出来事。

 過去、前世を思い出しかけた俺に、コイツ、言ったんだ。

 「――僕が久慈真保だったとしたら、キミはどうする? 千寿姫?」って。

 あのセリフから、俺、自分を千寿姫だったって勘違いしてたし、コイツを真保だって思い込んでた。

 あれは、いったい何だったんだ? なんであんなミスリードを起こすようなこと、言ったんだ?


 「新里くん。キミ、自分が殺されたと時のことって、思い出したい?」


 「へ?」


 「僕は思い出したくないよ。千寿姫は気丈にも死を選んだけど。僕は今でも、あの時のことをあまり思い出したくないんだ」


 「桜町……」


 前世を話してくれた桜町。やけにあっけらかんと、突き放すような喋り方だと思ったけど。もしかしてもしかすると、桜町、怖かったのかもしれない。心情を込めて話せば、それだけ恐怖が蘇ってくる。

 

 「ほら、これで怖くねえか?」


 「新里くん。……ありがとう」


 コロコロと点滴を連れて、桜町のベッドに行く。俺でどうにかなるかわかんねえけど、誰かが寄り添えば、少しは楽になるかもしれん。

 桜町の隣に腰掛けて、膝に置かれた手に、自分の手を重ねる。スッと長くてキレイな桜町の手は、氷のように冷たかった。


 「僕ね、キミには前世を思い出してほしくなかったんだ。殺された最期ってのもあるけど。キミ、自分が真保だって知ったら、自分のこと、責めそうでしょ?」


 「え、あ、うん……」


 自分が真保だったと知って。俺、コイツにとんでもなく申し訳なく思ってるし、何百回、何千回と謝罪したって気がすまなくなってる。

 戦とはいえ、父親を殺して凌辱するような男。許されるわけないし、許しちゃダメだと思う。


 「僕はキミに過去のことを思い出してほしくなかった。キミに罪悪感を抱いてほしくなかった。だから、あの時とっさにウソをついたんだ。前世が姫なら、キミが苦しむことはないだろうって」


 「そうだったのか……」


 だから、あんなに、頑なに小説を読ませなかった。読んでも、これはフィクションだからって、忘れてと念を押していた。

 

 「でもそれじゃあ、どうして前世を小説にしてたんだ?」


 「それは……。二年になってキミと同じクラスになって、どうしても抑えきれなくなったんだ。過去を、誰にも知られたくないけど、だからって忘れるなんてできなくて、それで……」


 誰にも言えない前世。

 誰にも知られたくない前世。


 ネットとかで小説にしなかったのは、万が一でも俺の目に触れたら困るから。けど、渦巻く感情を抑えられなくて、小説としてノートに記していた。

 あのノート。

 俺に読まれちまったのは、コイツにとって想定外の想定外、ありえないほどの大失態だったんだろうな。


 「って、あのさ。俺を見て、『コイツが真保だ!』ってわかってたわけ?」


 同じクラスになって。そういうピーン! みたいなもんってあるのか?


 「うん。僕、早くに記憶を取り戻したせいか、前世で縁の深かった相手かどうか、直感的にわかるんだよ。だから、あの放火犯も特定できた」


 「放火犯?」


 あの寺に火を放ったやつか。

 あの時、桜町は、預言者か巫女かってぐらい、迷いなくアイツを指さしてたけど。


 「アイツね。アイツの前世は、冨田だよ」


 「冨田ぁあっ!?」


 「多分、本人は覚えてないだろうけどね。潜在的に、この栄津市を憎んでいた。ここをめぐって自分が死ぬことになったわけだし。これからの事情聴取次第だけど、おそらく『ムシャクシャしてやった。火をつけるとスッキリした』とか言い出すんじゃないかな」


 「ハア~、冨田ねえ……」


 だからアイツがナイフを取り出した時、俺、死を覚悟しちまったってことか。

 前世でもアイツに首を落とされて死んでいるから。

 思わず、空いてるもう片方の手で首に触れる。


 「ってことは、他にも俺たちの周りで生まれ変わってきてるヤツがいるのか?」

 

 あの放火犯が冨田だとしたら。他にも誰か。


 「うーん。僕にわかるのは縁の深い相手だけだから。とりあえず、川成くんはこの地の領民だったし、僕の兄は前世の印南影孝だった人物だよ」


 「か、川成があっ!? ってか、印南が兄って。だ、大丈夫なのか?」


 あげた声のトーンを落として尋ねる。

 前世で自分を射殺した相手が、現世で兄って。

 それって、大丈夫なのか? またブスッとやられたりしねえのか?


 「大丈夫だよ。兄は、兄さんは僕を殺したりしない。年は離れてるけど、いい兄だよ。前世のことは思い出してないみたいだけど、僕のことは普通に、弟として接してくれてる」


 「そ、そうか。それならいい。それなら……」


 ドキドキした心臓を、呼吸をくり返すことで落ち着かせる。

 

 「兄さん、影孝は、前世で僕の死後に迎えた姫と相思相愛だったみたいで。三男四女をもうけた上に、現世でも巡り合って来春には結婚する。すごいよ。傍で見てられないぐらいのラブラブっぷりだもん」

 

 「そ、そうなのか」


 それならいい。それなら、いいんだろうか。ハテ?


 「それより。僕の方も驚いたよ。まさかあの一言で、キミが自分を千寿姫って思い込むようになるなんて」


 「うっせえな! 仕方ないだろ。思い出すのは、全部千寿姫のことばっかだったんだからよ!」


 記憶を取り戻しかけて。

 それまでも、脳裏に浮かぶのは、ずっと千寿姫の姿ばかりだった。

 姫の姿。声。仕草。

 今思えば、それは真保が、真保の体を通して感じていた千寿姫だった。千寿姫が、あんなに鮮やかに自分の容姿を覚えてるはずがない。実際、今の俺、真保だってわかっても、前世の自分の声とか顔とか、何一つ思い出せてねえし。

 小説読んで、真保を嫌悪してたってのもある。あれは、自分が凌辱されて、相手を嫌悪してたんじゃなくって。好きになった相手を凌辱した自分を嫌悪してたからだったんだ。


 「あー、でもこれで、すべての役目を終えた。やっと肩の荷が下りた。そんな気がするよ」


 ンーッと体を伸ばした桜町。


 「僕ね、キミと同じクラスになれてうれしかったんだけど、同時に怖くもあったんだ」


 「怖い?」


 なんで? 


 「歴史はくり返す。兄さんとは問題なかったけど、だからってキミとの関係が大丈夫って保障はない。キミが失われないか、ずっと怖かったんだよ。あの時と同じ年齢だから、よけいに」


 「年齢? 桜町って……」


 同じ高2。同い年の十七のハズ。


 「僕は誕生日がまだだから、十六。早生まれなんだ」


 なるほど。

 四月生まれで十七歳の俺と、早生まれでまだ十六の桜町。

 真保が千寿姫と出会ったのは、十七と十六の時だった。

 真保を強く想って転生した千寿姫が、そこに何かしらの符号めいたものを感じて恐れても不思議はない。

 それに、今月は十二月。

 あの、真保が死んだ戦の起きた月だ。


 「前世を取り戻してから、キミと出会ってから。ずっとキミを守ろうと頑張ってたんだけど。なんか、僕の方が助けられた感じだね」


 「桜町……」


 もしかして。

 もしかしてだけど、先に記憶を取り戻してた桜町は、ずっと俺を守るために努力してたのかもしれない。

 俺が十七歳の十二月。桜町が十六歳の十二月。

 小さい頃に剣道を始めたのだって。放課後に、自転車で俺たちにバッタリ会ったりしたのも。俺を守ろうとして、警戒するためにやってたことかもしれない。俺の知らない所で、俺を守ろうとして頑張ってた。うぬぼれかもしれないけど。


 「なあ」


 桜町の膝の上。添えてた手で桜町の手を握る。


 「俺は、現世で百歳まで生きる予定だから。だから、そんなに気にすんな」


 「新里くん……」


 「前世が超絶短かったぶん、現世はたっぷり長生きする。それこそ長生き過ぎて退屈するぐらいにな。だってここは、お前の望んだ、戦のない平和な世だし」


 世界に目を向ければ、まだまだ戦の続いてる所はある。けど、この日本、栄津市は、放火犯っていうクソッタレはいたけど、おしなべて平和。


 「だから、お前も前世の因縁とか忘れてさ。普通に面白おかしく現世を生きろ。ともに、ヨボヨボ白髪のジジイになるまでな」


 「メシはまだかの、ばあさんや」「さっき食べたじゃありませんか、おじいさん」ってな会話を交わすぐらいの長生き。杖ついてプルプルするまで俺は生きる。

 あ、でも、コイツは歳をとっても、道場なんかで師範やってそう。白髪頭をキレイになでつけて、ピンと背筋を伸ばして竹刀を振るカッコいい師範。一方の俺は、シミまみれ肌、波平ヘッド白髪バージョン、杖にすがるヨタヨタガニ股ジジイ。


「ともに白髪って……。新里くん、〝共白髪〟の意味、知ってるの?」


「トモシラガ? 白髪友だちって意味じゃなくて?」


 フサフサ、ツルツル差はあれど、どちらも白髪の白髪友だち。


 「まあ、いいか。そうだね。フフッ。白髪になるまで友だちでいようね、新里くん」


 一瞬、キョトンとしたあと、笑い出した桜町。なんか意味深な笑い方。


 「ってことで、ずっと友だちでいるために。明日の追試、頑張ろうね」


 「へ? 追試? 追試……って! 明日じゃん!」


 赤点英語と数Ⅱの追試。

 そういや、今日はその勉強のために、図書館に集まったんだった!

 ウッカリ、火事とか、放火犯捕獲とか病院とか、前世の衝撃でスッポッコーンと忘れてたけど。

 どどど、どうしよう。解答丸写しでもオッケー楽チン追試でも、その答えを暗記デキてなきゃ意味ないじゃんよ。

 いつの間にか、喋ってるうちに日も沈んで、今は夜。とてもじゃないけど、追試に間に合いそうにない。


 「大丈夫だよ、新里くん。夜は長いんだ。今晩、ミッチリ僕が教えてあげるよ。答え丸暗記じゃなくて、ジックリシッカリ理解できようにね」


 「うええええっ。答え! 答え覚えるだけでいいんだってば!」


 「ダーメ。それじゃあ新里くんのためにならない。ちゃんと理解して、学力を上げて。でないと同じ大学に進学できないじゃないか」


 「だ、大学?」


 「うん。大学。僕、キミと同じ学校に通いたいし」


 ニッコリ笑った桜町。

 

 「あの~、つかぬことをお訊きしますが。その大学っていかほどのレベルなんでございましょうか」


 なぜか下手(したで)に出る俺。


 「うーん。僕的には、旧帝大レベルって言いたいところだけど、新里くんに合わせて、普通の国立大ぐらいでいいよ」


 「こっ、国立大っ……!?」


 「そ。頑張ってよね、新里くん」


 いやいや。俺の場合、せいぜい頑張っても、「大学ですけど、なにか?」の平凡私立大学だって。


 「僕さ、なるべくこの街を離れたくないな~って思ってたけど。東京とかに出て、キミと一緒に下宿してもいいかなあ。友白髪の仲だもん。ついてきてくれるよね?」


 「え、あ、お、おう。で、でもさ。別の大学に通って一緒に暮らすってんじゃダメか?」


 東京とかなら、いろいろ大学あるだろうし。

 俺はそれなり大学で、コイツはすごいね大学で。


 「ダーメ。僕、千寿姫の好きだった人がおバカだなんて、許せないんだ」


 おバカって。

 いや、まあ、そうなんだけど。そうなんだけどっ! 桜町に比べたら、スッゲーバカなんだけどっ!


 「……なあ、桜町。お前、キャラ変してねえか?」


 さっきから、スッゲーうれしそうに俺をいじる桜町。

 クラスメート程度の知り合いだった時、コイツのこと、「ザ☆インテリ」って感じの銀縁眼鏡のクール系だと思ってた。バカなことを言ったら、無言の「眼鏡クイッ(中指)」でブロック、跳ね返されそうな、近寄りがたい存在。

 今と以前とじゃ、受ける印象がぜんぜん違うんだけど?


 「そう? 以前どう思われてたか知らないけど、これが僕だよ。千寿姫がこんなヤツになってて、幻滅した?」


 気高く美しかった千寿姫。民への慈愛も深く、誰からも慕われる存在。今の桜町とは似ても似つかない姫。だけど。


 「いや。お前はお前。それでいい」


 前世が千寿姫だったからって、桜町が千寿姫と同じじゃなくってもいい。俺が真保と同じじゃないように。

 前世は前世。今は今だ。


 「よかった。なら、さっそく勉強しなくちゃね」


 「え? もう?」


 驚く俺の手を、桜町が両手で掴んで持ち上げる。


 「今日はキミを眠らせないから。覚悟して?」


 いや、ちょちょっ、ちょっと待て! そこで微笑むな!

 勉強! 勉強いっぱい詰め込むから、眠らせないって意味だよなっ!? なっ!

 意味ありげ、蠱惑的な桜町の瞳。励まそうと、手を添えたことが仇になる。

 暗い部屋。ベッドの上。俺たちしかいない病室。一晩いっしょ。前世の因縁。

 いろんな条件が、いろんな意味で俺をパニックに陥らせる。

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