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19話:悔恨者の墓参り


私たちはしばらくメディノに滞在したのち、新たな目的地へと出立した。

大司教からのちょっぴり不穏な情報を携えて。

「ここ最近、聖女教徒の動きが活発化しておる。悪いことをしているという話は聞かないが、奇妙だ」

聖女教徒、女神と転生者を崇める集団。キョーコが見つかればどうなるかはわからないので、警戒するに越したことはない。

「怪しいやつがいれば、ぶっ潰、ぶっ殺してやる!」

ギヨームは気炎万丈のたまうが、どうして物騒な方に言い直すのよ。

修道騎士らはこれまで以上に警戒を厳としているのである。

「お前敵だな!みんな来い!こいつ敵だぞ!」

「なんだと殺す!」

「ひぃぃぃ、わけがわからねぇ!ただの行商人だよ俺はぁ!」

少々厳とし過ぎているようだ。これでは盗賊団の方がよっぽど大人しいというものだ。

これから一行は西へ進み、オークタニアにおける聖地へと向かう。

オークタニア。西方世界南部の内海に面し、北に魔王国、西にゴート族領アクイテーヌ、東にロタール王国、北東に龍領ヘルベチカとの国境を持つ。

一つにざっくりまとめられているが、実態はオークたち諸部族の集まりである。

それぞれの部族は独自に文化を持ち、信仰については概ね龍教団諸派に属する。

オークタニアの東部はクピド派が主流である、また、聖地トゥーロ・マルテの岬が存在する。

第四次勇者軍に惨殺され、龍教団分裂の一因となった人物、治癒師エドゥルネの亡骸が遺棄された、と伝わる場所だ。

ちなみに宗派や地域によって遺棄されたと伝承されている場所は異なる。すべてが本物ならエドゥルネは13人いたことになる。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


メディノからオークタニアの聖地トゥーロ・マルテを目指して進むこと五日、川沿いの小さな村に立ち寄った。

村はずれにある墓地に、リリと共に浄化の務めをしに行く。

浄化の務めとは、死者がアンデット化しないために聖職者が墓地に祈りを捧げることだ。

怨恨や未練を慰め、冥府への道を促す役目である。お香を焚きながら祈りを捧げ、墓所を回る。

「天に在す神龍よ、願わくば志半ばで斃れし者の御霊に憐れみを与えたまえ」

「役目を終えた者に永久の安息と安寧を与えたまえ」

そうしていると墓参りをする一人の女性の姿を認めた。

彼女は祈りを捧げ、そして立ち上がった時、こちらに気づいたようだった。

「……こんにちは」

「どうも」

年の頃は二十代半ばだろうか?どこか儚げな印象を受ける人だ。

用事は済んだのか、彼女はすぐに立ち去った。

「そういえば」

「どうしたのリリ」

「このお香の匂い、安物の薬草を使ってますね」

「効果は同じだからいいじゃないの……」

院長の仕業だろう。高い薬草はいい香りがするが、安いのはまさに草を燻した強烈な臭いがするのである。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「浄化の務め、どうもありがとうございます」

村長の息子が礼を述べる。彼は私よりも少し年下のようだ。

「数年前、私の姉が亡くなりましてね……墓から起きてきたら起きてきたで歓迎するところでしたが」

冗談めかしていう彼に、私は何も言えなかった。

「そういえば、あなたのお姉さんのお墓に女性がお参りに来ていましたよ」

「女性……あの人かな」

どうやらあの女性はこの村の住人だったようだ。彼は少しだけ眉を顰める。

「あまり良い印象は持っていないようね」

「……まあ、そんなところです」

歯切れの悪い返答だった。彼に対し、リリが握手の手を差し出すと、彼は後ずさりをした。

「あ、すみません、つい、その、少し女性が苦手なものでして……会話ぐらいなら問題ないのですが……」

彼の目には怯えの色があった。何か過去にあったのだろうか?

「いえ、こちらこそごめんなさい、いきなり手を差し出したりして」

「ああいや、気になさらないでください」

そうして私たちは別れたのだった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


その夜、巡礼団は宿にて夕食を取る。食事の内容は質素なものだったが、量だけは多い。

丸焼きにしただけの魚や羊肉をナイフでほぐし手で食べる。味は塩のみだ。

黒パンは食べ切れないほどあった、きっと我々のためにわざわざ用意してくれたのだろう。ありがたいことだ。

メディノで買った安価で粗末なワインを飲みながら、談笑に興じていた。

「気になるわね……」

「何がですか?」

私の呟きにリリが反応する。

「村長の息子とあの女性のことよ」

昼間の出来事を思い出す。明らかに二人の間には何事かがありそうだった。

それにあの怯えた様子も気にかかる。一体過去に何があったというのか?

「でもやっぱりお節介かなぁ」

どうにも踏み込みづらい雰囲気であったので躊躇してしまう。

「これも、クピドが与えたもうた試練ではないでしょうか?」

敬虔な信徒リリはそう言うが、やはり余計なお世話ではないかと思う。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


翌日、私は村の墓地へと赴く。やはり、昨日の女性が同じ墓に祈りを捧げていた。

「毎日来られるんですね」

「……私は、彼女の死に目に会えませんでしたから」

そういう彼女の顔には後悔の色がありありと浮かんでいた。

「もしよろしければ聞かせてもらえませんか?あなたが何を悔いているのかを」

聴罪も聖職者の努めである。

「……いいでしょう、どうせ村の誰にも言えませんし」

そう言って彼女は語り始めた。

「私と彼女は親友でした。弟とも、仲が良かった」

彼女は語る、姉弟のことを。弟はかつて、よく彼女に懐いていたそうだ。

14歳の頃、魔が差した。弟に性的な悪戯をしたのだ。抵抗はされなかったが、無理矢理であった事は言うまでもない。

その晩、彼女は家で一人後悔した、どうしてこんなことをしてしまったのだろう?

翌日、弟は何も言わなかった。無かったことにしてくれた。親友である彼の姉は気がついていなかった。

しかし、彼女は親友にもはや顔向けできないと思った。徐々に、姉弟とは疎遠になっていった。

そんなある日、姉が病に倒れたという噂を聞いた。彼女は、顔を合わせる勇気がなかった。

あんな事をした自分がどの面を下げて会いに行けるというのだろうか?そうこうしているうちに、姉の訃報が届いた。

「あの子が埋葬されて以来、私は毎日ここで祈りを捧げています。こんな事をしても何にもならないのに」

彼女の表情は暗かった。無理もないだろう。さて、私にどういった指導が出来るだろうか?

「よくぞ告白してくれました。神龍クピドも憐れんでくださるでしょう。しかし……」

そこで言葉を切り、私は続ける。

「私はあなたたちに未来を歩んで欲しいと、思っています」

「え……?」

彼女が驚いた顔をする。

「あなたが懺悔すべき相手は、他にもいるのでは?」

「……でも、もう、遅いですよ」

「そうかも知れません。しかし、このまま苦悩を抱えて生きるおつもりですか?」

「…………」

彼女は黙り込む。葛藤しているのだろう。私もかつては……今も苦悩している、私のせいで大事な人が傷ついた事。

「もし、許されなかったら……」

「……元より許されるべき罪ではない」

そもそも性暴力は法で禁じられているし、クピド派において愛無き性的接触は大罪である。

私がそう言うと、彼女は目を見開き、そして俯いた。

「それでも……!」

絞り出すように言葉を紡ぐ。

「それでも!私は謝りたい!」

涙ながらに訴える彼女を、私は抱きしめた。そして、優しく語りかける。

「それなら、やることは一つですね」

「はい……」

彼女は決意を固めたようだった。その瞳には光が戻っていた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「今更……話すことなんて……」

村長の息子は気まずそうに言う。例の女性は俯向きながら口を開いた。

「あなたにひどいことをしたのはわかっているわ……けど、謝らせて欲しいの」

彼女は深々と頭を下げる。それを見た彼は怒りを顕にした。

「僕のことなんかいい!!姉は!!……最期の瞬間まであなたの事を親友だと思っていました。あなたの名を呼んでいました」

「ごめんなさい、本当に、ごめんなさい」

「なぜ、僕が何もなかったフリをしたのに……あなたは逃げたのですか!」

「……自分が、許せなかった、会う資格なんて無いって思って……」

悲痛な面持ちで吐露する彼女を見て、彼もまた心を痛めているようだった。

しばらく沈黙が続いた後、彼が口を開く。

「僕は許せません、僕の心はともかく、姉を傷つけたあなたの事を。姉も僕もずっと、こうやって謝ってくれる日を待っていました。でももう全てが手遅れになってしまった」

「……そうね、遅すぎたわ」

「精々悔やんで、悩んで、苦しんでください。僕から言えるのはそれだけです」

「ええ……話を聞いてくれて、ありがとう……」

「どういたしまして」

そして、二人は別れた。彼らの行く末に幸あれと、祈らずにはいられなかった。

「でもやっぱり、お節介だったかなぁ」

「審問官は立派なことをしたと思いますよ」

いつの間にか横にいたリリにそう言われると、少しだけ気が楽になった。

「あの二人……いや、三人の時間は、今再び動き始めたのです」

「そうだね……この先どうなるのかね……」

「主神曰く、雨が降るから虹が架かる、です。クピドの祝福があらんことを祈りましょう」

私たちは、巡礼団の元へと戻った。


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