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8話:貴族家の騒動


僧院に財産や土地を寄進し、代わりに修道士を雇うような形で身の回りを世話や頼み事をさせる貴族も多い。

「で、説話を披露してほしいのだと」

「なんで私が。パメラ、あんたが適任じゃない」

「はっはっは、私に人前で文章を読めと?無理に決まっているだろう」

「開き直らないでよ」

そんな会話をしながらパメラと二人、僧院の廊下を歩いていた。

貴族のお屋敷にお呼ばれするのは珍しいことではないけれど、みんな嫌がる。

面倒だし、俗世ではトラブルや事故が付き物だからだ。修道院内もトラブルだらけだけどな。

そういう時に白羽の矢が立つのが私なのである、ああ、なんと不憫な私、クピドの慈悲あれかし。

「だいたい、私もこういうのは苦手だって言ってるでしょう」

「いいじゃないか。君の語り口はとても面白いよ。まるで物語の中にいるような気分になる。聞いたことないけどね」

「はあ……」

溜息しか出ないし、厄介事の臭いがする。ていうかこうして物語の一幕となっている以上なんらかのトラブルが…

「それ以上いけない」

何やら神の領域に一歩踏み入れそうになったところをパメラに引き戻された。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


付き添いの修道女リリと二人、貴族の屋敷に辿り着くとすでに話は通っていたらしく、奥へ通される。

修道女リリはまさに修道女といった風貌だ。赤めの茶髪に青い目、ドワーフの血が入っており、身長が低い。あと胸がデカい。それは説明しなくてもいいか。

案内されたのは、広々とした食堂だった。大きな長テーブルには既に豪華な食事が用意されている。

「ようこそいらっしゃいました」

「これはこれはご丁寧に」

貴族様が頭を下げると、それに倣うように他の人たちも一斉に礼をする。

リリはオドオドしており、私は少しばかり緊張していた。

貴族とは普段関わる機会がないからだ。

「単刀直入に言いますが、息子を更生させていただきたいのです」

席に着くなりそう切り出された。説話は?

「えっと、それはどういう意味でしょう」

「とんでもない悪童でして、このままでは我が家の恥さらしです。悪友と共に森で女性を襲っているという噂も立つ始末」

「それは衛兵の仕事ではございませんか」

「はい、その通りなのですが……噂が本当なら捕まれば貴族といえど重罪は免れないでしょう」

自業自得なのだわ、と言いたいところだが、最後の一欠片の親心なのだろう。

息子はともかく彼には少し同情する。

「男児がまた生まれれば即刻首を刎ねるのですが、妻も私も歳ですので、どうにもなかなか上手くいかぬものでして」

「心中お察しします」

「家に帰って話すにも、のらりくらりと躱されてしまうのです」

これはまた荷が重い話が来たものだ。

正直あまり気乗りしないのだが、引き受けないと帰してくれなさそうだ。

「分かりました。どこまで出来るかはわかりませんが、やってみましょう」

「おお!ありがとうございます!」

リリの方を見ると涙目になっている、泣きたくなる気持ちはよくわかるよ……説話を披露しに来たのにね……。

「それでは、食事をいただきましょう」

ご飯呼ばれといてなんだけど、そういう重い話は食べた後に言ってほしかったよな。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


空が赤くなる頃、例のどら息子が帰ってきた。二人の悪友を引き連れて。

三人は私とリリを見つけると、ニヤついた顔のまま近寄ってきた。

「よぉ姉ちゃんたちぃ、俺らになんか用かい?」

黙ってると、執事の一人が息子を窘め始める。

「坊ちゃま、お父上のお客様ですよ」

「ああ?んなこと知るかよ。こいつらはこれから俺たちと一緒に遊ぶんだろうが」

「しかしですね……」

「うるせぇぞジジイ!!」

そう怒鳴りつけると、彼はリリの方を見てニタリと笑った。

彼女はビクリと肩を震わせる。

「おいお前、ちょっと来いよ」

「ひっ……」

「おっと待ちなさい。その子は私の連れだよ」

怯えるリリを庇うようにして前に出る。

「なんだてめえは」

「見ての通り愛の龍の信徒よ」

「はっ、愛の龍だぁ?いい身体してるじゃねえか、愛撫させてくれよ」

彼は私の胸を鷲掴みにする。そして下卑た笑い声をあげた。ああ、汚らわしい、しかし我慢が肝心だ。

「女の扱いを知らないと見える」

「あ?」

「下手くそだって言ってるの」

「な……こ……このアマァッ!!!」

顔を真っ赤にして殴りかかってくるが、所詮貴族のおぼっちゃま。大振りで隙だらけ。

ひょいと避けて顎に思い切り拳を叩き込む。

「げっ!」

「クピドよ、愛の鞭を振るうことをお許しください」

綺麗に入りすぎて拳が痛い、手をブンブン振りながら懺悔の言葉を呟く。

どら息子は白目を剥き、その場に倒れ伏した。

「お見事な『説教』で、私も胸がスッとしました」

「はは、どうも」

執事に褒められるが、全く嬉しくはない。

「リリ、もう大丈夫だからね」

「あ、ありがとうございますぅ~」

リリは半べそかきながら私にしがみついてきた。可愛い子である。

悪友二人はバツが悪くなったのか、逃げ出そうと踵を返す。

「どこへ行く!」

しかし屋敷の警備員に地面に取り押さえられてしまう。

私は彼らに近づき話しかけた。

「愛情深きクピドの名の下に正直に罪を告白なさい」

「……」

彼らは俯いたまま答えようとしないので、顔面を蹴り上げた。

「ぐへっ!?」

「クピドよ、愛の鞭を振るうことをお許しください。さて、もう一度言います。愛情深きクピドの名の下に正直に罪を告白なさい」

「こ、こんなん暴力じゃねぇか!聖職者が、おかしいだろ!」

もう一度蹴りを入れる。

「ぐがっ!!」

「クピドよ、お許しください。それで、愛情深きクピドに…」

「は、話します!話しますから!」

「よろしい」

ようやく素直になったようだ。しかしなんだか恐怖の入り混じった視線を感じる。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


森で女性を襲った、というのは未遂で終わったらしい。まあ襲ったことには変わりがない。

他にも窃盗や食い逃げ、恐喝など悪行三昧の小悪党だったようで、やはりこの三人は悔い改める必要がある。

「衛兵に突き出すのが早くないかな……」

「やむを得ないとも、考えております」

正直めんどくさいのである。しかしながら、意外にもリリは前向きに考えていた。

「我が修道院でお預かりは出来ませんかね」

「えー……」

「そんな顔をしてはいけませんよ、審問官。愛は誰であっても注がれるべきです。失礼ながら、こちらのお三方には愛が足りなかった」

いつものオドオドした様子とは打って変わって、熱心に説く。

「修行と勉学に努め、真人間になるのです。そしてそれは終わりではありません、むしろ始まりなのです。過去の罪を自覚し、苦悩して生きることが贖罪となるのですから」

なるほどなあ、と思う。いや本当に。まあ、その、私にもそういう心当たりはある。

父親殿はこの言葉に感銘を受けた様子であった。

「おお……なんと素晴らしいお言葉か……恥ずかしながら、私には息子に対する愛が足りなかった……是非とも、息子をよろしくお願いいたします……!」

深々と頭を下げられてしまい、断ることなど出来なくなってしまったのだった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「アーデルヘイト審問官、修道女リリ、実に大手柄であったぞ!」

院長は三人の悪童を受け入れることに大喜びであった。

「これから三人は目一杯の愛情を受けて、善き人となり、苦悩し、贖罪の日々を歩んでいくであろう……はっはっは!」

彼の性格から言って、こんな事で大喜びするような人物ではない。

「そしてなんと言っても、かの貴族が荘園の一部の寄進を申し出てきたのだ!これで我々も潤うというものだな!」

ほらぁ。まあ、被害者たちへの賠償金を立て替えたりもしたし、これぐらい貰ってもバチは当たるまい。

貴族のどら息子は、貧民街で悪童二人と出会ったようだ。親もなく盗みをしたり、他人を脅したりして暮らしていたという。

そこで彼らに唆され、同じように犯罪に手を染めていったのだろう。

貧民の暮らしを目の当たりにした時に、これを救おうと思えなかったのが彼の不幸なところだろう。

彼らが立派にお勤めをこなし、そして過去の罪を恥じ、贖罪の道へと進んでくれることを祈ろう。

ところで、リリは私の胸にお香の煙を当てて何をやっているのか。

「お清めですよ!」

……私の胸、このままでは燻製になりそうなのだわ。


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