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幕間:修道院の一日


ヴェネトリオ修道院に限った話ではないが、クピド派の修道院は修道院を名乗るのも烏滸がましい存在である。

これはかつてのクピド派の偉い人が『過酷な生活で生まれる愛って、愛じゃなくて依存なんじゃないの?』と言ったためである。

クピド派は龍教団の中でも世俗主義の急先鋒であった。


朝、日の出とともに起床し聖堂にてお祈りを捧げる。

「天に在す我らが神龍クピドよ、新たな一日を迎えられたことに感謝いたします。

 今日一日我らを導いてください。あなたの加護で行く先を照らしてください。

 苦しい事にも耐え抜けるよう見守ってください。

 人を愛し、人に愛される人生の喜びを悟らせてください」


それが終われば朝食だ。大抵の場合は黒パンと野菜のスープとお肉、そしてワインである。

もちろん、食前の祈りも捧げる。

「天と地の龍神よ、あなた方の慈しみに感謝いたします。実りを今日の糧と出来ることに感謝いたします」


食事を終えれば、それぞれの労働が始まる。

役職を持たないヒラの修道士は畑仕事や家畜の世話、必要であれば修道院内の建築作業を行う。

また、ヴェネトリオ修道院では街に降りての慈善活動や寄付金の収集も仕事に入っている。

これはこの修道院の院長の方針だ。一般的には俗世間との関わりを可能な限りは避ける修道院が多いのである。

そして、冒頭で述べた理由により過酷な労働や苦行は禁止されている。

院内の厩舎では豚や鶏やスライムなどの穏やかな魔物が飼われており、日々の糧となっている。

「やめろー!ピギーを屠殺するなぁーー!!」

「豚に名前なんかつけるから……」

愛情を込めすぎた修道士も中にはいる。

修道院は多くの場合、広大な土地を所有しており、そこで野菜やぶどうが作られている。

特にぶどうは重要である。ワイン作りに欠かせないものだ。

修道院で作られたワインは自家消費はもちろん、商人にも売り出される。

この売上が修道院の経営には欠かせないのである……らしい、院長が言うには。


写字生の修道士は、書庫の本の管理と書き写しを行う。

本人の修行のためでもあるが、龍教団の教えや知見を世に広く知らしめるためでもある。

貴族や大司教区の注文を受けて、装飾をつけた写本や自伝や説話、物語などを執筆することもある。

挿絵はもちろんのこと、絵画や壁画を描くこともある。

「ちょっと待て、それ男前過ぎないか。原本はこうだぞ」

「私の中ではこうなのよ!」

「いいなあ、僕は絵が下手だから原本よりブサイクになったよ」

未熟な写字生により、後世の評価が変わってしまう人々には気の毒な話だ。

婚姻届などの一部の公文書が保管されることもある。


修道騎士、時には聖騎士とも呼ばれる彼らは毎日その腕前を磨く。

彼らは修道院付きの兵士であり、院の警備はもちろん、魔物やアンデット、盗賊退治、異教徒との戦いなどにも駆り出される。

巡礼や修道士の遠出の際には護衛として共に赴く。

聖戦では前線にて戦うことを誓っているが、ここ数百年聖戦は起きていない。

修道院によるが、小さな職業軍人組織なので当然ながらその辺の冒険者パーティーよりは強い場合が多い。

これらの存在により自助が可能であるがゆえに、冒険者ギルドとの確執の一つになっている。

傭兵や賞金稼ぎ、冒険者まがいのことは固く禁止されている。

「この間のダンジョンで結構儲かったから寄進してきたわ」

「やるねぇやるねぇ」

か、固く禁止されているのに……。


昼食はお弁当が支給される。この日は黒パンに買い付けた燻製肉とチーズを挟んだものだった。

オリーブオイルもかけられており、人気メニューの一つである。

「毎日これ食べたいねー」「ねー」

食事に関する規律は全く存在しない。せいぜい食い逃げを禁じているぐらいだ。

クピド派がガバガバぬるま湯不信心集団と言われる所以の一つである。


冠婚葬祭があれば、現地に赴き儀式を執り行う。

結婚式では証人として、両者の誓いの言葉を聞く。

なお、クピド派は一夫一妻制で離婚は出来ない。これは奔放な人々には嫌がられている。

「永遠の愛を誓い、それに背かない事を誓いますか?」

「誓います」「誓います」

「まず、朝起きたら接吻を、仕事に出る前に接吻を、そして夕方に家に戻れば接吻、寝る前に接吻することを誓いますか?」

「誓いま……そんな細かいところまで誓わなくちゃいけないんですか!?」

ハズレの修道士だとこんな事になってしまう。

葬儀にも死者への祈りの言葉を捧げに行く。

「天と地の龍よ、今ここに永遠の眠りについた者を、どうかそっとしておいてください。安らかな眠りを妨げないでください」


定期的に墓所に赴き、振り香炉を炊き祈りを捧げる。

死者がアンデット化しないよう、御霊の怨恨と未練を慰めてあの世へ逝く事を促す意味がある。

墓荒らしによるアンデット化を防ぐが、一定の効果しかないため油断は禁物だ。

「天に在す神龍よ、願わくばえーっと……なんだったっけな……」

「ぐしゃあああああ!!志半ばで斃れし者じゃああああ!!」

「ひぃぃ!死者が蘇った!!神龍よお助けぇ!!」

祈りが下手だと途中で蘇った死者に説教されることになる。説教だけならまだ良い方だが。

そのためこの行事は心が強い者が行う場合が多い。


日が落ちてくれば修道院に戻り夕食の時間だ。

夕食は朝よりも豪華だ。黒パンと野菜の煮込みに加えて、ベーコンや腸詰め肉、焼き魚が出ることもある。

これをナイフで切って手掴みで食べる。香草と塩がほのかに効いていて美味しい。

黒パンはスープに浸して食べるのがよい。あまりにもかってえからだ。


夕食が終わればあとは就寝前のお祈りである。一日を終えた事を神龍に報告する。

「天に在す我らが神龍クピドよ、無事一日を終えられたことに感謝いたします。

 我らと我らを支えてくれた者たちに安らかな憩いをお与えください。

 夜に蠢く不届き者たちから我らをお守りください。

 あなたを悲しませた言葉や行いをしたのなら、どうかお許しください。

 我らが幸福にある時にも不幸にあえぐ者たちがいるといことを、どうか忘れさせないでください」


修道士たちの宿坊には個室が用意されているのでプライベートは保たれる。

寝るまで思い思いの時間を過ごす修道士も多い。

恋愛は不貞さえなければ特に禁じられていないので逢瀬を楽しむ者も中にはいる。不貞行為をした瞬間破門なので緊張感がある。

多くの修道士は本を読んだり日記や手紙を書いたり、集まって噂話をしたりに留めている。

しかしながら、蝋燭も安いものではないため、経理担当の修道士にマジギレされたくないのであれば、夜更かしには要注意だ。


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