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3.ダークインザダーク②

『これから言うことは全部あなたのために言うことだから』


 しかし、そう言ったものの、まだ決心がつかないのか佐々木さんはまだ迷っていた。


「善意の意見ってこと?」

『そう、いうことかな。勘違いしてほしくないんだ。まるで私が悪口とか嫌な噂流しているとか思われたくないし…………』


 無理に化粧などしなくても十分愛嬌のある顔がぐしゃりと歪む。


『あんなヤツ、悪口言う価値もない!』


「思わないよ。聞かせて」


 彼女にとってよほど決心がいることなのだろう、周囲を見渡した後、一度大きく深呼吸してから僕の目をジッと見つめた。


『永井かふかには関わらないほうがいいよ』

「いじめを見て見ぬふりをしろということ?」

『そうじゃない。転校してきたばかりのあなたにはわかりにくいかもだけど、私たちは永井かふかをいじめているんじゃない。関わりたくないんだ』

「うーん。違いがよくわからないな」


 佐々木さんはもう一度周囲を見渡してから僕に耳を近づけるようジェスチャーで示した。同級生の囁く声に混じってグレープの匂いがした。


『永井かふかはあんな感じだから小学校のときに可哀想に思った子が何人もいたわ。実際に声をかけているところを見たこともある。でも、アイツはその好意をみんな裏切ってきた。持ち物やお金をたかられた話なんて数えきれない』

「なるほど」

『それだけでもすごく嫌なヤツだけど、アイツはそれだけじゃない。みんな最後は不幸になるのよ』

「えっ……」


 交通事故に高所からの転落、鈍器のようなもので殴られた者も。また永井に近づいた子だけにとどまらず、家族が同様の不幸に遭ったり、家が全焼した話もあるという。どれも永井かふかが明らかに疑わしいのだが、よほど巧妙なのか直接の証拠は出ていない。


『みんな言っている。アイツは絶対にいつか人を殺すって。私たちとは頭の中身がまるで違う。アイツの頭の中には悪魔が棲んでいる』


 佐々木さんの指がパーカー越しに僕の肩に食い込んでいく。


『對間くん、アイツには関わっちゃダメだよ! アイツは本当にヤバイの!』


 真剣に僕の目を見つめる瞳に悪意は感じられない。彼女は純粋に親切で言ってくれているのだ。僕はその色をよく知っている。純白で穢れのない色。そして、その甘い味も。

  

「■■ッ■!■ー■ぁぁぁ!■■■ッ■■!■ー■■ぁ■!!■ッ■■ッ■ー■■■ぁッ■■■■ぁぁ■■■■!■■■■ッッッぁぁぁぁーーー!!!」

 

 突然、目が覚めた。

 耳の中には筆舌に尽くし難い絶叫のような何かの残響が燻っている。夢も無意識も切り裂く咆哮といえばいいだろうか。魂が恐怖が縛り付けられるような。いつか音楽の授業で聴いたシューベルトの魔王を思い浮かべる。


「キャーッ!」


 永井かふかの悲鳴だ。ひどく拙い。初めて見た脚本を読んでいるかのようだ。しかし、そこには事実しかなかった。混じりっけのない恐怖だけが永井の口から漏れている。


「やだ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっっっっ!!!!」


 泣き叫び、嗚咽が漏れるが、止まらない。


「助けて、誰か、助けて―――」

「―――っ⁉」


 意識がクリアになる。震える全身を脳が必死に制御する。潜水艦のソナーのように全ての感覚を研ぎ澄ましていく。慎重に、とにかく慎重に。生存本能がミスをすれば命がないことを警告している。

 結果、僕がしたことは首を10度持ち上げ、視線を20度下げただけだった。

 そして、ベランダの中に悪夢そのものの光景を見た。

 …………バケモノたちの宴はどれだけ続いたのだろう?

 血が凍り付くような夜を僕は瞬きも忘れて見つめていた。まるでそれが贖罪であるかのように、 自分も食われてしまう恐怖に魂を押し潰されながら。

 永井かふかの大部分がバケモノたちの胃の中に消えた頃―――連中に消化器官があればの話だが―――、連中の禍々しく曲がった指の中にコーヒーカップが握られ、まるで食後のコーヒーを楽しむかのようにカップの液体を啜り始めた。

 そのときだった。

 本当の悪夢が始まったのは。


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