大音量のラジオ男
私の名は三重ヤエ子。田舎の高校から都会の大学へ進学して2年目を迎えていた。学生生活が慣れ、これから勉強もサークルも頑張ろうとした時に隣人の行動に苦しむようになった。
隣の部屋から大音量のラジオ音声が聞こえるようになったのである。
気弱な私は注意したくても注意出来ないでいる。隣人は私と同じ二十代ぐらいの男性。社会人だろうか?去年、たまたま挨拶を交わした時はスーツを着ていた。今年は外に出てくるのも見かけない。
ラジオの音から逃げるように部屋を出て大学へ向かう。講義が終わると学食へ移動。ランチをしながら友人に愚痴を聞いてもらっていた。
「ほんと、朝からうるさいんだよね」
「大変そうだ」
「迷惑迷惑」
「どうしよう?」
「私がガツンと言ってあげるよ」
「怖いから止めて」
私の愚痴に相づちを打ってくれるのが私と同じ立場で田舎から都会へ出てきた秋田さん。白い美肌美人だ。私と違うところは美人ということだろうか。
もう一人、『ガツンと言う』と言っている人物は地元出身者で都会子の都さん。田舎物の私と秋田さんを心配してくれる優しくお姉さん。都さんはお姉さんぽく見えるが三人共同期生だ。
「いや。そういうやからは、直ぐにつけあがる。ビジッと行かないと」
「止めた方が良いって。触らぬ神に祟りなしだよ」
都姉さんと秋田さんでは意見が違う。私もどちらかと言えば秋田さんに賛成だ。後が怖い。
「大丈夫。お姉さんにまかせなさい」
都さんに押しきられ三人で我がアパートへやって来てしまった。隣の部屋からは相変わらずラジオの大音量のが流れる。私が困ったような素振りを見せると都姉さんは大音量男の部屋のチャイムを押した。
「はい」
大音量男は何食わぬ顔でドアを開けた。久々に見た男の顔は髭面でシャツパンツ姿で暫く外出もしていなそうな雰囲気だった。男は不思議そうに私達を眺める。気持ち悪い目だ。
「あの!大音量でラジオを流すの迷惑なんですけど!静かにしてくれませんか!」
都姉さんが男に有無を言わせないようにたたみ掛けるように話しかける。怖い者知らずだ。男の目付きがさらに気持ち悪く変わったように見えた。まるで獲物を見定めているようで。
「ああ。すいません。少し高かったですか。気をつけます」
「はい。お願いします」
無事任務完了。なるべく早めにこの場を去りたかったので話し合いがあっさり終わってほっとした。しかし、良かっと気を抜くと男が妙なことを告げて来た。
「そうそう、3日後、大地震が有るからみんな防災道具持つと良いよ。カップ麺とか電池、ガソリン無くなるから。じゃ」
次の日からラジオの音は無くなった。でも私達の話題は男の予言について話すようになっていた。
「どう思う?後2日」
「ない。ない」
「地震学者さんかな?」
「さあ、後1日です」
「ない。ない」
「震源地、ウチの近所みたい」
煽るのが都姉さん。否定するのが私。心配するのが秋田さん。そういう構図が出来上がっていた。そこに秋田さんのびっくり発言。
「何でそうなったの?」
「海野さんに聞いたの」
「誰?」
「ヤエちゃんのお隣さん」
「は?」
秋田さんは大音量の男の言葉を信じ話を聞きに行っていたらしい。あの男が怖くないのがびっくりだ。秋田さんの話を聞くと男は独自のやり方で地震予知が出来るとのことだった。秋田さんの眼差しは尊敬の眼差しだ。
「秋ちゃんアレは止めた方が良いって」
「私も同意」
「悪い人じゃないよ。しかも金持ちだったよ」
「ほー」
そんな雑談があり当日。皆のスマホのアラームが響きわたる。その日の都会から電気が消えた。
隣部屋の大音量のラジオ音が復活した。
暗闇の中、音が五月蝿くて眠れない。寝ようと努力するも別の音まで聞こえてきた。隣のドアを叩く音が聞こえて来る。ドアを叩く女性の声も聞こえる。声の主に聞き覚えがあった。心配になり自分の部屋のドア開ける。隣の部屋のドアが閉まる瞬間だった。あの声は秋田さんのような気がする。
私自身も都会の暗闇に慣れなく、知人がいるなら隣部屋のチャイムを鳴らそうかと考えた。だか止めた。人違いの可能性やあの大音量の男の方が怖かった。時間が立つと大音量ラジオが聞こえなくなった。代わりに女のあえき声が聞こえた。秋田さんのように聞こえる。私に男女のまぐわいを聞かせる為にわざとラジオを消したと思う。
皆が大変で不安な夜を過ごしているのに何をしている!怒りが爆発しそうだった。地震学者なら何かしろと思ってしまっていた。頭から布団をかぶり何も聞こえないようにした。
次の日より避難民生活が始まる。男からアドバイスを貰っていたが、信用していなかったため防災道具はない。真夏にエアコンが使えない状態で熱中症になりそうだ。水は出るがお湯は出ない。冷たい水を浴びる。本当に食糧が消えるとも思わなかった。
電気は2日で回復したが大学は臨時休校となり、バイトも休み。何も出来ない状態が続いた。部屋に閉じ籠ると当然のように大音量のラジオが聞こえる。勘弁して欲しい。
仲良し3人組とは連絡がついた。秋田さんは実家が被災したが、家族は全員無事。海野さんのおかけと笑顔見せボランティアをすべく実家に帰って行った。
都姉さんは私と一緒で暇をしていたようだ。たまに頼まれば行列に並ぶぐらいしかやることがないらしい。
私もする事がないし、地元へ帰ることも考えたが、旅費が工面出来そうもなく諦めた。
そんなおり私の部屋のチャイムなった。インターホンで姿を確認すると隣の大音量男だった。インターホンごしに話をする。
「ドア開けてくれないんだ残念だね」
「ご用件はなんですか?」
「お金に困っているって聞いたからさ、割りの良いアルバイトをしないか聞きに来たんだけど」
「何ですか?」
「僕と寝ない?」
「は?」
「秋ちゃんいなくって寂しくんだ。代わりになってよ」
怖い。怖い。怖い。恐怖のあまりそのままインターホンを切った。そのあと男はドア越しに声をかける。
「100万でどう?ポストに入れておくからさ」
男が帰って行ったからドアのポストを覗く。本当に100万が入った封筒が入ってあった。直ぐに男のポストへ突っ返した。
次の日、200万その次の日300万入っていた。クラっといきそうになる。返せば400万?頭を横に振る。私は300万を男のポストへ返し、そのまま部屋を後にする。行く先は都姉さんの所。彼女に相談することにした。都姉さんは快く私を保護してくれた。
「そりゃ怖いね。ウチいな。ウチの両親には話しておくからさ」
「お世話になります」
都姉さんの家に居候してから1週間たった頃、彼女の家に警察がやって来た。理由はわからないが都姉さんが何か事件に巻き込まれたようだ。私は邪魔にならないように部屋に籠る。
1時間程度たった頃、部屋に都姉さんが入って来た。
「ヤエ。警察の人が話を聞きたいって」
「え?何を?」
「行けばわかるよ」
どうも、私も関わる事件があったらしい。いそいそと刑事さんのいる部屋に入る。
「どうも」
部屋には男女のスーツ姿の人がソファーに座っていた。
「三重ヤエ子さんですね。どうぞ座ってください」
「はい」
男に促され席に着く。話すのは基本男の人のようだ。男は直ぐに聴き込みを始める。
「実はあなたのお隣の部屋が火事になりましてその中から焼死死体が発見されまして。何かお知りならないか伺ったのですが」
「え?ラジオ大音量男!」
警察の人の話は驚きでしかなかった。私の部屋は大丈夫だろうか?
「誰ですか?それは」
「う、海野さんだったかな?地震学者の」
「何故、海野さんだと?貴方の隣の部屋には山田さんもいますよね」
「反対側、山田さんっていうんですか知りませんでした」
大音量男の印象が強すぎて反対隣のイメージなど全く無かった。亡くなったのは山田さん?ラジオ男?
「そうですか。亡くなったのは海野渚さんです。知り合いですか?」
「あ、はい。あまりにまひどい大音量でラジオを流していたので友達と注意に行きました」
警察は私と大音量男との接点を探りに来たのた。火事と聞いているがこれは放火殺人なのだろうか?そうすると『僕の物になれ』みたいな意味合いで大金を流し込まれた件は話さない方が良いだろう。信用もされないと思し。
「彼の部屋に入ったことは?」
「ありません」
「それでは秋田小雪さんについてお伺いしたいのですが」
秋田さんの話が出来るとは思わなかった。でも彼女があの男と接点が一番ある。取りあえずは正直ベースで話すことにした。
「秋ちゃん?秋ちゃんは何度か彼の家に入っていると思いますけど」
秋田さんがラジオ男の部屋に入ったのは見たことがない。それらしい人とHな声と男の言葉だけだ。確定だろう。
「どちらに行かれたかご存じですか?」
「実家へ帰ると聞いています」
「突然帰って来たりは?」
「すいません、一週間前にこちらに来たのでどういう状況かわかりません。戻って来たと連絡はもらってません」
秋田さんが放火犯?帰って来たの?連絡はないけど。
「そうですか。最後に一つ。確認していただきた事がありまして、火事現場までご同行願いたいのですか」
「私の部屋は無事なんでしょうか?」
「あぁ。残念ですが、壁が燃えてしまい、火事現場とつながっています。火災現場の為に少し汚くなってしまいました。申し訳ありません」
なんとも残念な結果が伝えられた。これは引っ越し確定である。暫くは都姉さんのところにお世話になるか。
「無くなっている物とかがあるか確認してサインをいただきたいのです。消防、警察はあなたの部屋の物を盗んでいないという証明が欲しいのです」
そんな事もあるのかと軽くうなずく。刑事さんに促されるまま、一週間ぶりに自分の部屋に戻った。『ヤエ一人だと不安』だと、都姉さんがついて来てくれた。
アパートを見ると大音量男のドアは丸焦げだった。自分の部屋の前に立ちドアを開ける。焦げくさいにおいはするものも、部屋は出て行った時と印象はかわらない。奥に進むと状況が変わる。ぽっかりと大きく空間が出来あがっていた。家電類は全滅していた。ラジオの大音量のが流れ出したら時に部屋のレイアウト変更を行い、なるべく音が伝わらないようにした結果である。私はその場にへなへなと座りこむ。
「刑事さん。私の家電無くなっているじゃないですか」
「火事なので消失は当然かと」
刑事さんはしれっと答える。
「わかりました。盗られたりしている物とかはありません」
「現金とかは?」
「貧乏なんで財布の中にしかないです」
「増えている物は?」
「ないです」
「そうですか。ではサインを」
刑事にせかされサインをする。
「ありがとうございます。最後に三重さんと都さんに質問があります。昨日、午前1時頃とちらにいましたか?」
「私は都姉に家で寝てましたけど、その時間だと大概の人は寝ているのでは?」
「そうですね。都さんは?」
「もちろん寝てます」
「あぁ、時刻を間違えました。午後1時です。どちらに」
何故12時間も間違える。そもそも火事は深夜で昼ではなかったはずだ。この刑事さんはどうも信用ならない気がした。
「都姉の家に籠っていました。籠ると証明する人いませんけど都姉も何処か出かけたし」
「私はそこの隣部屋にいたわよ」
「へ?」
思わす間抜けな声が出る。都姉さん何をしている?彼女を見ると顔が少しだけ強張っていた。
「ちょっとお金になるアルバイトしてただけよ。その時はアイツ生きてたし。しかも、秋もその時間はいたわよ」
都姉さんが何を言っているかわからない。私はぼーぜんと話を聞く。秋田さんもこっちにいるの?
「でも、それだけ。アイツ昨日、部屋で焼き殺されるみたいだから遠くへ逃げる。とか言って一人旅に出たんだけど」
「詳しくは署で聞こうか」
渚姉さんが連行されて行く。私は何が起こったのかさっぱりわからなかった。自分の部屋で立ち尽くす。
「すいません。まだ現場検証をするので退出をしていただきたいのですが」
「あ、はい。すいません」
警備の人に声をかけられ我に戻る。この部屋を出ると大家さんに声をかけられた。
「三重さん、災難だったね。一階になら空き部屋あるからそこに引っ越さない?」
「ありがとうございます。えーと緊急避難扱いでも良いでしょうか?」
私としては複雑な気分だった。流石に都姉さんの処にも行きにくいし、お金はないし、困ってはいた。でもこのアパートからも移動した方が良い気がしたのだ。
「いいわよ。1,2週間過ごして気にいってくれたら良いしダメなら別アパートで良いわ。本当に緊急避難として使って」
「ありがとうござます」
引っ越しの準備をする為に再び自分の部屋に戻り警備の人と話す。最低、寝具と生活必需品を持ち出せないか聞いて見る。警備の人は何処かに電話して許可を貰ってくれた。
荷物の移動の為部屋を見回す。先ほど刑事には増えている物はないと言ってしまったが見慣れないラジオが転がっていた。大音量男のラジオだろうか?このラジオをなんとなく引っ越しの荷物へ入れてしまっていた。
一階に部屋を整えてベッドにダイブする。今日の出来事を思い出す。自分の中でわからないことが起きていた。ラジオ大音量男の死。都姉さんがコイツに会っていた。秋田さんも帰って来ている?私の知らない処で妙なことになっていた。秋田さんとラジオ男は恋人?都姉さんは?私の為に苦情を伝えに?違う。アルバイトってまさか。自分を売った。そして三角関係?
ベッドから顔をあげると大音量男のラジオが目についた。何となく電源を入れて見る。気が紛れるかもしれない。
普通にニュースが流れる。今思えば大音量の男は競馬中継やニュースばかりを聞いていた気がする。ちっよっとボリュームむあげる。音を聴き確信する。間違いなくあの男の物だ。
暫く無心でラジオを聞く。天気予報になり、その内容に驚く。台風情報が流れていたのだ。今は晴天。台風は遥か沖にあるのみ。全然内容が違う。じっくり聞くと一週間後の番組が流れているようだ。刹那に私は理解した。
この大音量ラジオは未来が聞けるラジオだった。
あの男はこれを使って何をした?予言。アイツはあの時点で震災を予言出来たのだ。あと競馬中継ばかり聞いていたイメージだ。すでに結果がわかっているレース。そうか。コレで資金を集めたのか。あ!都姉さんが言っていたこと。『焼き殺されるから逃げる』このラジオで自分の死を聞いたのでは。自分の中のパズルが当てはまる。
このラジオは未来が聞こえるラジオだ。
人生を狂わせる。こんな物は有ってはならないと思い私はラジオを床に叩きつけ壊した。
大音量男はこのラジオで自分の死を知り回避を試みたが、失敗に終わったようだ。運命は変えれない。
都姉さんも秋田さんも人殺しなどしていないと思いたい。
次の日。叩き壊したはずのラジオが元の形に戻っていた。
私の部屋から大音量のラジオ音が聞こえるようになった。私は稀代の預言者となっていた。