第89話 エルマー山
ミッドガーランドが反撃へ転じます。
いよいよタロスが本領発揮。
ブライアンの偽装冒険者パーティは旧バルナック領の中央付近、エルマー山を登る。標高五百メートル程の低山だが、この世界の登山が大変なのは標高の問題ではない。マナが濃ければ魔物が蔓延り、マナが薄くても人間にとっては獰猛で危険な生物がいる。それらを回避、あるいは退治しながら険しい道なき道を進む。山岳ガイドがいるわけでもなく、パーティのリーダーであり斥候のブライアンは重大な責任を感じながら慎重にどちらに進むかの判断を延々と繰り返した。
野営もしながら頂上に辿り着くと、大きな奇岩があった。近代のビルのような立方体の一枚岩。垂直懸架するような道具は持っていない。魔法で登るとしても、パーティ全員が登るとしたら魔法使いがバテてしまう。奇岩の周りを歩いてみることにした。
奇岩の周りをほぼ半周したとき、インヴェイドゴーレムに出くわした。タロスが戦った通常の陸上歩行型の『ハイルV』だ。
「隠れろ!戦うとしたら額の文字を攻撃するしかない。どう考えても不利だ。」
ブライアンはとっさに工作部隊メンバーに戦闘を避けるように指示を出すが、ゴーレムは爆弾を投げつけた。木々や岩と一緒にメンバーの一人が巻き込まれた。僧侶の青年だ。背中に爆風と吹き飛んだ石礫を受けてしまった。
「しまった。撤収するぞ!領域渡りで麓に置いてきたカートの位置まで飛ぶ。」
守りの要の僧侶が倒れては作戦続行不可能との判断だった。怪我の治療や体力の回復に使うマジックアイテムのポーションも持ってはいるが、足りるか分からない。ポーションはカートの中に置いてきた分もあったので、それを当てにしたいところだ。それに生きてさえいれば、この山頂の奇岩の位置までは、また領域渡りを使って行くことができるはず。
この考えは実際には甘かった。バルナック軍が侵入者がいたとして、すぐに奇岩の周辺に砂鉄を撒いたため、磁場が狂いフィールドウォークは使えなくなってしまった。
しかし、彼らにとって優先すべきはメンバーの僧侶の生命を救うことだ。カートに置いてあったポーションを使い、応急の治療を済ますと僧侶をカートの中に寝かせ、ウエストガーランドの国境を越えるべく、すぐにまた領域渡りを行い、国境近くにある街に入った。
この行動は冒険者としても自然なもので、偵察行動がバルナック軍にバレないようにするには一番良かった。表向きはあくまでも冒険者のパーティだ。
そして、この様子を奇岩の上空からリュウが観察していた。奇岩の南側にゴーレム『ハイルV』がいた。そして奇岩の上には人為的な岩を削った痕などが見える。この場所がゴーレムに関わっているのは間違いない。
ブライアン隊が一時撤退した後に、具体的な動きがあった。バルナック軍側、ガンバ男爵としては、ひょっとしたら飛行型ゴーレムの離陸場所が探られたのかもしれないとの危惧があったためだ。この奇岩の上から飛行型ゴーレムを飛ばせなくなるのならば、今保有するゴーレム全部をすぐに飛び立たせてしまおうと判断した。
エルマー山の中腹にあるゴーレム工廠から、飛行型ゴーレムを地上型の『ハイルV』が担いで運び出す。運び出される飛行型は『メッサーV』が四体。一体は、前回ジャカランダを襲ったときの生き残り。運び役の地上型『ハイルV』はその倍の数。すっかり大量生産されている。奇岩の上に飛行型を運び上げるには、それくらいは必要か。
奇岩の上、ビルの屋上のような場所には、削り痕のような処から兵士が這い出て来た。魔法使いだ。ゴーレムを離陸させる際の揚力、推進力を風の魔法で与える人員。有人式の『メッサーV』は乗り込んでいる魔法使いの力量次第で、すぐに飛び立てるのだが、外側からの補助があれば、さらに容易になる。爆弾二発ずつを抱えた『メッサーV』が四体、エルマー山を後にし、ジャカランダを目指す。
俺達シルヴァホエールは商業都市クラブハウスの南側の草原に移動した。とくに南側にする理由があったわけではなく、領域渡りで行ける場所へ行っただけだが。此処からは作戦もへったくれもない。ただただタロスで突撃するだけだ。タロスを召喚すれば、大きなものだから、すぐに気付かれる。いや、もう俺達のことに気付いているかもしれない。
タロスを召喚すると、すぐにコックピットに入り、タロスを走らせた。人間の十倍の身長だ。迫られる方は恐怖を感じるだろう。
「マチコ、先手必勝だ。攻めろ。」
「姐さん、右前方にいます。」
タロスより背は低いものの前後左右に大きなサイズのゴーレムが、クラブハウスの街の中心から伸びる幹線道を走って来る。そのゴーレムのヒト型は上半身のみ。下半身はダンジョンで戦ったアラクネーと同じく、といっても蜘蛛ではなく馬車の荷台のようだ。その馬車の側面には、大きな四つの車輪があり、それが自走して、此方に向かっている。軽トラックのルーフを取り払い、熊のような大男が運転席に座って両腕を振り回している姿を想像してくれればいい。
「装輪型ゴーレムか。小回りが利くのかどうかだな。」
「思ったよりも速いな。捕虜からの情報だと『ティーゲル』と言うタイプだったな。クッキー、いけるか?」
「問題ナシ。行くぞ。捻り!」
インスタントの補助呪文を唱え、車輪ゴーレムを前のめりに転ばせると大量に土埃がたち視界が塞がるが、マチコはお構いなしに前進。一歩手前で跳躍すると両脚を揃えて着地するように足を当てた。ドロップキックの変形。相手を踏みつけることも蹴りの一種。ちなみにストンピングというのは、踏みつける以外に前蹴りで相手の動きを止めることを言う場合もあり、俺の呪文ツイドルが動きを阻害しているので、マチコの蹴りと合わせ技とも言えるかもしれない。
車輪ゴーレムを中段回し蹴りで横倒しに走れなくすると、タロスは右脇の下に『ティーゲル』の首を巻き、左手で腕を掴んで引いて、腰を入れながら捻りをいれて左周り。巨体を投げつけた。相撲の決まり手でもある首投げだ。ティーゲルは地面を削りながら転がり、さらに土埃が舞う。
視界が悪い今こそ追尾式の魔法の矢の出番だろう。タロスで使ったらどれ程の威力があるのか、興味津々だ。
「暗器!」
タロスの顔前に二重の五芒星の魔法陣が浮かび赤、青、黒の部分の星の頂点が輝くとドン、ドンと二連発の火球が発射され、『ティーゲル』の頭部目掛けて飛ぶ。見事に二発とも額の『emeth』の文字を捉え、命中するとティーゲルの頭部がハンマーで殴られたかのように前後に揺れる。車輪ゴーレムはヘッドバンギングの後は、ピクリとも動かない。
「やったか?!」
「いいぞ、クッキー。」
「やるじゃない。」
「いやいや、姐さんの蹴りや投げが凄いから。」
「了ちゃん、マチコ姐さん、いい流れだわー。この調子でいきましょう。次、来ますよ~。まだまだゴーレムはいるみたい。」
左右から投石器の石礫が飛んできてタロスが両腕で弾くと、その隙を狙って三体の『ハイルV』が石垣の影から立ち上がり走り出した。
「超信地旋回!」
これはクララに鍛錬に付き合ってもらって使えるようになった新しいインスタント呪文。捻りの変形で俺の独自の呪文。もっともメイにマジックミサイルと交換に教え合ったので、メイも使用可能。
基本はツイドルと同じだが、方向が違う。水平方向に独楽のように回転する。そして、対象は自由に選べる。自分自身をも対象にできる。
三体いる『ハイルV』の真ん中の一体を対象として詠唱した呪文は、敵ゴーレムをその場で180度回転、方向転換させ、隣のゴーレムに突進。衝突した。これで一度に三体も相手にせずに済む。
しかし、続いてさっきのカタパルトの近く、左右から、また装輪型ゴーレムが走って来る。こんどは間隔をとっているので、ぶつけられない。
「マチコ姐さん、アレ!」
「了解。頼むわよ。」
マチコは両手に握った操縦桿を操作し、タロスの掌底を開いたまま両腕を挙げさせた。俺はメイに教わった魔法の矢を使う。
「五指雷火弾!」
タロスの十本の指先から十条の光の矢が飛ぶ。さすがに額の『emeth』の文字を狙っても防がれると思ったので、今回は腹に狙いを定めたが、どれほどの効果があるだろうか。
二足歩行型の『ハイルV』は腹に大きな風穴を開け、仰向けに倒れた。両手が焦げてただれているので、手で防いだが防ぎきれなかったのだろう。『ティーゲル』はダメージはあるのだろうが、まだ走行を止めない。さすがに『ハイル』よりも新しい型ということか。
「マチコ、左からだ。」
「まかせて。」
サキが地面の凸凹具合を判断したか。攻撃の指示を出すと、すかさずマチコはタロスを操縦し姿勢を整える。これは無双しそうな勢いだ。
「超信地旋回」って、もともと乗馬の用語らしいですね。
英訳を調べるとスピンターンとか、カウンターローテーションターンとか、スキッドターン
いろいろ出てきます。
それから、ウエストガーランド島のバルナック領はドイツのイメージでやってますので、
山の名前のエルマーは、独製カメラのライカのレンズの名前から取っています。




