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4.永井かふかという毒 その一②

「こんな時間によく食べられるな」


 照明の灯ったリビングにカレーの強烈な臭いが漂う。おまけに皿を見るなり、「これだけじゃ足りないんですけど」と舌打ちしたのでゆで卵が2個追加されている。朝食が食べられない体質ではないが、それにしたって深夜にこの臭いはしんどい。

 むしゃむしゃと一心不乱に食べる姿からせめて視覚だけでも逸らす。夜の帳が終演した幕のように町を覆っている。リビングの空気は冷え冷えとしていて忘れかけていた冬の記憶を思い出させた。


「ねえ、知っている?」


 振り向くと永井はスプーンごと呑み込むみたいにカレーを口にした。ちなみにパーカーとパショートパンツをもう一度着ている。永井が出てくる前に改めて調べたが、破れも傷もなかった。わからない。永井はああ言ったが、本当にあれは現実だったのだろうか?


「性欲は睡眠と食欲が満たされないと起きないんだって」

「そりゃそうだろ。自分一人満足に生きられないんじゃ子孫なんて気にしてられない」

「かふかは今、そのどちらも満たせているわ」

「そうかよ。満足したなら早く寝てくれ。こっちは眠くて仕方がない」

「セックスしない?」


 スプーンで半分に切られたゆで卵が永井の口に放り込まれる。卵から漂う硫黄臭に吐き気がした。


「嫌だ。初めてがおまえだなんて一生の汚点だ。校長に犯されるほうがよほどマシだ」

「うちの校長、男よ」

「どうでもいい」


 永井かふかがカレーをかきこんでいく。

 あれほど時間をかけて作ったものが一瞬で消えていく。スーパーでは野菜やパック入りの肉の姿だったものが無に還っていく。畑や牧場で生きていたものたちがきれいさっぱり消えてなくなっていく。生きるということはなんて罪深いのだろうか。


「なあ、アレは何だったんだ?」


 永井は牛のようなゲップをするとそのまま唇を僕の唇に押しつけた。軟体生物のような舌が僕の歯の表面を舐め取っていく。


「メロスはかふかのことを知っていた」


 糸を引いた唾液が僕と永井かふかを結んでいる。


「メロスは知っていたくせに私を助けようとしなかった」


 白い糸を僕は何も言わずに見つめていた。重力にだらしなく垂れ下がる糸は意外にも切れることなくそのまま床に張り付いた。

 僕は知っていた。

 永井かふかと永井かふかの■■のことを。


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