16 悪の花
15 悪の花
「ねえ、×××ちゃんから犯人のこと聞いていないの?」
1、2、3、4、5…………、
先生はまだ僕の瞳を見つめ続けている。
「聞いてないです。そもそも彼女はぐったりしていて話せる状態ではなかったので」
「そうね、そうみたいね」
白瀬先生はあっさり視線を外す。まるでプログラミングされたゲームの敵キャラみたいな動きだ。彼女の在り方は常に受動的であり、自分を頼ってこない相手には全く興味がない。
大人たちはそれを当然のように、職業的な、心理カウンセラーとしてのあるべき姿勢だと思っている。だから、白瀬夢花の異常さに気がつかない。
先生は指をコツコツと机に叩きながら考えこんでいた。
ネットの情報や地域の噂話、教職員という立場でしか得られない情報もあるだろう。それらと奇妙に符合する自分の担当する中学生の妄想話…………。そして、その子供から事件直後に依頼された、自分の古い友人と会う機会を作ってくれないかという明らかに何かしらの指向性を持ったエピソード。
先生が永井かふかのことをどれだけ知っているかわからないが、少なくとも僕が顔も知らない相手に怪談や都市伝説を聴きに行くような人間ではないことは知っているはず。
そして、それらから得られる回答は中学生にだって容易にわかる。
「×××ちゃんを拐ったのはあの子なの?」
先生はやはり名前を呼ばない。自分の一生を運命づけた人間の名前かもしれないのに。僕がLINEで依頼したとき、永井の作った探偵顔負けのメモが手元になければ先生が佐藤千夏と名前を一致することができたかは怪しいところだ。
「はい。佐藤千夏さんは5年前にも同じことをしています。そして、遺体はとあるカフェのバックヤードから発見されています」
ショッピングモールに伝わるあのレトロゲームのダンジョンめいた怪談は5年前に失踪した幼児が失踪した当日に監視カメラに補足されたルートである。
もちろん独りで歩き回れるはずはなく母親と一緒だったのだが、母親に長々と連れまわされて疲労困憊となったその幼児は閉店したカフェ付近の陰によろよろと近づくとそのまま姿を消してしまった。その間、母親は買い物に夢中になっていて完全に忘れていただけではなく、独りで駐車所に戻るまで気がつかなかったのである。
迷子から行方不明事件として認識されるまでのタイムラグと施錠されている閉店店舗に入るはずがないという思い込み。偶然と”まさか”が積み重なってついには最悪の結果となった(もっともあの晦虫の異常性を鑑みるに閉店舗のバックヤードに入ったとしても気がつけない可能性は十分ある)。
「そうなんだ」
素っ気ない声。まるで関心のないその様子に思わず声が上ずりかけた。
「でも、先生は知っていましたよね?」
「…………」
2日前、佐藤千夏さんから僕と永井は直接聞いている。千夏さんは白瀬夢花を唯一の親友だと思っていて中学校の頃から今に至るまでずっと相談に乗ってもらっていると。
『だから、そういう意味でも私はあなたたちの先輩かな。彼女の最初のクライエントは私なの。いつまでも彼女に頼り切りじゃダメだと思っているけど、つい甘えちゃってね、あはは』
あの日、千夏さんは恥ずかしそうにそう言ったのをはっきりと覚えている。必ずしも見習うべきものではないが、それでも先生への感謝と尊敬が溢れていた。
しかし、目の前で僕を機械的に3秒間見つめる女は彼女がそんな気持ちを持っていることも彼女が自分を親友だと思っていることも理屈でしか理解していない。
「それだけじゃない。千夏さんがあの場所にあった店舗でアルバイトをしているとき、とある男性とできた赤ちゃんを店のバックヤードで―――」
「あの子はそんなことまで話したの⁉」
先生が思わず目を剥いた。
「いえ、5年前の失踪事件のときに警察が調べたところ、別の人間のDNAが採取されたそううです。事件と因果関係がないので店員の怪我などのによる出血と判断されましたが」
真っ赤な嘘である。もちろん千夏さんが話したわけでもない。永井かふかがカフェに巣食っていた晦虫から得ていた情報だ。
そして、ここから話すことは全て、永井かふかの推測である。




