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23.もゆる思ひ

 約束の時間は、午前10時。集合場所は、市の図書館の前。


 (町並み、変わったよなあ)


 約束時間手前に着いた俺は、その入口脇に立って連れを待つ。

 千寿姫の時代から。

 姫のこととか調べに図書館は何度も利用したけど、そのたびに、景色が変わってることを実感させられる。

 江戸時代、印南氏の領地となっていた千栄津。

 重なる新田開発と干拓事業によって、平地面積がグッと増えた。明治に入って街道だったところが国道や県道として、新たに整備され直した。町を貫くように電車も開通し、戦時中、空襲で焼け落ちた中心部は、その後の復興で碁盤の目のように整えられ、大通りも設けられた。

 千寿姫の時代のものはほとんど残っておらず、あるとすれば、遠くの山の景色とか、お城公園とか。そういうわずかなものに面影を残すだけ。


 (学校だって、もとは山裾の一部だったのに)


 常盤台って呼ばれてるけど、元々あそこはその後ろにある山の一部だった。高台になったのは、干拓事業で必要になった土をあの山から削って持っていったから。


 (そういや、あの山なんだよな。千寿姫が領民を連れて逃げた山ってのは)


 前世を取り戻したことで、思い出したこと。

 あの山は、かつて千寿姫が久慈真保と対峙した場所。あの山で、真保と戦い、矢で射られたことから全てが始まった。


 (なんかヘンな感じ)


 自分の前世とかなんとか。

 以前の俺なら、そんなスピリチュアルな与太話、絶対笑って終わりにしてたのに。今は街を歩くたびに、「ああ、ここは……」みたいなことを思っちまってる。


 (アイツも、そんな気分だったのかなあ)


 俺より先に記憶を取り戻していた桜町。

 自分が真保だと知って、俺が千寿姫だと気づいて。アイツ、どんな気分で俺を見てたんだろう。


 (って、まさか、現世でも「食ってやる!」とかじゃねえよな?)


 ゾワッとした体。瞬発的に考えたことを消去。

 ま、まあ、前世と違って、今は男だし? アイツのがちっとばかし背が高いけど、襲われてもなんとか対処することもできるだろうし? いざとなったら、陸上部で鍛えたこの足で逃げればいいわけだし?


 (走り込み、練習しておくか……)


 なんてことを思った。

 最近、ちょっと体がたるんでる気がするし? ほら、三学期になったら校内マラソンがあるし? 地獄の十キロコースだから、練習しておかなきゃだし?

 言い訳をくっつけておく。

 今日の試験勉強だって、本音で言ったらご遠慮したい。けど、そんなことしたら、アイツだって傷つくだろうし。一対一じゃないんだから、五木や川成も一緒なんだから問題ないだろうってことで参加することにした。二人がいれば、桜町だっておかしなことはしてこねえだろうし。五木たちと一緒に帰れば、俺のケツアナは安全安心。


 (にしても、遅いな)


 手にしたスマホで時間を確認。

 9:53。

 俺が早く来すぎたんだろうか。


 (いや、こんなもんだろ)


 誰かと待ち合わせをするなら、こんなぐらいの時間に着くのが普通だと思う。五分前行動ってやつだ。


 ピロン。ピロン、ピロン。


 スマホが鳴らすメッセージ音。


 》すまん。遅れる。


 五木からだ。


 》めんご。おれも同じ。


 次いで川成。

 ってちょっと待て。そしたらこの勉強会、俺と桜町だけになっちまわねえか? いくら他に利用者がいるとはいえ、アイツと二人っきりってのは……。


 》火事の野次馬に巻き込まれた。


 火事?


 》図書館から見えねえか? 近所の寺が燃えてっぞ。


 寺?


 言われ、スマホから顔を上げる。――煙?

 見れば、目の前の民家の屋根の向こう、白灰色の煙が薄い水色の空に広がっていた。漂う風もかすかに煙臭い。

 

 (野焼き……じゃなくて?)


 火事と野焼きの区別は、煙だけだととても難しい。そりゃあ、メラメラボウボウ燃え上がってりゃあ、火事だって判断つくけど、そうじゃない場合は、どちらかなんて煙を見ただけじゃわからない。

 けど、風に乗って運ばれてくるのは、煙の匂いだけじゃなく、カンカンカン、カンカンカンっていう消防車のサイレンも混じる。あの煙が火事なことは間違いなさそうだけど。


 (あそこって、確か……)


 記憶のある戦国時代の千栄津の地。それと現在の栄津市の地理が重なる。

 あそこは。あそこにある寺は――。


 (――――――っ!)


 次の瞬間、俺はスマホを握りしめ、煙の方に向かって走り出していた。


          *


 「うわっ! なんだこれ!」


 寺の前、山門にたどり着いて、思わず声を上げる。

 白い塀、黒ずみ年季を感じる門構え。

 俺の記憶にあった寺とは若干違うものの、それでも山門に掲げられた扁額は、記憶にあるものと一致している。

 興善寺。

 千寿姫の父親、真野康隆の墓のある寺。戦で城が焼け落ち、姫と真保が住まいとした場所。

 その寺の中から、もうもうと立ち昇る煙。煙だけじゃない。黒とも赤ともつかない炎が上がってるのが、野次馬と塀越しに見える。


 (燃えている?)


 あの寺が?

 前世の俺がアイツに凌辱されたあの寺が?


 「――新里!」


 「五木! 川成!」


 野次馬に紛れ込んでいた俺を見つけ、走り寄ってくる二人。


 「なんかすげえ火事だな」


 「おお」


 バチバチと炎の燃える音。

 俺より先に到着していた何台もの消防車からは、黒い生地に黄色のラインの入った防火服の消防隊員が何人も降りてきてる。

 テキパキと消火準備を進めていくその姿に、「これなら大丈夫か」という安心と、「かっこええ」っていう純粋な憧れみたいな思いを抱く。

 燃えてしまった部分があるだろうけど。それでもまったく消えてなくなるわけじゃな――

 「孫が! 孫が出てきませんのじゃ!」


 藍染の作務衣姿のじいさんが、必死に消防士へ訴える。


 「この寺に、大事なもんがある言うて、飛び込んでいったんじゃあっ!」


 おじいさん、落ち着いて。必ず助け出しますから。

 消防士たちが、防火服にしがみつき、すがりついてくるじいさんをなだめる。

 

 (大事なもの? それって)


 「じいさん、それって、桜町、桜町和真のことかっ!?」


 必死なじいさんに、今度は俺が飛びかかる。

 どうして? とか理由はない。ただの直感。外れて欲しい俺の直感。だけど。


 「お、おお。そうじゃ、和真じゃ! 和真が、和真が……っ!」


 じいさんが言葉をつまらせた。


 「おい、新里!」


 「どこに行くんだよ!」


 俺に追いついた五木たちが叫ぶ。


 「こら、勝手に入るな!」


 走る俺を消防士たちが制止する。けど。


 (桜町っ!)


 足が、体が勝手に動く。

 消防士の間をすり抜け、俺は燃えさかる寺の中へと飛び込んでいった。

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