23話:癩者ルーナ
「銀仮面の子の『呪い』についてだ!」
ルグヨン伯爵、ベルナール・ド・サン=テグジュペリは凄んだ。
「君は癩を患っているな」
「ど、どうしてそれを……」
ルーナがたじろぐ。
「私は医者でもある。銀の仮面、そして包帯。火傷や傷であれば今は整形治癒魔法で治せる。そうなれば自ずとペストか天然痘、癩、梅毒と限られてくる。しかし、ペストや天然痘なら隔離しなくてはならず、クピド派信徒が梅毒とは考えづらい。よって一般に『遺伝性の呪い』と考えられている癩者である可能性が高い」
ということらしい。へー。
「なるほど、大した推理ですね。説話作家にでもなった方がよろしいのでは?」
なんでそんな追い詰められた犯人みたいな反応なの。
「癩……ハンセン病のこと?」
キョーコが呟く。ハンセン?誰?
「癩の事をそう呼ぶ者に、私は以前会ったのだ」
「じゃあ、転移転生者に会ったことがあるんだ!?」
「うむ。彼はなぜかオークを毛嫌いしていたが、話すとわかってくれた。そしてこの病が目に見えないほど小さい生物の仕業であることを教えてくれた!」
「そんな生物が存在するのですか……?」
この病気は治癒魔法をかけると、一時的に症状は緩和するが元よりも速く症状が進行する。
治癒魔法はあらゆる生命の活力を増加させ、自然治癒力を高める魔法だ。
生物の仕業であるなら辻褄が合う気がしないでもない。
「必要なのは治癒魔法ではなく、その見えない生物を抹殺することだったのだ」
「……どうやってですか?」
「魔法、錬金術、民間療法、あらゆるものを調べ、実験しなくてはならなかった」
それはまた大変そうだ。
「見えざる生物を殺す方法の一つは熱だ。全身を焼けばそいつらも死滅する」
「患者も死にますよ!」
「その通り。非現実的だし、高度な魔法操作技術を要する。患者が耐えられるとも限らない」
森を焼けば魔物も消える、というようなものであろう。だが森がなければ人は困窮する。
「もう一つは、投薬。例の転生者は専門家ではなかったが、治療薬の存在を示唆した」
「治療薬……!」
「だが肝心の成分が不明だ。しかしだ、薬が通じるのであれば、万病に効くという疾病退散の薬が通用するはずだ」
「あの、ユニコーンの角を使うという薬品ですか。私もそれぐらいは調べました、呪いではなく風邪のように伝染る病気なのではないかと」
ルグヨン伯爵は頷く。
「その通りだ。病であると看破するとはな」
「いいえ、私は見抜いたわけではないです」
「むぅ?」
「だって私は……!癩に蝕まれていた人を、苦しんでいた人たちを介護してたのに、だのに呪われるなんて、あんまりじゃないですか……!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『完全な騎士』。これはルーナの10歳頃までのあだ名である。
ロタール王国北部の騎士の家系に産まれ、父の高潔な精神と母親の巨躯を受け継いだ彼女は、知識、技量、そして精神、全てが騎士として完成されていた。
武の腕は大人の騎士にも引けを取らず、馬術においても同年代の子供はまともについていくことさえ出来なかった。
彼女は将来を約束されていると言っても過言ではなかった。
10歳の誕生日を迎えてから数ヶ月ほど経ったある日、彼女は訓練を終えた後の紅茶を嗜んでいた。
しかしそこへ侍女が血相を変えて飛んできた。ドレスが血に汚れていたのである。彼女は怪我したことに気がつかずに着替えてしまったのだ。
そんな事もあるだろうと気にも留めなかった数日後、彼女は手を火傷した。
侍女の手伝いをしていた時、高温に熱せされたアイロンの面の部分をそのまま手で掴んだのだ。
彼女は何も感じなかったのだという。これに驚愕した父親は治療師を呼びつけ、すぐさま彼女の両手の治療と診療を命じた。
診断は、癩であった。彼女は日頃から慈善活動として、貧者や傷病者への炊き出しや訪問を行っていたのである。その際に感染したのである。
当然彼らは感染したという事実さえ認識しておらず、呪いを受けたのだと考えた。
「おお、神龍よ、我が娘が一体どんな罪を犯したというのでしょうか」
両親が泣き崩れるのを見て、彼女も泣いた。彼らを泣かせてしまったことに対する罪悪感で胸が張り裂けそうだった。
そして何より、自分は呪われるようなことなんてしていない、と思った。
彼女は、時間が必要だと考えた。この呪いの正体を調べ、解き明かす必要があると思った。
その為にも俗世を離れ、修道院に入ろうと決意したのはこの時であった。
寄進を積めばある程度生活と研究の融通が利くし、煩わしい世間の喧騒からも離れられると考えたからだ。
両親は止めたが、彼女が意志を変えることはなかった。
そして、両親は餞別として銀の仮面を鍛冶師に作らせ、ルーナに渡したのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「他にも数多くの善意ある人達が、癩者と関わり癩となっています。これが呪いなら、あまりにも無慈悲な事ではありませんか?」
「なるほど、だから呪いではなく、別の何かであると……」
ルグヨン伯爵は腕を組んで考え込む。数秒後、口を開いた。
「頼む、君の身体で人体実験をさせて欲しい!」
「いいですよ」
「無茶なのは承知っていいのか!?」
即答だった。いやまあ、断る理由もないだろうけど。
「私の身体を役立てることが出来るのなら本望です」
「ううむ……当然だがギルドに頼もうにも膨大な金額を要求されてな。そんな金はなかった。まあ危険を伴うのは事実だ。疾病退散の薬には強い副作用がある」
この薬はあらゆる病気を治すが、全身が焼けるような痛みを伴うそうだ。せっかく病が治っても激痛によって二度と目覚めぬ場合もあるという。
もし癩に効かなかった場合、ただ単に痛い思いをするだけである。このリスクを前に怖気づかない者はそう多くないだろう。
「いくら病を治したいとしても、長旅を経てこの街に来る患者の肉体的負担を考えると踏み切れなかったのだ」
彼らは心身ともに疲れ果てていた、怪しげな商人や薬師に騙された者も少なくないそうだ。
「だが君なら、例え痛みが伴おうとも耐え抜く事が出来るのではないか?」
「ええ、もちろんです」
「よし、ならば早速、と言いたいところだが、肝心のユニコーンの角を用意出来ていない」
「……え?」
「あれは非常に希少なものでな、市場でも滅多にお目にかかれない代物なのだ」
「そうなのですか」
「目星は付いている。ユニコーンはこの偶然にもこの街の近くの森で生息が確認されている」
「本当ですか!?」
「このかんなでユニコーンの角の一部を削り取ってきて欲しい」
そう言って伯爵はかんなと一枚の紙を差し出した。そこには目的地の位置とユニコーンの絵が描かれている。かなりデフォルメされており可愛らしい絵だ。
「かんなで!?痛そ~……」
キョーコが呟く。確かに削ると聞くと痛い気がする。
「しかし、神獣教徒たちがユニコーンを保護している」
神獣教。ユニコーンやグリフォンなどの一部の魔物を神の使いであると信奉する異教徒である。
龍教団とはお互い積極的に関わり合いを持つことは少ない。ドラゴンは彼らにとっては魔物の一種に過ぎないのである。
「神獣教ねぇ。ユニコーンの角削るってなったらやっぱり怒るかしら」
「怒るだろうな」
私の言葉に伯爵が答える。まあそうだろうね。
「でも当然やるでしょ?」
ルーナの呪い、いや病が治るのなら、私に行かない理由はない。
「その通りだ。希望者は挙手を!」
院長がそう言うと、その場の全員が手を挙げた。ルグヨン伯爵家のメイドも手を挙げていた。
「あ、すみませんつい」
「なんなんだお前!?」
全員で行くと多すぎる、大勢同士でもしも争いになれば聖戦の勃発を意味する。
そういうわけで、結局のところいつメンの出番であった。
厄介事係の私、魔法使いのセヴェロ、転移チートウーマンのキョーコ、摩訶不思議なことに詳しいマシニッサくんの四人だ。
ルーナは調薬の準備のために屋敷に残るという。角以外の材料も集めないといけないらしい。何の用意も出来てないじゃないの!
というわけで私達は早速ユニコーンの森へと赴くことにしたのだった。




