5話:パメラと秘密の魔導書
「詳しく聞かせてくれたまえよ、新しい説話として使えるかも」
先日の交流会について詳しく聞きたがるのは修道院の写字生パメラであった。
彼女はボサボサの長髪を多少整えようともしないほどのずぼらな女で、いつも書庫に籠もっている。
世話係に任命された若き修道士クサヴェルが手取り足取り行水させねば異臭が漂う始末である。お前異性に何させてんの?
だが、本人は気にした様子もなく、ただ書物を読んでは書き写すだけの毎日だ。
「別に、内臓かと思ったら漬物だったって話」
「余計気になるんだが」
ぶっちゃけ大したことのない話である。不理解と勘違いによって起きた喜劇であり、大した意味もない出来事なのだ。
「それよりも君、あの宗派の一人と朝帰りしたそうだが、そちらの話についても聞かせてくれよ」
「議論が白熱しすぎただけだって」
「ほほーう、白熱ねぇ、何が白くて熱いだって!?」
こいつ……本当に面倒な奴だなぁ! 私はため息をつくしかなかった。
「感心しないねぇ、嫁入り前の娘が」
後輩の男に身体洗わせてるやつにだけは言われたくないものである。
ありとあらゆる本を読み込んだ彼女は凄まじい耳年増でもあり、下ネタにも造詣が深い。
「正直に言いなよ……トカゲチンポに屈服しちゃったんだろ!?」
おおよそ修道院の書庫でやっていい会話ではない。というかそんな話をしに来たのではない。
「私はあんたの知識に用事があるんだけど」
「ほう、私の知識……いい言葉だ、私の……知識……!」
恍惚とした表情で天井を見上げる彼女を見ていると、こいつはこのままでいいような気がしてきた。
「……それで、何の用かな?」
我に返ったのか、こちらに向き直り尋ねてきた。
「魔術書があるでしょ、この書庫。空いてる時間に魔術でも覚えようと思って」
「ふむふむ……」
パメラはしばし考えこむ仕草をしたかと思うと、おもむろに立ち上がった。
「ついて来たまえ、面白いものを見せてあげよう」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
書庫の奥に案内されると、パメラは本棚の奥に隠されたレバーを引き、隠し通路を開けた。
床の一部がガタッと動き、それがハッチであることがわかる。
「……なにこれ」
「ふふん、これはね、秘密の地下書庫さ。院長でさえこれの存在を知らなかった」
パメラは得意げに語りながら梯子を下りていく。私も後に続いた。
そこは小さな部屋になっており、大量の本が棚に並んでいた。
どれも分厚く古めかしいもので、見るからに難解そうなものばかりである。
「ここにある本を全部読んだわけ……?」
「まだ全ては読めていない。いずれ読むけどね」
パメラは一冊の分厚い本を手に取りパラパラとめくり始めた。
「これを見たまえ」
「なになに……へぇ?」
艶めかしい服装とポーズをとった女性の絵が描かれている。その女性の胸はたわわに実っており、腰つきもグラマラスであった。
「これは帝国時代のエロ本さあ痛い!!なぜ叩く!汝、友を愛し給え!」
面白いもの見せると言って本当に面白いもの見せるやつがあるか!
「ていうか、魔術書は!?」
「ああそうだった、こっちだよ」
パメラは別の棚からまた別の本を取り出す。今度は少し薄いようだ。
「それは何なの?」
「これは相手を特殊な条件でしか出られない空間に閉じ込める禁断の魔術書さ」
「はぁ……」
なんだかよくわからないが、つまりすごいのだろう。たぶん。
「具体的に言えば、性行為しないと出られ痛い!!また叩いた!!汝友を愛し給えよ!」
「クピドよお許しを。そういうのじゃなくてちゃんと実用性のある魔法をさぁ……」
「それがね君、これ以外の魔術書はこの書庫には存在しないよ。修道院だから当たり前だろ?」
……それは、失礼いたしました。
「とりあえず、覚えてみたらいいんじゃないかい」
まあ、退屈紛れにはなるだろうと思うし、持って帰って覚えてみることにした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
後日、パメラを呼び出してお披露目することとなった。修道騎士ルーナも是非とも見たいというので一緒に来てもらった。
「楽しみですね!」
楽しみ、楽しみだろうか……?
しばらく談笑していると、パメラがクサヴェル修道士に引き摺られて現れた。
「お待たせしました、アーデルヘイト審問官」
クサヴェル修道士は私に対して恭しく礼をする。真面目で爽やかな彼がなぜこんな女の世話係になったのか……ねぇ?
「うぅ、おはよう……」
もう昼だが、眠そうな眼をこするパメラ。
「ではクサヴェル、彼女を連れてそちらの部屋に」
「? はい」
事情を聞かされていないクサヴェルと寝ぼけて頭が回っていないパメラに密室に入ってもらうと、すぐ呪文を唱えた。
「あ、待て、待って!!」
パメラの声と同時に扉が閉まる。扉の上には大きな古代文字が現れた。読めないがどうせ碌なこと書いてないだろ。
「おい!ちょっと!なぜ私たちに!」
「大丈夫ですよ!クピド派は恋愛も婚姻も婚前交渉も禁止されていません、むしろ推奨されてますから!」
私の代わりにルーナが返事をする。そう、クピド派は愛の教団。二人の間に愛があるのは割と明白である故、別に問題ないのだ。
ちょっと背中を押してやっただけである。
「ちょっとじゃないが!こ、こ、心の準備が!」
「審問官!パメラさん!一体何がどういう状況なのでしょうか!」
焦るクサヴェルの声も聞こえてくる。私とルーナは二人でニヤニヤしながら聞き耳を立てていた。
まあ、あまりにもゴネるようであれば解除してやろうかな……。




