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6.クラヤミたちの饗宴①


   6 クラヤミたちの饗宴 


 そのモール型ショッピングセンターは城だった。

 広大な駐車スペースが悠然と広がり、美しく植樹された歩道の向こうに巨大な建築物が闇の中に佇んでいる。その横にはやはり巨大な駐車棟が双子のように並び、冷たい白い照明に混じって赤い光が所々に灯っていた。

 日常の延長である昼間はすっかり慣れてしまっていたが、非日常である夜にこうして見上げるとその巨大さに改めて圧倒される。そして、この奥深くに顔もよく知らない女の子が絶望のなか怪物たちにその心を食われているのだ。


「いるね」


 永井の呟きが闇の中に溶けていく。


「わかるのか?」


 こくりと永井は頷いたが、ちょっと難しい顔になった。どうやらその理由がうまく説明できないらしい。少し考えた末に手を差し出した。


「かふかの手を握ってみて」


 言われた通りに握る。細い指は華奢で頼りなく触れれば壊れてしまいそうに思えた。一方で溶けてしまいそうな柔らかな感触の奥から確かな温もりが伝わってくる。


「あっ―――」


 世界が反転した。

 わかる。うまく説明できないが、晦虫の気配を感じ取ることができる。


「かふかに近ければ近いほどかふかと同じように見えるの」

「誰かに教わったのか?」


 永井はかぶりを振った。にんまりと笑ったので嫌な予感がする。


「実験してわかったの」

「うん、わかった。それ以上は言わなくていい」

「かふかの血肉を食べるのがきっかけみたい」

「だから、言わなくていいってば!」


 口の中にカレーに混じっていた独特の生臭さと鉄の苦みが蘇ってくる。くそっ、本当に何を入れやがったんだ、こいつは。しかし、夕暮れの校舎では影だったものがベランダでは猿のバケモノに見えていた理由がこれでわかった。


「行こう」

「うん」


 誰もいない交差点の信号が青になり、横断歩道を渡っていく。闇の中にくっきり浮かび上がる格子模様は魔法陣めいている。あるいは日常と非日常の境界線か。事実、横断歩道の白い線を一歩踏み越えるたびに晦虫の気配が濃くなっていく気がした。

 握った掌はひんやりとしていて脈動が静かに伝わってくる。その生命の波は微かでちょっとしたことで消えてしまいそうなほど儚い。反対に僕の心臓はばくんばくんと大きく動き、冷えた夜の空気を貪るように吸い込み、熱い吐息となって漏れ出している。

 暗闇に喰われ続ける猛毒の女の子。

 矛盾そのものの存在が自分の手と繋がっている。


 横断歩道を渡り、2階に直接抜ける階段を横に通り過ぎると入口にあたるスペースにバスターミナルがある。普段であれば小さな子を連れた親子連れや自家用車を持たない高齢者がのんびりとベンチに座って駅行きのバスを待っている。

 黄昏色に染まったアスファルトに重低音の音楽が壊れた蛇口のように漏れている。元は陽気なヒップホップなのかもしれないが、傷だらけのブルートゥーススピーカーの音は湿っていていかにも場末の偽物めいたものに成り下がっていた。


「□◇□◇□◇□◇□◇っ!」

「□◇□◇□◇□◇□◇っ!」


 ガラガラと鳴るローラーに混じって奇声が上がる。髪を金色や茶色に染め上げた男たちが首の鎖をジャラジャラさせながらスケボーをコンクリートの縁に乗せることに夢中になっている。しかし、アルコールで鈍った足はふらふらしていて仲間が転ぶ度にゲラゲラと笑い声が飛ぶ。


「ひどいにおい」


 街路樹から遠目に伺っていると横に立つ永井が露骨に顔を顰めた。向こうもおまえだけには言われたくないと思うが、その言葉には同意せざるを得ない。

 甘ったるいニコチンの煙とアルコール混じりの人いきれ。それに歩道にまき散らされたエナジードリンクやら炭酸、コンビニの唐揚げのゴミが混ざって永井の言う通り酷いことになっている。


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