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14.開かれた道

 帰ろ。

 すっげえダッサイ負け方だけど。それでも負けは負けだから。

 剣道部の部室。借りた防具や竹刀を片付け、着替える。道着は、さすがに洗って返したほうがいいな。って、染み付いた匂いは、俺の汗なのか元々のものなのか、わかんねえけど。


 (あ~あ。ふりだしに戻っちまったなあ……)


 バサッと脱ぎ捨てた道着。


 (マンマも桜町の小説もあてにできないとなると、どうすっかなあ~)


 なんとしても夢について調べたい。

 俺はなんの夢を見て、何に焦って、何に胸苦しくなっているのか。


 (カウンセリングとかそういうの受けたほうがいいのか?)

 

 よくあるナントカセラピー、もしくは催眠療法士みたいな。

 マンマの言ってた「答えはお主の中にある」ってのがホントなら、もうそういう手段に頼ったほうがいいのかもしれない。


 (このままじゃ俺、どうにかなっちまう)


 誇張でもなんでもない。

 このまま夢についてなんにもわからないままだと、絶対俺、狂うと思う。

 知りたいこと、大事なことがそこにあるのに、ずっと手が届かないままなんて。

 苦しくてたまらなくて、髪を掻きむしる。


 コンコン。


 「新里くん、いる?」


 ノックと同時に開いた部室ドア。


 「うぉわっ!」


 「わっ! ごめん! 着替え中だったっ!?」


 慌ただしく閉じられたドア。ってか、なんで俺、驚いてんだ?

 男同士なんだから、別にパンイチ姿を見られても困ることねえのに。


 「お、おう。もう大丈夫だ、桜町。着替え終わったから」


 「きゃあ!」とかの悲鳴を上げないでよかった。そんなことを思いながら、ドアをこちらから開ける。


 「新里くん、もう帰るの?」


 「ああ。もうつきまとわねえって約束だったからな」


 だから、これからは自分で夢をなんとかするし、普通のクラスメートとして接する。


 「……ちょっと待って」


 ツカツカと、自分のロッカーに近づいた桜町。


 「なら、これを」


 カバンの中から取り出してきたのは、タイトルもなければ、名前も書いてない、普通の、薄い灰色表紙のノート。


 「これって……」


 「今日だけ貸してあげるよ」


 「いや、でも……。いいのか?」


 そりゃあ、喉から手が出るぐらい、あんな無茶な試合をしてでも、なんとしても借りたいノートだったけどさ。


 「――本当は、何があっても読ませたくないものだけどね」


 フウッと桜町が息を吐き出した。


 「おかしな夢、見てるんだろ?」


 「え? ああ、うん……」


 「困ってる人を見捨てておけるほど、僕は人でなしじゃないよ」


 はい、と俺の手の上に載せられたノート。


 「でもね、新里くん、これだけは覚えておいて」

 

 俺の手の上に置いても、まだ手放さない桜町。真剣な目が、俺をジッと見つめてくる。


 「これは、あくまでフィクション。僕が勝手に作り上げたフィクションだから」


 「お、おう……。わかった」


 小説なんてもんは、アニメとかドラマと一緒で、全部フィクションなんじゃないのか?

 その必死さに、少し気圧される。


 「あと、できれば。できれば、読んだ内容を忘れて欲しい。こんなの、覚えてなくていいから、忘れて欲しい。頼む」


 「わかった。忘れる努力をする」


 俺がそこまで言って、ようやく桜町がノートから手を放した。

 それでもまだ、不安そうな、納得してないような、なにか言いたげな、中途半端な顔をしてる。ジッと俺を見て、瞳を揺らす桜町。少し開いた口は、間を置いてギュッと一文字に引き絞られた。


 ――――? なんでそこまで必死なんだ?


 手にしたノート。にわかに不安が心に押し寄せる。


*     *     *     *


 (ここは、どこだ)


 目を覚ました先にある、見知らぬ天井。

 木組みの、年季の入った天井。


 (――――っ!)


 身じろぎした体に、激痛が走る。肩が焼け付くように痛い。

 それでもわずかに視線を動かし、あたりを確認する。

 床に寝かされた自分の体。そこから続く黒っぽい板間は、きちんと掃除がゆく届いてる証とばかりに、外から差し込む光を鏡のようにはね返す。

 室を区切る柱の向こう、庇の先には、緑陰湛えた庭。

 

 (あの庭は……見たことがある)


 確か、菩提寺、興善寺の庭。この角度から眺めたことはないが、そこにある植栽に覚えがある。


 (どうして興善寺に?)


 疑問とともに、記憶が津波のように押し寄せる。

 襲われた城。

 民を守れと命じた父。

 燃え上がる城と父の最期。

 領民を守るため、山中で敵と対峙したこと。

 そして、矢を射掛けられたこと。


 (――――っ!)


 再び襲う肩の激痛。

 城が落ちたということは、ここも敵の手中にあるということ。

 どうしてここに寝かされているのか。わからなくても、ずっとこのままでいいことはない。


 「……グッ!」


 痛みに悲鳴を上げそうになるのを堪え、震える体を叱咤し立ち上がる。

 熱のせいか、痛みのせいか。よろめきながら、柱にもたれ支えられながら。

 弱りきった体を無理やり動かし回廊に出る。

 興善寺なら、父と何度も訪れている。どこをどう行けば山門にたどり着けるのか。どこを進めば誰にも見咎められずに外に出られるのか。

 わかっている。

 わかっているのに。


 「クッ……」


 何度も足を止め、浅く息をくり返す。

 気は急くのに、体が思うように動かない。肩が痛い。右肩がずっと火を押し当てられてるみたいに焼けつく。視界も歪み、滴る汗はまとう夜着をしとどに濡らす。

 それでも。

 それでも前に進むことを止めない。

 前へ。前へ。一歩でも先に。


 「――千寿姫?」


 もう少しで角を曲がる。

 そこで、かかった若い男の声。

 角の先から現れた二人の男。わずかに先を歩く男に見覚えがある。


 「――――っ!」


 その顔に、体中の力を腹の底にこめる。

 震えそうな足で、床を踏みしめ、狙うそれめがけて飛びかかる。


 「うわっ! 何を!」


 男の腰にある太刀。それを奪う!


 「真保(まさやす)さま!」


 もう一人の男、従者が叫ぶ。

 真保と呼ばれた男、私がかつて刀を交えた男の上に馬乗りになり、奪った太刀をその喉元に突きつける。


 「……民を、どうした!」


 「民?」


 「山中に隠した領民たちだ! 領民たちをどうした!」


 キョトンとした男の襟を掴み叫ぶ。

 父に命じられ、私が守っていた民たち。

 山の奥に逃したけれど、あの場で私が倒れたのだから、彼らが無事であるかどうか。無事であるという保証はない。

 

 「お前……、そのために、室から逃げ出したのか?」


 だったらなんだというのだ。

 民を、彼らを守るのは私の使命。父から最期に命じられた、大切なこと。


 「民を、みなを……」


 たとえこの身がどうなろうと、彼らを守らなければ……。


 「……姫っ!?」


 グラリと揺れた体。意識が茫洋として、太刀柄を握る手からも力が抜ける。


 「父……さ、ま……」


 体が燃えるように熱い。

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