28話:覚醒する転移者
男が目覚めた、それも何やら覚醒した状態でだ。
斬り落としたはずの右手は再生している。
悠長なことを言っている場合ではなかった!
彼はさっきの謎の黒い武器を使ったようだが、魔力を帯びている、おそらく強化しているのだろう。
「光の剣よ、我が身を守れ!」
防御の魔法を再び唱える、光の剣が私の周りに現れ少しだけ猶予ができた。
「八つ裂け!光の輪よ!」
私の左手に丸鋸のような光の輪が現れる。そして、それを男に向けて飛ばした。
男はそれを難なく腕で弾いた。
「殺し合いはやめようぜ、人殺しはしたくない。キョーコを渡してくれればいい」
「それは私達の沽券にかかわるわね、御免こうむるわ」
「そうか、じゃあ仕方ないよな!」
男は私に向かってくる。速い!一瞬で距離を詰められる。
その手が私の首を掴んだ。私は反射的に男の腹を蹴る。
しかし、びくともしない。
「捕まえたぞ、このまま首をへし折ってもいいんだぞ?」
「ぐっ……」
意識が遠のきそうになる、ここで私が倒れたら終わりだ。
「キョーコ……あんたが……頼り……」
キョーコに呼びかけようとしたが、そこで私の意識は途絶えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
目の前で殺し合いが行われ、キョーコは恐怖していた。
いつも世話を焼いてくれる人は腕の中で息も絶え絶えである。
頼りになる先輩修道女は首を締められ、意識を失った、死んだかもしれない。
学生服を着た男、ユーイチはニタニタと笑っていた。
「さあ、俺と一緒に来いよ京子」
確かに彼の言葉に従えば、チート能力で元いた日本並の生活水準を手に入れることができるだろう。
だが、それは本当に幸せなのか? そんな疑問が浮かんだ。
自分を助けてくれた人たちを裏切ってまで得るべきものなのだろうか。
「私は……何一つ恩返しできていない」
「あぁ?」
アーデルヘイトは自分が頼りだと言った。
マシニッサは、自分を助けるために死にかけてなお、軽口で――いや、軽口ではない、クピド派の信徒にとってああいう言葉は軽口ではない。
キョーコは、彼の想いの一端に触れた気がした。自分もそれに応えるだけの想いは持ち合わせていると今にして気が付いた。
「私たちは異世界にいる、日本の事はもう過去よ」
「な、何を言ってる?何が言いたい」
ユーイチは本気で困惑しているようであった。
「日本人同士仲良く出来ないのか」
「私の友人を傷つけて、私の居場所を奪おうとして、それで何を今更仲良くしようって言うの?」
彼女は自分でも驚くくらい冷たい声が出していた。
「そ、そんなつもりじゃ……だって、NPCじゃないのか、ゲームの世界に転生したんじゃ……」
ぶつぶつと呟くユーイチを見ていると、怒りがふつふつとキョーコの中に湧き上がる。
自分の目の前で特別な友人の両手両足を折られ、全身を蹂躙され、酷い言葉まで投げかけられた。
彼の、マシニッサの尊厳は踏みにじられたのだ。ではそれを誰が取り戻せるだろうか?
「私だ!!私がマシニッサくんの尊厳を取り戻して、彼と未来を生きる!!」
彼女は男に向けて手をかざした。
「光よ!穿け!」
彼女の手からほんの一瞬だけ青い光の線が放たれる。その光は一直線に進み、ユーイチの右肩を貫いた。
「えっ」
彼は肩を押さえながらよろめく。何が起きたか理解できていないようだった。
「アーデルヘイトさんが使った時はこんなに強い魔法じゃなかったはずだけど、まあいいよね」
「な、何が、え、俺の肩、穴が空いてる……」
ユーイチは信じられないといった表情でキョーコを見た。
「今後、私に構わないで、私の邪魔をしないで。約束できないと本当に殺す事になる」
キョーコは本気だった。これ以上何かしてくるなら本当にこの男を殺すつもりでいた。
ユーイチは痛みに耐えかねたのかその場に膝をつく。
「わ、わかった、二度とお前やお前の仲間には近づかない、だから命だけは助けてくれ」
懇願するように手を合わせる彼を見下ろしながら、キョーコは考える。
「あなた、これまでもきっと何人も殺してきたんでしょう?」
「だってNPCだと思ったから!!」
キョーコは心底呆れたという表情を見せた。
「精々自分の罪に向き合い苦悩し続けなさい!それがあなたに唯一出来る贖罪よ」
「……」
ユーイチは、黙り込んだまま館を飛び出していった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
目を覚ますと、朝日が差し込んできた。
「キョーコ!マシニッサ!」
飛び起きて周囲を確認する。そこは巡礼団の野営地であった。
「お目覚めですか、アーデルヘイトさん」
ルーナが心配そうにこちらを見ている。
「すみません、ギヨームを行かせるべきでしたよね」
「あー……いいのいいの。多分患者が私か彼かの違いだけだから。それよりあの二人は!?」
そうだ、あの後どうなったのだろう?それに他の皆は?
「ご無事ですよ、二人とも治療を終えて眠っています。聖女教徒の怪我人も無事です」
「そう、よかったぁ……」
辺りを見ると、キョーコとマシニッサが一緒に眠っていた。
「キョーコちゃんったら、添い寝するって聞かなくて」
「そうなんだ……ふふぅーん……」
いい感じじゃない、あの二人!思わずニヤニヤしてしまう。
「聖女教徒による誘拐未遂ってところですね。お疲れ様です、アーデルヘイトさん」
「転生者の男に会ったわ」
「らしいですね。キョーコちゃんが碌でもない男だと言ってました」
「生きた心地がしなかったわね、不思議な武器を使ってた」
「そうですか……でも無事で何よりです」
こうして、今回の事件は幕を閉じたのだった。
マシニッサの足はしばらくは使えないだろう。骨折に魔法を使うと骨が変な方向に曲がる可能性がある。
添え木をして安静にするのが一番だと言われた。しばらくは馬車に乗っての移動になるだろう。
それで、キョーコが彼の世話を焼いているようだ。
「大丈夫?痛くない?お腹空いてない?もう怪我するようなことしちゃ駄目だからね」
甲斐甲斐しく世話をするキョーコを見て、少し微笑ましく思う。
彼女があんなに世話焼きだとは思わなかった。もしかしたら、元々そういう気質なのかもしれない。
「にっへっへー、こんなにしてもらえるなら、また絶対怪我しちゃうッス!」
馬鹿みたいなことを言っているので、精神面も問題はなさそうだ。むしろいつもより元気に見えるくらいだ。
にしてもとにかく、肝の冷えた騒動であった。
書き溜めの先頭はここで終わり!
次回更新日はわかりません!




