4話:星霜の人々
クピド派、と言うからには様々な派閥が存在すると思うかもしれないが、実際その通りである。
西方世界どころか遥か極東まで様々な龍教団の宗派が存在する。そして同属意識もまちまちである。
また、神獣教や聖女信仰などの異教徒もぼちぼちいて、まあ大した規模でもないから放って置かれているんだけど、時々衝突したりもする。
そして本日我が修道院に交流事業で訪れているのは龍教団星霜宗の方々だ。星の神龍ステラリスを主神として奉っている。
西方世界の南東方面に位置する砂漠世界で主に信仰されていて、そこに住む人は人類なら肌は浅黒い、そして猫獣人や砂漠の竜人などが多い。
見慣れないとギョッとするのだが、話してみると案外いい人たちで、商売が大好きな人々だ。
「これから数日間、お世話になります」
そう言って頭を下げるのは交流団のリーダーの猫獣人、法学者ソコルである。
法学者というのは、まあ、聖職者の偉い人って感じの意味合いで理解すればいい。そういう細かい呼び方の違いとかがあるのである。めんどくさ!
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますね」
私はにっこりと微笑んで頭を下げた。なぜ私が挨拶をしなくてはならないのか!
ひとえに暇である故に駆り出され、院長らと同席し彼らの相手をしているのである。
というか、異宗派の前に審問官出したらマズイんじゃないの……?
彼らは砂漠風の服装の上に黒いケープを羽織っていて、月と星の意匠が施されている。
頭にはターバンやフェズが乗っていて、おそらくそれぞれの出身地の伝統なのだろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
色々と院長と法学者が話し込んでいる間、私は笑顔を張り付けて座っているだけの存在であった。
この二人、話が長い!そして相手のお付きのトカゲ人間も同じことを考えているようで、欠伸が出ているのを手で隠している。
しかし口が大きいので隠せてはいなかった。
「アーデルヘイト審問官、席を外して良いぞ。我々はこれから商談に移るからな!」
院長はそう言うと私の背中を押して部屋から追い出した。
相手のお付きの人も一緒に追い出されて、扉を閉めると二人は大きなため息を吐いた。
「ああ……疲れた……」
「私もです……」
二人して疲れ切った顔で言うものだから、思わず吹き出してしまった。
トカゲ人間はその反応を見て少しムッとした顔をしたが、すぐに気を取り直したように咳払いをした。
「申し遅れました。私は啓典の民、ドゥライドと申します」
「私は審問官アーデルヘイト。何日かだけどよろしくね」
私が手を差し出すと、彼はそれを握り返した。ドゥライドの手は鱗で覆われてひんやりとしている。
それ以来、何かと滞在中の相談をされたり、逆にこちらの近況を聞いたりと、彼とはよく顔を合わせるようになった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
数日ほど経つと、修道院に妙な噂が流れるようになった。
「星霜宗の連中は人の内臓を食べている!」
「奴らは血を飲むらしい!」
「怖い!」
そんな根も葉もない噂が流れ始めたのだ。
もちろん根拠はない。いや、ないことはないのだが、そんな証拠はどこにも無いはずだ。
ただ、一部の臆病者たちが勝手に騒いでいるだけだ。
「馬鹿馬鹿しいわねぇ」
「……そうね」
修道女たちが話しているのを聞いて、私も同意するように頷く。
見た目は確かに私たち白色人類とは異なるが、だからと言って臓器を食べるわけがないだろう。
しかしながら、見たという人物は複数人いた。
「ねえ、どう思う?」
私は食堂で食事を摂っている時に、一緒に食事していた修道女に問いかけた。
「内臓といっても、動物の内臓じゃない?それなら不思議は無いわよね」
彼女はそう言ってパンを口に運ぶ。
確かにその通りだ。野生動物の内臓ならば食べたとしても何らおかしくないだろう。
「でも何か液体に浸かってた、とか聞いたわね」
内臓ならそんな食べ方はしない……のか?よくわからない。
「こういう話を聞いたことがあるわ、優秀な海賊船の船長が戦死して、その死体を酒樽に漬けて酒を飲んだっていう話!」
海賊!?しかも酒を死体に!?とんでもない発想をする人がいるものだ。
「それ、本当なの……?」
「さあね。もしかしたら作り話かもしれないわよ」
そうだよね、と私は呟いた。馬鹿げている、馬鹿げているが、まあ調べてみてもいいのかもしれない。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その日の夕食の時、星霜宗の元で食事をご一緒させてもらった。
「歓迎しますよ、アーデルヘイト」
ドゥライドは快く受け入れてくれた。彼の同僚たちも笑顔で迎えてくれる。
しかし、やはりどこか緊張しているようだ。私が来ているからだろうか?
「食事のマナーを指摘されないかどうか、不安なんですよ」
ドゥライドの耳打ちになるほど、と思った。私がマナーについては気にしなくていいと伝える事で、少し緊張が和らいだ様子である。
食事を始める、もちろん、人の内臓は出て来ない。というかこの修道院のものが出てくる、当たり前だが。
「みなさん、お口に合っていたら嬉しいんだけどな」
別に特別美味しいものでもない、パンとスープに少しの塩漬け肉である。
だが私の言葉に皆嬉しそうに頷いた。どうやら気に入ってくれたようだ。
その後、当たり障りのない会話が続き、食事も半ばに差し掛かったところで、啓典の民の一人がドゥライドに何かを尋ねた。
言葉がわからないので内容はわからなかったが、どうも何らかの許可を得ているようだ。
ドゥライドは了承したらしく、その人物は席を立つ。
「どうしたの?」
「いえ、彼の故郷の味です」
……も、もしかして、マジで人の内臓を……!?しばらくすると彼は瓶を抱えて戻ってきた。
瓶は赤みがかった液体で満たされ、そして内臓……らしきものがたっぷりと浸かっている!
彼は喜々として瓶から皿にそれを取り分けた。そして私に差し出す。
えっ……食べろと……!?キラキラした眼差しでこちらを見るんじゃない!
「い、いただきます……」
意を決して皿を受け取り、それを掴んで口に放る。噛み締めると香辛料とオリーブの香りが鼻を抜けていった。
これは……野菜だ!ニンニクやナッツも入っていて旨味が凝縮されている!しかし辛い!超辛い!
「どうですか?」
「か、辛い、けど美味しい!けど辛い!」
私は慌てて水差しを手に取り、水を一気に飲み干す。ああもう!口の中がまだヒリヒリする!
結局私は彼らの勢いに押されて、おかわりまで頂く羽目になったのだった。
人の内臓だと騒がれていたのはこのオイル漬け野菜の詰め物であった。
茹でた小茄子に各種香辛料を詰めた保存食であり、彼らの故郷ではポピュラーな食べ物なのだそうだ。
確かに、血塗れの内臓に見えなくもない……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
彼らが滞在している間は頻繁に交流し、互いの信仰について語り合ったり、
星霜宗名物、星々が夜空を巡る様を表しているとされている、音楽に合わせてくるくると回転をし踊る旋舞祈祷を披露してもらったり、
時にはドゥライドとの議論が白熱したりと、とにかく楽しい日々を過ごすことが出来た。
そしてあっという間に一週間が経過し、彼らの出発の日がやってきた。私は別れを惜しみつつも、彼らを見送る。
院長はこの修道院で作られるワインをなかなかの値段で買ってもらえることとなりほくほく顔であった。
「色々とお世話になりました、アーデルヘイト」
ドゥライドはそう言って握手を求めてきたので、私もそれに応じた。
「こちらこそ、楽しかったよ」
彼はにっこりと微笑み、名残惜しそうに指を離す。
「クピドの寵愛と祝福あれかし」
「あなたの道のりに星々の導きがありますように」
彼はそう言い残して馬車に乗り込んだ。私たちは手を振りながら彼らを見送った。




