18話:メディノの滞在
さて、巡礼団は近隣の大都市、メディノへと到着した。
近隣と言いつつも途中の村々で慈善活動をしながらなのでひと月弱ほどかかったが。
平原の真ん中にあるこの都市は、クピド派の大司教が治めている。
大司教はヴェネトリオ修道院の元院長、エンリコであった。
「久しいな、副院長!いや、今は院長だったか!」
「ご無沙汰しております!」
エンリコ大司教がわざわざ街の入り口まで出迎えてくれた。
「して、儲け話というのは……」
「実は我が修道院のぶどうを増産したくてですね……」
この弟子にしてこの師匠ありという感じである。二人は固い握手を交わし、お互いの近況報告をしあった。
「みなも疲れたであろう。この街でゆっくりするといい」
大司教はそう言って、宿の手配をしてくれた。
彼がこの通りの人物であるので、聖地とは思えないほど緩く賑やかな雰囲気の街である。
「控えめに言って、最高じゃない?」
そういうのはマリカだ。彼女の正体は主神クピドその人、その龍であるが、それでいいのか?
「人々が豊かであると愛が溢れるもの」
「そういうもんかなぁ」
「衣食住足りぬ時の愛は容易に依存に顛落するのよ」
なるほど、そう言われれば一理あるが、貧すれば鈍するというのは事実であってもなんだかもどかしいものだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
この地が聖地と呼ばれるのは、クピド派の創始者、隠遁者モニカの伝説に由来する。
かつて龍教団に対し暴虐を働いた第四次勇者軍は追われる身となった。そしてその家族にも迫害の手が及んだ。
彼女はそれはやり過ぎだと、この地に住む勇者の妹を匿い、自らの手で保護した。
モニカは、罰は罪人本人にのみ与えられるべきである事を説いて回る。
そこへ現れた神龍クピドはモニカに加護を与え、そうして作られたのがクピド派である。
ということになっているが、実際のところはどうなのかしら。
「モニカ!私の大親友だったわ!」
マリカは泣きながら叫んでいた。
彼女が言っているのだから本当なのだろう。きっと。
「ああ、所詮カス勇者の妹はカス妹だったのよ。彼女はモニカの想い人を奪った」
衝撃の真実!異性交友関係の教義がガッチガチな理由が垣間見える。
「まあ、モニカもあまり意思表示しないし、というかその想い人はモニカの事知らなかったし」
完全にモニカの落ち度であった。知らないんならもう勝負の土俵にすら立てていない。
「モニカは悟った。悲恋が人を成長させる?馬鹿げている!これほどの苦悩、身体にも人生にも良くない、良いはずがない」
「それだから姦通や二心、離婚を強く忌避しているのね」
「そう。初恋がそのまま実るのが最良の恋愛であり、悲恋は数多の病気をもたらす悪徳よ!!」
彼女の主張には一理……あるのか?時代や環境によりどうしようもないこともあるんじゃ。
「階級や環境は愛の前には些細なことよ。だから、あなたも大丈夫!!」
「……いや、私は別に」
「龍の前では心を隠せないわ。この愛の神龍、クピドの加護を授かったあなたなら、大丈夫!」
「う、うん……」
懸念はしているけど、もう忘れてしまおうと思っていることだが、そこまでいうなら、ちょっとは期待しておこうかな。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
街を散策していると、マシニッサくんとキョーコがいた。
あの二人は見習い修道士だが、この巡礼に立派に参加していて偉い。
「あ、アーデルヘイトさん!ダンジョンぶりッスね!」
「久しぶり。キョーコも一緒なんだ」
「キョーコちゃんはすごいッスよ!本当に色んなことをよく知ってますッス!」
「そ、それは、そんなことはないよ!マシニッサくんも、この世界のこと色々教えてくれるし……」
マシニッサくんはキョーコの面倒を引き受けているようで、すっかり懐かれているようだ。
そして彼の方はと言えば、少し照れ臭そうにしている。うーん、かわいいぞ二人とも。
「二人のゆく先々に幸多からんことを」
マリカが祝福の言葉を贈った。彼女の目が黒いうちは大丈夫だろう。
「マリカさん、そんな大げさな……あ、そういえばあっちに飴屋さんの屋台が出てたッスよ!」
「マジで!?行く行く!」
マリカは目を輝かせて駆け出していった。
その背中を見て、私たち三人は思わず笑ってしまった。
「なんだか、修学旅行みたい……」
キョーコはそう言う。よくわからないが、修学と言うからには霊験あらたかな体験を積めるのだろう、ニホンにもそういう行事があるのか。
「い、いえ、そういう感じではなくて、学生たちが旅行先ではしゃぐようなイメージでして」
? 神学校の学生たちが霊験あらたかな体験を……。
「審問官、ニホンの学生というのは神ではなく科学について学ぶそうッスよ」
「ふーん……?」
「国民全員が学者になるそうッスよ!」
それを聞くと、キョーコは苦笑いをしていた。やはりよく分からないが、とにかく楽しそうではある。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
メディノには数日滞在し、礼拝や慈善活動を行う。
「ヴェネトリオ修道院は若い人材ばかりで羨ましい限りですな」
「みな、まだまだ修行中の身です」
メディノの若い修道士たちは街で遊びすぎて還俗してしまう者が多いのだという。
大司教区とはいえ、街の人々の大半は俗人である。美味しいレストランや娼館や賭場も数多く存在する。
都市が大きく栄えているというのもなかなか一長一短だ。
「確かに、満喫できるねぇ……」
クサヴェルにおんぶされているパメラ。なんか、この数日で太った……?
「太ってないねぇ。太ってないよねぇ?」
「太りました」
「く、クサヴェルくん……!」
裏切りのクサヴェル。そりゃあ、四六時中おんぶさせられているのに更に太られたらね。彼のせいでもあるが。
マリカは豪華な装飾品をジャラジャラ言わせていた。賭場の女王になったようだ。
「神通力でちょっとね!」
「イカサマじゃないの」
「バレなきゃいいの、バレなきゃ」
「はぁ……」
ああ、神龍クピドよ、彼女に憐れみを……と言いたいところだが、彼女がクピドその人、その龍である。
「おお、マリカよ、その装飾は!?」
院長が目ざとく見つけた。叱られてしまえ。
「院長、私には賭博の才能がありました。この才能を活かし、宝物を寄進することにより、神龍クピドに奉仕するつもりでした」
「なるほど!素晴らしいぞ!我が修道院も安泰だ!」
「左様でございますね!」
これだもの。修道院長たるものが俗物にも程がある。
「衣食足りてこそ愛は育まれる。富めば愛も膨らむのだよ。それに慈善活動には多額の金が必要だからな!」
一理あるような無いような。とりあえず私は何も言わないことにした。




