3.ダークインザダーク①
3 ダークインザダーク
昨夜の最後はどこで眠るかで永井かふかと一悶着が起きた。ひどい連休初日だったが、最後の最後までうまくいかない。
面の皮が特殊繊維で出来ているんじゃないかと疑うぐらい厚かましさの権化そのものだった永井だったが、ベランダで寝ると言って聞かなかった。キャンプの映像を見て影響されたのならまだしも、スクールバッグの中はどこからか拾ってきた古新聞とダンボールの切れ端で一杯になっていた。
「いや、寒いだろ」
僕がそう言うと永井は顔をひどく顰めて、これ以上ないほどの嫌悪を言葉にのせた。
「うるさいなあー。かふかが寝たい場所はかふかが決めるの。メロスがなんで口を出すわけ? メロスには関係ないでしょ」
「…………そうかよ。勝手にしろよ」
永井は返事もせずベランダに段ボールを敷くとスクールバッグを枕にそのままゴロリと横になってしまった。身体にかかっているのは風呂のときに貸したバスタオル一枚だけ。いかにも寒々しい姿だが、本人がそれがいいと言い張るのだから仕方がない。
少しだけ、いや結構迷った末に僕はロフトから持ってきた布団をリビングに敷いた。ベランダとはいえ敷地内、それも2階なのだから滅多なことはないとは思う。いくら相手が女の子とはいえ考えすぎなのかもしれない。しかし、永井かふかは―――。
父さんとの事務的な連絡を済ませると電気を消す。
ベランダの向こうは闇に沈み、月は天頂に近いのか見えない。そんな黒いペンキで塗りつぶされたような空の中で遠くに見えるタワーマンションの灯が星よりも輝いていた。ベランダに蹲る永井かふかは夜の影に覆い被されるようにその存在を虚ろなものにしていた。
目を閉じると今日一日の出来事がまどろむ意識に溶けていく。
不思議なことに永井かふかの姿は浮かんでこなかった。代わりに浮かんできたのはあまりよく知らない女子の顔。そう、あれは佐々木さんだ。ユーチューブで習得したであろう俄仕込みの化粧が施された顔。佐々木さんのその顔がどういうわけか必死になって僕に訴えている――
―――だから、ヤバいんだって⁉ アイツと関わるとみんな不幸になっちゃうんだよ⁉
フードコートで昼食を終えて自転車置き場に戻りかけたとき、永井に絡んでいた女子生徒の一人がティーンズファッションのマネキンを食い入るように見つめていた。その横を通り過ぎてホッと息をつきかけたとき、突然肩を叩かれたので飛び上がるほど驚いた。
『對間くん、さっきあそこにいたでしょ?』
永井かふかを彷彿させる単刀直入の切り出し。否定はしたものの、彼女の顔を直視して言えたかはかなり怪しい。しかし、佐々木さんは僕のイエスノーに構わず言った。
『言っておくけど私たちは被害者だからね! アイツはゲームを売ると言ったのにお金だけ持ち逃げしたんだよ!』
…………実際の真偽はともかく、永井かふかならやりかねない。
『對間くん、見てたんでしょ?』
ぎくりとして周囲を見渡すが、他に人影は見えない。そんな僕の様子を見て、佐々木さんはため息をつきながらかぶりを振った。
『他のヤツはここにはいないよ。呼び出してもいない。ほら』
たぶん潔白を証明するためにスマホの液晶を見せてくれたのだろうが、知らない名前があるばかりで正直よくわからなかった。
『對間くんを責めているわけじゃないよ。そりゃ、あんなところをいきなり見たらそりゃ通報して当然でしょ。アレは私たちが浅はかだった。それは反省している。それにあなたは転校してきたばかりだし…………』
言葉が続かない。クラスメイトの彼女は僕の顔を真剣な顔を見つめていたが、その視線に力はない。必死で考えている。言うべきか、言わないべきか。