12.道場破りストーカー
「ってことで、頼む! 読ませてくれ!」
「ダメだって言ってるよね、新里くん」
「わかってる。わかってるけど、頼む!」
パンパン。
頭の上に掲げた両手で何度も柏手を打つ。
お願い。頼む。なんでもするから、読ませてプリーズ。
「頼む、読ませてくれよ。でないと、俺、頭がおかしくなりそうなんだ」
「頭がおかしく?」
ここで、川成や五木なら「いつものことだろ?」ってツッコむんだろうけど。桜町はそんなことは言わずに、軽く首だけかしげた。
「俺さ、最近ずっとおかしな夢ばっかり見るんだよ」
「夢?」
「そう、夢! 見てるって思うんだけど、全然覚えてなくてさ。そのくせ、なんか胸が苦しいっていうか泣きたくなるっていうか。とにかくずっとおかしなままなんだよ」
説明がうまくできない。
そのせいで、バカにされてもおかしくない。そう覚悟してたのに、桜町は、眉を寄せただけだった。
「それで? それが僕に何の関係があるんだ」
「大アリなんだよ! 俺がおかしくなったのは、あのノートを読んでからなんだ!」
冷静に思い返してみれば、もどかしすぎる夢が始まったのは、あの時ノートを拾って読んで以来だった。毎晩毎晩くり返し見る夢。それはどこか、あのノートの小説に繋がっている。直感だけど、そう信じている。
「だから、ちょっとスッキリするためにも、あの続きを読ませてくれ!」
読んだら、あの続きを知ったら。きっと胸の内はスッキリすると思うから。
「そんなこと言われても。あれは、誰にも読ませないって……」
「わかってる! わかってるからこうして頼んでんじゃねえかっ!」
とにかく必死。
なんとかして。なんとかしてあのノートの小説の続きを読みたい!
「――桜町。ここまで頼まれてるのだから、少し譲歩してやってはどうだ?」
拝みまくる俺と拒む桜町の上に、ヌッとのしかかるような影。
「……主将」
「詳しいことはわからんが、少しは心を汲んで譲ることも大事なのではないか?」
おっ、いいこと言うねえ。さっすが主将!
俺たち二人を見下ろすようなイカツイ感じの主将だけど、意外と話の通じるヤツらしい。
「しかし。僕は……」
俺にノートを読ませたくない。その頑な過ぎる部分は、主将に言われたからって、簡単に柔らかくできないらしい。桜町が、一層困ったような顔になった。
「ふむ。ここまで頑なに拒絶するのだから、桜町、お前の気持ちもわからんでもないが……」
顎に手を当て、思案し始めた主将。なんだよ、俺の味方になって、桜町に言うこときかせるとかじゃねえのかよ。当てにならねえデクのぼうだな。
「よし。では、ここは一つ勝負で決めようではないか」
「勝負?」
「桜町。お前が勝ったら、ソイツの頼みは無視していい。そこのチビも桜町に関わろうとするな。かわりにチビが勝ったら頼みをきく。これでどうだ」
「どうだ」って言われても……。
押し問答よりはマシな気がするけど、だからって勝負で決めていいことなのか、これ。
困惑する俺と桜町。互いの顔を見て、「どうする」と視線を送り合う。
「嫌なら、受けなくてもよいが。そうすると、チビはずっとお前に付きまとうことになるぞ。いいのか?」
そんな、をストーカーかなんかみたいな扱いしなくても。ってか、「チビ」ってなんだよ! ちょっとデカいからって、人をチビ呼ばわりすんな!
「わかりました。勝負いたします」
え。するのかよ。
受けた桜町に少し驚く。
「よし。では勝負は剣道の試合をもって行う」
「剣道ぉっ!?」
声がひっくり返った。
「そうだ。剣道場にいるんだ。それ以外の何で勝負をつけるっていうんだ?」
「いや、その……」
ほら、じゃんけんとか、腕相撲とか、なんでもあるじゃんよ。
「まあ、桜町との試合となれば、大いにハンデはつけてやる。そうだな。制限時間は5分。その間に、桜町から一本取ったら、チビの勝ち。取れなかったら桜町の勝ち。それでどうだ?」
「えっと……」
俺、剣道の経験なんて全くねえんだけど?
「なんだ。怖気づいたか? お前の根性、熱意はその程度のものだったのか? チビ」
フフン。
鼻を鳴らしたゴリ主将に、心の底からムッとする。
その見下ろすような視線といい態度といい。
「受けます」
挑発されてるのはわかるけど、だからって、冷静でなんていられない。
俺はなんとしても、あの小説の続きが読みてえんだ。
勝てる見込みも秘訣もなんにもねえけど、それでも俺はやってやるぜ!
「その心意気や、よし! おい。誰かこいつに道着と防具を用意してやれ!」
「……主将」
「桜町。こうなった以上、アイツの申し出を受けてやれ」
「ですが……」
俺が着替えに向かうと、ふたたび桜町が主将に抗議した。
「お前、あのまま断り続けたところで、あのチビはいくらでもお前に食らいついてくるぞ。それぐらいなら、一発勝負を受けて、諦めさせたほうが互いのためだ」
なあ、それって、俺が負ける前提?
かすかに聞こえた会話に、ムッがムカッに変化する。
「あんな道場の入り口で、ギャーギャー騒がれていては、いい迷惑だ。それに、先生がいらっしゃたらどうする。『神聖な道場でなにやっとる!』ってド叱られた上に、二人仲良く素振りさせられるぞ」
「そ、それは……」
「というわけで、サッサとケリをつけろ、桜町」
うん。
俺もサッサとケリをつけたい。飯田に見つかって「素振り再び」だけは勘弁して欲しい。でないと、俺の腕、いつかもげる。