17話:巡礼
「そろそろ巡礼の時期だねー」「ねー」
修道女たちの会話を聞きながら、私はぼんやりと空を眺めていた。
巡礼とは、クピド派に限らず龍教団のいくつかの宗派で行われる儀式だ。
クピド派の場合、この宗派が信仰されている地域の街々、教会や修道院、そして龍教団の聖地とされている場所を巡礼団で回る。
その道中、慈善活動、貧者の救済や説話の語り聞かせなどを行い、人々に神の愛を伝えていくのだ。
私が拾われたのも、この巡礼によるものであった。
10年前、凄惨な状況の我が家から、幼馴染がなんとか連れ出してくれた。そして巡礼団に私を引き渡した。
それ以来、彼とは会っていない、彼は故郷に残ったのだ。
院長……当時は副院長であったが、彼は快く受け入れてくれたし、龍教団と主神クピドについて熱心に教えてくれた。
つらい目に遭っただろうと、色々と融通してくれて、自由にさせてくれた。彼にも、幼馴染にも足を向けて寝られないだろう。
幼馴染には最後、酷いことを言ってしまった。修道院に来て最初の一年は、ずっと懺悔をしていた記憶しかない。
「アーデルヘイト審問官」
そんな事をぼんやりと考えていた時、シスター・ベロニカに声をかけられた。
「あなたは巡礼には赴かないのですか?」
「私は……別に……」
「あなたの故郷の村も、回るそうですよ」
「……らしいですね」
「ええ、ですのであなたも行ってみてはいかがですか?」
確かに、故郷に帰ることはもう出来ないだろうが、せめて彼の様子を見に行きたい気持ちもある。
しかし、今の私が彼に会いに行く資格があるのだろうか。それに、彼がわたしの事を覚えているとは限らない。
いや、そもそも会いに行ったところで何を話せばいいのだろう? 結局、結論が出ないまま、巡礼の日を迎えてしまった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「キョーコくんが是非と言うからな、護衛は多い方がいい」
院長によると、いつの間にやら私も頭数に入れられていたようだ。
キョーコは転移者、彼女の正体がバレて狙われるとも限らないのである。心配のし過ぎかしら。
「心配しすぎるということはない。戦闘要員は大いに越したことはないからな」
巡礼団の指揮を執るのは院長であった。修道院は副院長に任せるのだという。
今回の巡礼者たちを見ると、見慣れた顔が多かった。物語上のつご…
「それ以上いけない」
またしても、神の領域に達しそうになったところをパメラに止められた。というか……。
「あなたも行くの!?」
「私とて龍教団の端くれだからねぇ。クサヴェルくんもいるから大丈夫さ」
「初日からぶっ倒れないでよね」
「……く、クサヴェルくんもいるから大丈夫さ!」
本人も不安になってきちゃったようである。まあ、本の虫にとってはいい運動の機会だろう。
巡礼は護衛の聖騎士と荷馬車以外はみんな徒歩だ。
「く、く、クサヴェルくん!!おんぶ!!!」
「まだ修道院見えてますけど……」
パメラには大いなる試練のようだ。この旅を通じて大きく成長することだろう、クサヴェルの筋肉が。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
丸一日歩いた後、野営の準備に取り掛かることになった。
「私の故郷の料理をご用意いたしますよ!」
キョーコが食事を用意してくれるそうだ。例のチート能力とやらで食材を出現させ、料理を始める。
嗅いだことのない刺激の強い香りが漂ってくる。何を作ってるのかしら……?
小一時間ほど経つと、料理が出来上がったようだ。
「さあ、出来ましたよ!」
出てきたのはうんこであった。臭いは刺激が強いだけで排泄物の臭いではないが、見た目はお腹が緩い時のそれであった。
みんなテンションだだ下がりである。特に異国の料理楽しみだなー!とはしゃいでいたパメラは半泣きになっていた。
「あれ、みなさん食べないんですか?」
「食べないって、これうん……」
「ちょっと、こんな物食べるなんて正気じゃないわよ」
「え?美味しいですよ?」
キョーコ曰く、故郷ニホンでは大人気メニューであったそうだ。
こんなものを食べるまで困窮しているとは、こっちの世界に来れてよかったね、キョーコ……。
ウサギはそういうことをするらしいから、栄養価はあるのだろうが……。
「お待ちくださいみなさま」
「食べてないよ」
ルーナが声を上げる。待てって言われても、みんな口をつけようとはしていない。
「見た目で敬遠するのはわかります。しかし、キョーコが作ってくれたのですから、一口だけでも口にするべきです」
まあ、彼女の言う通りではあるけどお排泄物ですわよこれ!?
「調理を手伝った者はおるかの」
院長が声を上げたので、手を挙げるものが数人出た。
「どうであったか、調理の行程は見ておったろう」
「その、固形の茶色いのを入れてました……」
「べ、便であったかは定かではありませんが……」
そうこう話をしているうちに、キョーコの顔はめちゃくちゃ曇っていた。
……以前のナスの詰物漬けのこともあるし、ここは私が先陣を切ろう。
「……いただきます」
私は覚悟を決めて、それを口に入れた。すると、意外にも……いややっぱ塩辛い。
味が濃すぎる、そして香辛料の独特の風味が強く、玄人向けな味かもしれない。
しかしこれはひょっとして……。
「パンか何かにつけて食べるものだったりする?」
「あ……そうだ!お米忘れてた!で、でもパンでも大丈夫です」
何やら付け合せを作るのを忘れていたようだ。
「だとすると、これは食べられるうんこよ」
「食べられるうんこ!?」
「そうか、食べられるのか」
「食べられるなら食べねば」
黒パンにつけて食べると、少しマイルドになって食べやすい。好きな人は好きな味だ。
南方では香辛料が多く取れるというから、ニホンという国もそんな場所なのだろう。
「げへぇーへぇ、キョーコくぅん、うんこぉ、うんこ食べさせてくれよぉ、これやめらんないよぉ」
パメラは気に入ったようだ。気に入りすぎて食糞愛好家みたいになっている。
こうして、巡礼団一行は、新たな旅路に旅立ち、そして新たな食文化に触れたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
食事も済ませ、見張りを立てて就寝となる頃、キョーコが話しかけてきた。
「アーデルヘイトさん、お話いいですか?」
「いいわよ」
彼女は私の隣に座ると、語り始めた。
「あの、カレー……食べられるうんこを、最初に食べてくれて、ありがとうございます」
「いいっていいって。前にも似たようなことあったし。あれカレーって言うんだ」
変わったものを食事に出してしまったことを気にしていたようだ。なんだかんだで善良な子である。
「……故郷の味を、受け入れてもらえて、私、改めてここにいていいんだって、思えたんです」
「あんたの気が済むまで、ここにいな」
「はい……!」
そう言って笑顔を見せた後、再び真剣な顔になる。
「それでですね、お礼として、衣装を持ってきました」
「わ、私は別にその、コスプレ?っていうのは……」
そうして彼女は紐のようなものを取り出す。
「これ水着なんです!マイクロビキニって言ってですね、めちゃくちゃドエロい衣装でして……」
「いらないいらない!」
「遠慮なさらずに!」
ニホンの人ってこういう変態的衣装を日常的に着るんだろうか、怖い!
そしてこのマイクロビキニとやらは、結局押し付けられてしまった。




