26話:誘拐
ルグヨンから北上すると、魔王国領を抜けてトレヴィブルク公国まで大きな都市はない。
巡礼団は東の国境地域と西の都会地域のちょうど隙間の道を通る。
都会からも国境からも微妙に離れたこの街道は公権力が及びにくいのである。治安はそうよくない。
とはいえ精鋭の修道騎士がいるのでそこまで心配はしていないのだが……。
「まあ、治安がよくないことは覚悟しておいてね」
「えー……」
キョーコはとても不安そうである。彼女の住んでいたニホンでは追い剥ぎや盗賊などは殆どいないのだという。
もちろん全くいないわけではないそうだが、それでも平和な国であったそうだ。
その代わりに馬車に轢かれる人が多いそうだ。そんなに馬車走り回ってるの……?
さて、そんな治安の悪い道でも人は住んでいるし、クピドの祝福をもたらすことが我らの使命である。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
巡礼の旅に出てからちょくちょくキョーコに訓練を施している。
剣や弓、魔法、乗馬を教えているが、魔法以外はてんでダメのようであった。
ニホンという国は軍事力が衰えているのか、あるいは分業化が進んでいるのか傭兵頼りなのか。
とにかくキョーコは戦闘が苦手であった。多大な魔力を持っているのは確かなので、せめて魔法だけでも覚えさせたいものだ。
そんなわけで今日もまた魔法の特訓だ。彼女は力の制御があまり得意では無いようだ。
「火球よ!」
彼女が詠唱して放った火の玉は木に直撃すると、木の真ん中辺りを焼き切るように貫通した。
セヴェロが慌てて水魔法で火を消し止めに走る。
「才能はあるわね、才能しか無い感じ……」
「人殺しのですね」
「いやぁ、殺しはしたくないぃ」
自衛のための最低限の魔法どころか、軍隊でも相手にしているのかと思うような威力の魔法を放っていた。
これが手加減無しならもっと酷いことになるのだろうか?
「んー、もう少しコントロール出来るようにしましょうか」
「お願いしますぅ……」
涙目になりながら私に懇願する彼女を見ていると少し可哀想になってきた。持つものにも苦労があるのだなぁ。
きっとこれが彼女が時々口にする女神だかの恩恵なのだろう。念写のような高度な魔法もその一つと見える。
「いい?魔法というのはね……わからない、私たちは雰囲気で魔法を使っている……」
「えぇー!?」
「冗談よ、半分ね。意識を集中して、魔力は全身に流れていて、常に動き続けている。経絡に意識を…」
「ちょ、ちょっと待って、経絡とは!?」
経絡とは体内における魔力の通り道である。東方の国、朝麗の魔法学者キム・ボンハンが各国の生体魔力の知識を取りまとめ体系化したという。
実際に体内にそういった器官があるわけではないらしく、体内で魔力の通りやすい道筋が存在するようである。
「んー、詳しくは覚えていないんだけど、基本的には縦に流れているわね」
「へー」
「それでね、体の中で魔力が巡っているから、それを意識する」
「んー…………」
しばらく沈黙が続いた後、キョーコが口を開いた。
「……ダメ」
「念写の魔法を使う時どうしてるのよ」
「完全に無意識」
「……そう」
どうやらまだまだコントロールとまではいかないようだ。
現状だと何を使っても高威力で放出されるし、連続で使えばすぐに魔力が枯渇してしまうかもしれない。
体内の魔力が枯渇するとふらつきや気絶、最悪の場合だと心臓が止まったりするという。
いざと言う時に自分の身を守れないのでは、この先苦労するだろう。
ずっと修道院にいるつもりなら話は別だが……。
「ずっとみんなと一緒がいいな」
「……まあ、そうね、私もそう思うわ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夜になり、巡礼団は野営の準備をしていた。焚き火を起こして暖を取る者や食事の準備を始める者など様々だ。
キョーコはというと、訓練で疲れたのか先に川に水浴びをしに行っていた。
私は今日はなにもないのでのんびりしている、野営にも慣れたものである。
そんな私の元にマシニッサがやってきた。
「キョーコちゃんはどこに行ったッスか?」
「近くの川で水浴びよ。覗いちゃダメよ」
「ふぅーん……」
芳しくない反応。まさか本当に覗くつもりじゃあるまいな。
「夕食までに戻らなかったら探しに来て欲しいッス。なんか、臭いが遠ざかってる気がするッス」
めちゃくちゃ不穏なことを言って、川の方へと向かうマシニッサ。いやちょっと待ちなさいよ!
「待って、私も行くから!」
慌てて彼の後を追う前に、近くにいたギヨームに報告をする。
「俺も行こう、巡礼団はルーナたちに任せる」
彼はそう言って私とマシニッサと共に駆け出した。
夜の森は危険だ。視界は悪く、魔物や獣に襲われればひとたまりもない。
その点獣人は夜目が利き、嗅覚も鋭いためこういった状況は得意だ。
月明かりを頼りに森の中を進むこと数分、川の対岸にて揉め事の声が聞こえた。
「いいから放っておいて!」
「いいえ、あなたは聖人なのです!来ていただきます!」
キョーコと見知らぬ女性が言い争っているのが見えた。
クピド派の修道服ではないことと、キョーコを聖人と呼ぶところから聖女教徒だろう。
「ええい、仕方ない!”捕縛“!」
女性はキョーコに対して呪文を放った。魔法で作られた縄のようなものが彼女の体に巻き付き拘束する。
あれは対象の動きを封じるものである、防御用魔法が無ければ脱出は困難だ。
「うわーっ、助けてー!」
情けない声を出す彼女を助けるべく駆け出す私達であったが、既に遅かった。
女性はキョーコを抱えて走り去ってしまったのである。
「マズイことになったわね!」
「一旦戻って巡礼団に知らせる!あ、おい、マシニッサ!」
マシニッサは川を渡り、彼女を追いかけて行ってしまった。
「ああもう、あの子ったら……!」
「お前、魔法の腕は器用だったな!?追っていけ!俺は戻って応援を呼ぶ!」
「わかったわギヨーム!」
私は、キョーコを追うマシニッサを追った。




