35話:再会
巡礼団はようやっとトレヴィブルク公国へと辿り着いた。
トレヴィブルク公国、比較的小さな国であるが、近隣の王国に封じられていない公爵を君主とする国である。
……平民たる私には一体何が違うのかよくわからないが、とにかく独立国である、ということだ。
高級な白ワインが有名である……うーん、楽しみだ。
何でも自国で賄おうという風潮が強く、大抵の産業がこの地に存在する。
「んふふふ、お洒落な街並み、いいね……」
キョーコはなぜだか妙に嬉しそうだ。いつもの街と大して変わらない気がするが。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
この旅はトラブル続きなので、今度の街こそトラブルが無いと良いという私の祈りが通じたのか信心深い貴族の邸宅に泊めてもらえることになったという。
「素晴らしい、クピドの信徒に来ていただけるとは万々歳だ。ついでにお清めもしてくれると助かるなぁ」
なんとも調子の良いことを言う貴族だが、そのくらいのことなら喜んでやろう。
そうしてリリとともに振り香炉を焚いていると、バルトロとクサヴェルが侍女たち二人に絡まれていた。彼らは顔がいいのでな……。
「あらぁ、そこの殿方、素敵ね?」
「ねえ、お姉さんたちと遊ばない?」
「いえ、今は聖務の途中ですので。それにわたくしには伴侶がいます」
クサヴェルは毅然とした態度で応対する。バルトロは彼の後ろに隠れていた。
「そんなつれないこと言わないでよ〜。ちょっとだけだから〜」
「そうですわ、ほんのちょっとですわよ?すぐに済みますし、気持ちよくなれますから」
「おいバルトロ、お前独身だから相手してやれよ」
「姦通は大罪だ!」
「うむ。そういうことですので、お嬢様方、どうかご遠慮いただきたい。彼と結婚するというのなら止めはしませんが」
「止めてくれ!」
「それはちょっと重いわねぇ」
「残念……」
彼女たちは残念そうに去っていった。
「モテる男は辛いわね、二人とも」
「間違っても不貞などなさらぬように!」
私とリリが囃し立てると、ふぅとため息をつく二人。
「俗世間の女性は苦手だな……ほら、俺は顔がいいだろ?」
「自分で言われると腹立つわね」
バルトロは何やら女性のトラブルに遭遇したことがあるという。酷い結末だったというので詳細は教えてもらえなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌朝には雪がチラつき始めていた。もうそんな季節とは、時が経つのは早いものだ。
鍋で温めたワインを啜り、窓の外を眺める。屋敷の外では大勢の浮浪者たちが巡礼団からの施しを待って列を為している。
「審問官、人手が足りないので来ていただけますか」
修道士の一人が呼びに来た。私はワインを飲み干してから立ち上がる。
「今日はゆっくり休んで良いって言われてたのに」
「勤労は美徳ですよ、審問官」
「はいはい……」
外に出ると、酷い臭いがする。我々のような旅人の臭いも顔を顰めるものだが、彼らの臭いはそれ以上だった。
「さあ、皆さん!順番に並んでください!」
「一人一杯ずつですからね!」
我々は彼らに分け与えるために用意した鍋から野菜の煮込みスープを注ぎ、パンを渡す。
浮浪者たちは涙を流してそれを受け取っていた。
「……ああ、神龍よ、感謝します……」
「神龍の恵みに感謝を……」
口々に祈りを捧げながら受け取る彼らを見ていると、なんだか不思議な気分になる。
「フリース=ホラントに行くのかい!」
列の中の一人が騒いでいる。
「ええ、そうですよ」
私が答えると、声の主がこちらに近づいてくる。戦場で酷い傷を負ったのか、地面を這うような姿勢でこちらに向かってくる男。
彼は私の前まで来ると、ボロボロの手紙を手渡してきた。
「これを持って行ってくれ……!」
「これは……?」
「妻と娘への手紙だ……小さな村で宿を経営していた……」
「……」
まさかな、と思いつつ、娘の名前を聞いてみた。
「妻の名はエスメ、娘の名は、アーデルヘイト……」
思わず絶句してしまった。まさかこんなところでその名を聞くことになるとは。
エスメは、私の母の名で、アーデルヘイトはまさしく私の名前である。
つまり、目の前の人物は、私が体を捨ててまで居場所を守ろうとした人物、即ち……
「パパ……?」
その男は、私を見てハッとした顔をする。
「もしかして、アーデルヘイトか……?」
「うん、そうだよ……! ずっと、ずっと会いたかったんだよ! パパ!」
感情を抑えられない、涙が出てきた。
父を抱きしめると、彼も強く抱き返してくる。そして泣きながら謝ってきた。
「大きくなったなぁ……俺は酷い父親だ、妻も子供も置いて、こんな遠くで朽ち果てようと……」
それから暫くの間、私たちは抱き合って泣いていた。周りの者は何が起こっているのかわからないといった様子で呆然としていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後、父の全身を洗ってやると、記憶通りの顔が出てきた。すっかり老け込んでしまったが、紛れもなく私の父であった。
「……すまなかった」
父はそう言って私に頭を下げる。しかし私はそれを制止する。謝る必要はないのだ。
「こんなにボロボロになって、それでも帰ってこいなんて言えないよ」
「ありがとう……」
父が泣き崩れるのを見て、私もまた泣いてしまった。
「アーデルヘイト、その人が君のお父さんか?」
バルトロが話しかけてくる。
「君は、アーデルヘイトの恋人なのか……?」
父は涙をぬぐいながらそう尋ねる。
「それだけは絶対に無いわ」
「そうだけどそこまではっきり言われると傷つくだろ流石に!」
「し、失礼した、てっきりそういうもんかと……仲も良さそうだし……」
「まあ仲はいいけどね」
とにかく、私は院長に父を保護するように提案するつもりだ。巡礼の旅路は不具の彼には辛かろうが、私たちと共に来れば安全は保証されるだろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「私情を挟んではならん。保護はできない。と言いたいところだがいつも私情挟みまくりじゃし別にいいじゃろ!」
もっと一悶着あるかとも思ったらこれである。俗物が過ぎる。あっさり許可が出たことに拍子抜けしたが、ありがたいことには変わりないので素直に受け取っておくことにした。
「ありがとうございます、院長」
「お前さんにはいつも迷惑かけてるからな」
本当にね……。とはいえお世話になっているのは事実なので文句は言わないことにする。
「とはいえ、お前が責任を持って面倒を見ることだ。言うまでもないがな」
「もちろんです」
こうして父との再会を果たした。これからのことはまだわからないが、ひとまず一緒に旅をできることを喜ぶとしよう。




