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幕間:初日のキョーコ


「あなたがキョーコちゃんスね!僕がお世話係になったマシニッサッス!」

キョーコは困惑した。目の前にいるのは獣人である。

赤いローブを纏った人並みの大きさで白っぽい毛の狐がキラキラした目で人の言葉を喋っている。

「……えっと」

彼女は流れで修道院に入ることになった。衣食住が保障されるというのは良いことだ。

しかしながら、このクピド派という宗教がどういうものかわからなかったのだ。

いやそれ以前に、この世界に来てからまだ日が浅いので、この世界の常識にも疎いのだが……。

「手取り足取り教えるッスから!」

マシニッサと名乗った獣人の少年は尻尾をフリフリして喜んでいるようだ。

「あ、うん……」

その尻尾を見ているとなんだか触ってみたくなる。

「それじゃ、まずは院内を案内するッス!」

彼は彼女に背を向けると、尻尾が左右に揺れる。

キョーコはつい魔が差して尻尾に手を伸ばしてしまう。

「ひゃんっ!!」

尻尾に触れた瞬間、マシニッサが飛び上がった。

「ご、ごめん」

慌てて手を引っ込める。

「う、噂通りの破廉恥女の子ッスね……人が居ない時ならいいッスけど、白昼堂々はやめてほしいッス!」

「……ご、ごめんなさい」

色々と言いたいことはあったが、とりあえず謝罪したキョーコであった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


修道院の案内も済むと、キョーコは書庫でこの世界について教えてもらっていた。

「まず死の龍と飢餓の龍、それぞれ生命と活力を司る龍が現れたッス。そして支配と戦争の龍が現れたッス。これはそれぞれ心や祈りと生命の営みを司るッス。これらが四柱の祖龍ッス」

「へぇ、実在したの?」

「そりゃあ、実在してるッス。未だに野良ドラゴンが絶滅もせずに数を増やし在野を彷徨いているのは、この始祖たちが今なお異性を誑かしてるかららしいッス」

「そ、そうなんだ……」

なんともコメントしづらい話だった。

「それで、昔に大きな帝国とかあったんスけど、色々あって分裂したッス」

「ローマ帝国みたいだね」

「よくわかんないッスけど多分それッス」

それからマシニッサは西方世界図を広げて説明を続ける。

「いつ見ても驚くわ。だってこれヨーロッパにそっくりだもの……」

キョーコは感嘆の声を漏らす。

「今僕達がいるロタール王国はこれッス」

彼は長ぐつ状の半島を指差した。

「なるほど、イタリアなのね」

「ちなみにこの長ぐつ半島のつま先が僕の故郷ッス。ロタール南部は僕みたいな獣人がいっぱいッス」

「そうなんだ……獣人の人ってさ、地位が低かったりするの?マシニッサくんも私のお世話係させられてるし……」

キョーコがそう言うと、マシニッサは少し驚いた顔をする。

「キョーコちゃん、僕は嫌々君のお世話をしているわけじゃないッスよ。同じ人間なんだから助けるのは当たり前ッス」

「同じ、人間……」

そう言われて少し胸が痛むキョーコ。

自分が目の前の獣人を『同じ』人間とは考えていなかったことを突き付けられた気がしたからだ。

「まあ、時代や地域によるッスけどね。それに犯罪者や食い詰めた人、売られた子供や戦争捕虜なんかが奴隷にされることはよくあるッス」

マシニッサは苦笑いをする。

「キョーコちゃんがそうなる前に、この街に来てくれて、本当によかったッス」

彼は彼女の手を取ると、両手で優しく包むように握る。

「え、あ、うん……」

急に手を握られて困惑するキョーコだったが、悪い気はしなかった。

肉球と毛皮の感触が気持ちよかったのである。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ねえ、マシニッサくんって年いくつなの?」

「16ッスね」

「二つ年上かぁ」

二人は食堂で夕食をとっていた。基本的には、現代日本と比べると遥かに劣る内容である。

かってぇ黒パンに薄味のスープ、塩辛いチーズ、質素な肉にワイン。

黒パンはスープに浸して食べる他なく、チーズは長く保存する為に塩辛い。

質素な赤身肉は何の肉だかわからないし、少し獣臭い。ワインはそもそも口に合わない!

だがそれでも食べられないことはない。少なくとも飢え死にすることは無いだろう。

(贅沢なんて言えないよね)

そう思いながら食事を続けるキョーコ。

「そういえばさ、クピド派って何してるの?」

そう尋ねると、マシニッサがビクッと体を震わせる。

「それはもちろん、愛の伝道師ッスよ!」

「あ、愛の……?」

「そうッス。愛し合う者たちは幸せになるべきッスから」

彼はキラキラした目で語る。どうやら教義的な意味で言っているようだ。

「……愛ねぇ」

なんだか胡散臭い話だと彼女は思った。

「具体的には何をするの?」

「主に慈善活動ッスね。捨てられたり、居場所を失った人たちに、『あなたを愛する人や場所は必ず現れる』ということを教えるためッス」

「……それだけ?」

思わず聞き返してしまうキョーコ。あまりにも漠然としていてピンと来なかったのだ。

「あとはお布施や寄付金を集めたり、孤児院や施療院の運営をしたり、困っている人の相談に乗ったり、あとは冠婚葬祭の儀式を執り行ったりッス」

マシニッサは指折り数えながら答える。

「ふーん……意外とちゃんとしてる」

「意外は余計ッス、大きな声で言っちゃダメッスよそういうこと」

マシニッサは慌てた様子で周りを見回す。幸い誰にも聞かれていないようだった。

「……ごめん」

確かに不用意な発言だったかもしれないと思い謝るキョーコ。

「それじゃ、そろそろ食べ終わった事ッスので、宿坊に連れて行った後は修道女のお姉様方に任せるッス。女子の宿坊は男子禁制ッスから」

そう言って席を立つマシニッサ。尻尾が左右に揺れていた。

「……尻尾触っていい?」

「それはまた今度にするッス」

かくしてキョーコの修道院での初めての一日が終わったのだった……。


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