第94話 オズワルド
これまで名前だけだったキャラがやっと登場。
有害蠕虫を斃したサリバンだが、数限りなく出て来る不死魔物たちの相手をするのに、ほとんど魔力を使い切ってしまった。地下墳墓の冷たい石の床に座り込む。すると、厚い扉の向こうから階段を降りて近づいて来る足音が聞こえ、暗がりからシンディが顔を出した。
「まだ逆らうかい?」
「そんなに火炎奇書が欲しいの?使ってはならないものでしょう。」
「ああいう危ない物はね、正しく管理してやらないといけないのさ。
そもそも何故、魔女なんてものが存在するか、わかってんのかい?」
シンディはサリバンを蹴飛ばし、床に転がるとそこに魔法陣が浮かんだ。黒魔術のエンチャント呪文を掛ける。
「死の国!」
魔力体力をじわじわと奪い続ける呪い。
苦しむサリバンの後ろから、彼女にとって懐かしい声が聞こえた。二人が目線を移すと、そこにいるのは、ダークエルフ。オズマよりも少し背は低く、やせ型だが、顔は瓜二つ。そして髪はストレート。肩にカササギを乗せている。
「サリバン先生。お久しぶりです。助けに来ましたよ。お元気そう、とは言えないのが残念です。」
呻き声をあげるサリバンにすぐに白魔術を使い体力を回復させるが、呪いは外せない。
(これは・・・。まずいな。普段のサリバン先生ならば防げただろうに。魔力が切れたところを狙われたな。)
「私の身内に手を出したからには、年寄といえど容赦はしませんよ。」
オズマそっくりの男は手を固く握りシンディを睨む。一方シンディは、フン、と鼻を鳴らし、顎をしゃくるように上げ、睨み返す。
「サリバンの教え子かい。言ってみりゃあ、あたしゃ、あんたの先生の先生だよ。その生意気な態度をなんとかおし。」
「そちらこそ、私が誰だか分かっているのかね?
ニブルヘイムの死の渓谷より来たれ。その黒い腕を伸ばし白い骨の細切れを集め悪魔に捧げよ。骨砕き!」
ゆらゆらと前後に細長い顔と四肢、黒い翼を持った魔物の姿が男の前に現れて、手に持った大きな金槌を横に薙ぎ払った。槌がシンディの右上腕に当たったかと思うと身体をカタコンベの石の壁に打ち付けた。魔法での防御結界はあったのだが、それを打ち破り上腕の骨を折った。
「ぐふうっ!」
シンディは慌てて水の魔法で霧を発生させ、黒魔術で灯りを消し、気配を消して逃げようとした。ダークエルフの男は逃がすまいと思ったが、サリバンの苦しむ声を聴き考え直し、逃げるシンディを見逃した。もう一度サリバンに体力回復の魔法を掛けるとサリバンを背負い、地下墳墓の出口を目指しゆっくりと歩き始めた。
「ウルド、心配するな。必ず先生を助ける。」
カササギに話し掛け、アーティファクトクリーチャーの羽ばたき飛行機械を召喚すると松明を生み出す呪文を唱え、道先案内をさせ地上に出た。暗い地下から出て来ると空が眩しいが、その空には四つの魔法の箒と一羽のカササギが飛んでいる。
「あれは、スクルドだな。すると、あの四人もサリバン先生を助けに来たのか?」
ダークエルフの男は、箒の四人、特に黒髪の男女に強い魔力があることを感じとり、半分は警戒したが、サリバンの使い魔のカササギの一羽が一緒にいることから、とりあえず友好的に話そうと決心した。
ガラハドがサリバンを背負ったダークエルフの姿を見つけ、AGI METALの四人がカタコンベの出入口付近へと降りて来る。真っ先にダークエルフの男に話し掛けるのはマリアだ。もっともマリアはその男をオズマだと思っている。
「オズマさん!サリバン先生は無事?いつの間に私達よりも先回りしたの?」
男はオズマという名前を聞いて驚いた。こんな修羅場ともいえる場所で、その名を聞くとは思っていなかった。
「まさか、オズマとは、オズマ・オズボーンのことでしょうか?」
今度はAGI METALの四人が驚く番だった。だが、レイゾーは割と落ち着いていた。その男とオズマとは髪型、服装、体格などが異なるからだ。
「これは失礼しました。いかにもオズマ・オズボーンのことです。彼は私達の仲間ですが、つい先程までは一緒にいたのです。貴方にそっくりなもので。
私達は冒険者パーティAGI METAL。今はミッドガーランド軍に徴用されて、バルナック軍の侵略戦争に対抗して戦争に加わっています。私はパーティのリーダーで坂上礼三です。」
「ご丁寧に恐れ入ります。私はオズワルド・オズボーン。オズマは私の兄です。まあ、その件は後で。サリバン先生をご存知のようですね。今、非常にまずい状態です。最悪と言っていい。サリバン先生を医者や回復士に診せたいのですが。」
(AGI METALに坂上礼三と言えば、英雄のパーティだな。サリバン先生を助けられるかもしれない。これは、不幸中の幸いだろう。)
マリアは青ざめた表情で詰め寄る。ガラハドはサリバン、マリアの両方を心配そうに見つめる。
「それならば、私が!私はサリバン先生の教え子ですので!白魔術を使えます。マリアと言います。」
「ありがたい。応急の手当てが済めば、すぐに安全でゆっくり休める場所に移動したいのですが。」
オズワルドは、すぐにマリアが自分の後輩であると認識した。サリバンが自慢の弟子だと話していたワルプルガとは、この女性のことであろう、と。だとすれば、その隣にいるツンツン頭の大男は、元王宮騎士のガラハド。これまた自分の後輩であると推測。
世代は違えど、修道院でサリバンに世話になった者が三人集ったのだった。三羽のカササギのうちの二羽がここにいる。おそらくもう一羽、ヴェルダンディも助けを求めて誰かに知らせに行った。修道院へ向かったか。
レイゾーとタムラが相談している。ひとまずセントアイブスへ行こうと。
セントアイブスの領主ジム・ページは節制を心掛け、街の規模と同様のけっして大きくはない領主館に住む。先代の領主が住んでいた町の中心地のセントアイブス城は病院、療養所として使っている。もしもの時には、堅牢な城は怪我、病気の市民を守ることにもなるという考えからだ。そのセントアイブス城で静養してもらえば良いだろう。
マリア、ガラハド、オズマはサリバンを連れセントアイブスへ。レイゾーとタムラはバルナックの探索を続けることとした。
セントアイブス城へ「入院」となったサリバンは、かなり呼吸が苦しいようだが、それでも三人の教え子たちとの再会を喜び、よく話した。サリバンの修道院で孤児院を始める切っ掛けとなった最初の教え子オズマとそのオズマが去った数年後に修道院に入ったマリア、ガラハドは、面識がなかったため、サリバンは橋渡しをしようと務めたのだ。
クラブハウスからの撤収を決めた俺達だが、タロスは四キロか五キロメートルくらい走っただろうか。クララからの警報だ。
「サキぃ、車輪ゴーレムが追いかけてきてるわよう。」
「車輪付きか。数は一、だな?」
「はい。でもかなり近づいてますよーお。さすがに車輪は速いですー。」」
「よし、迎撃だ。これは完全に破壊しよう。修復などされないように。
クッキー、いけるな?」
「了解!」
俺は頭の中で、どんな戦闘になるか組み立ててマチコに声を掛けた。
「マチコ姐さん、真っ直ぐ行ってくれ。やるよ!」
「バッチコーイ!」
「超信地旋回!」
タロスの進行方向が百八十度転換。タロスの動きとしては、ただ真っ直ぐに走っているのだが、コックピットからの風景はガラッと変わり、目の前には後ろから追ってきた車輪ゴーレムがいる。
「うおぉぉりゃああああああぁ!」
マチコの叫び声とともにタロスは跳躍。宙で一瞬膝を抱えるような姿勢になり、その後はすぐに脚を伸ばし、装輪型ゴーレム『ティーゲル』の頭を狙う。ドロップキックだ。ティーゲルは両腕を頭部の前に交差しブロックしようとするが。
「もう一発!スキッドロウ!」
今度は、呪文の対象は自分自身ではなく、敵ゴーレム。ティーゲルはクルリと後ろを向き、後頭部にタロスのドロップキックをもろに受けた。前輪を軸として前回り、顔面を地面に打ち付けタロスの両足に踏まれるような形になった。車台にあたる部分を掴み、引っ張ってひっくり返し逆さまにすると、底面に火力呪文を叩きこむ。
「火炎放射!」
「クッキー、加速砲だ。」
「了解!遠い世界で静かに眠れ。汝の使命はここで終わる。争いを止め平穏を求める声に耳を傾け・・・」
火炎放射で車台を焼き、だいぶ動きが鈍くなった。サキの指示で俺がソーサリーの呪文詠唱を始めるとマチコは数メートル分、飛び退いて装輪型ゴーレムから距離をとる。タロスは姿勢を低く構えると、マチコが号令。
「やっちゃえー!」
「・・・目を閉じよ。魔素粒子加速砲!」
装輪型ゴーレム『ティーゲル』の躯体が跡形もなく消し飛んだ。
魔法の呪文など、バンド名からとっているものが多いですが、
超信地旋回の「スキッドロウ」もアメリカのハードロックバンドの名前です。
超信地旋回を英語でスピンターン、ピボットターン、スキッドターンと言います。
履帯がなくても超信地旋回可能な大きなタイヤの重機をスキッドステアローダーと呼びます。