第88話 ネクロマンシー
サリバンが召喚したカササギが三羽。サキが使役する木菟のリュウと同じくサリバンの使い魔である。六人の魔女、いや、六人にはサリバン自身も含む為、五人の魔女か。その魔女の手掛かりを探してサリバンに知らせに戻ってきたところだ。居所を追えるような痕跡を残していたのは、最初の魔女シンディだけだった。居場所がバレたからといって自分に手出しできるような者はいないだろうという自信の現れでもあるのだろう。
しかし、シンディさえ捕まれば、彼女が魔女全員の行動を把握しているだろう。サリバンはシンディに会いに行こうと決めた。場所はガーランド群島。西ガーランド。旧ウエストガーランド、バルナック領。その中央からやや南。深い森の中にあるララーシュタイン城の城館。
「城の何処かしらねえ?ひとつ占ってみましょうか。」
サリバンがタロットカードを一枚引いてみると『ソードの10』。絵柄は真っ黒な空。地平線には光が射しているが、地にはうつ伏せに男が倒れ、背中に十本の剣が刺さっている。奇妙なのは血が流れていないことだ。
「明るい場所にはいないわねえ。どこかに籠って魔法の研究かしら。あの人らしい。」
空間魔法によって気配を消したサリバンは、同じく空間魔法で西ガーランド島のララーシュタイン城の中へ移動。薄暗い場所をシンディを探して歩いた。地上階には見つからず、ついに入ったのは地下墳墓。シンディはランプを持った二人の男女を連れていた。研究の助手だろう。
「あらあら、随分寂しい場所にいらっしゃるのねえ。」
「やはり、サリバンかい。久しぶりだねえ。」
「ええ、お察しのとおり。ならば、早速用件を話しても?」
「まずは人払いだね。オーギュスト、カミーユ、ちょっと席を外しなさい。あたしゃ客人と話がある。」
男女が地下墳墓から地上階への階段を上がり出て行くのを待って、シンディとサリバンも空間魔法を使い移動した。渡りとは別の高度な五芒星魔法によるものだ。移動先は城館内にある一際豪華で広いシンディの居室。
「あの二人、癖が悪くてね。立ち聞きしているに違いないから移動してきたよ。」
シンディの操る機械人形が椅子を引き着席を勧め、別のもう一体が紅茶のカップを運んできた。
「バルナックにいても神経使うのねえ。気が休む暇がないじゃない?」
「魔女だからね、こんなもんさ。で?」
「二回目の魔女の集会を開催して欲しいのです。」
シンディの目つきが険しくなった。誤魔化すように紅茶をすする。
「いろんな処から目を付けられるよ。議題は?」
「今回のバルナックとミッドガーランドの戦争について。それぞれの魔女がどう関わるのか、どう考えているのかを知りたいの。マリアを危ない目に合わせたくないのよ。」
「マリア?」
「そう。マリアがミッドガーランドにいるのは知っているでしょう?前回の戦争にも参加しているのよ。今回も巻き込まれているわ。もともと一回目の集まりだって、私達の後継者になりそうなあの娘を、聖女ワルプルガを助けるためのものだったわ。だからこそ、ワルプルギスという呼称になった。集会の趣旨には反していないと思うのだけれど、いかが?」
シンディは、目を閉じ考え込んだ。しばらくするとサリバンを睨みつけるようにして言った。
「ガラハドとかいう男も一緒だろう?その二人を修道院に連れて帰りな。ガーランドから出て行くんだ。」
シンディとしては、この戦争ではハッキリとララーシュタインに付くと決めている。そしてタロットカードの占いの結果、ララーシュタインの障害になる存在として『女教皇』のカードの賢者マリア、『力』のカードの怪力の騎士ガラハドがあがっている。戦わずして、この二枚のカードを排除できる。シンディは、そう考えた。
サリバンは納得しなかった。マリアだけを助けるなら、それでもいいだろう。だが。
「シンディ。貴方はこの戦争については、どう考えておいでなのかしら?」
この瞬間、シンディはタロットを読み違えたと思った。女教皇のカードは、賢者マリアではなく魔女サリバンなのだと。だとしたら、今此処で、女教皇のカードは始末すべきか。大急ぎで呪文の詠唱を省略したマゼンタと黒のマナのソーサリーを使った。
「陥没孔!」
サリバンの足下の床に大きな円い穴が開き、サリバンは穴に落ちた。跳躍の魔法を使ったが間に合わない。落ちると、そこは先程の地下墳墓。足首に軽い痛みを感じながら周りを改めて見直すと骸骨戦士が群がってくる。個体差はあれど剣や鎧で武装している。
「しまった!地下墳墓にいたのは死体蘇生術の儀式を行っていたんだわ。」
ネクロマンシーで動くようになった遺体と戦うのは死者を冒涜する行為に思えるが、仕方なく応戦することにした。降りかかる火の粉は払わねばならない。
「火の輪潜り!」
これもソーサリー呪文だが、そこは魔法に熟練した魔女。呪文の詠唱を短縮し、インスタント呪文と同様に素早く使いこなす。人の背丈ほどの直径の火の輪が回転しながら飛び
周り骸骨を蹴散らしていく。
サリバンの魔法が強力でも、ここはカタコンベ。後から後から、幾らでもスケルトンが湧いて出る。そしてもう一つ。ゾンビ化した大型の有害蠕虫が這っていた。
上からサリバンが魔物に囲まれるのを見下ろす。シンディは地系の魔法で陥没孔の穴を塞ぎ、サリバンを地下に閉じ込めながらあざ笑った。
「残念ねえ、サリバン。ワルプルガはかわいいけれど、それ以上に大事なもんがあるのさ。あたしゃぁ、この戦争では、ララーシュタインの味方をすると決めている。あんたとの付き合いも今日までだね。恨まないでおくれよ。」
「そう。ジャザム人にとって、そんなにアーナム人が憎い?
それとも、火炎奇書が欲しいのかしら?」
それを聞いてシンディは驚いた。目尻に皺が刻まれた顔の表情がサッと青ざめ、サリバンに向かって叫ぶ。
「何故、それを知っている?誰に訊いた?」
ジャザム人とアーナム人の民族問題はともかくとして。シンディは火炎奇書の情報の出処が、さっきまで一緒にいたオーギュストとカミーユであるとは知らない。もっともサリバンだって知らないのだが。
シンディは、ここでサリバンを亡き者にしようと決意した。サリバンの愛弟子であるマリアはシンディを恨むだろうが、それは詮無い事。
昨夜のミーテイングで大量に飲酒していた三名、オズマ、サキ、ホリスターは全く問題はないと言い張っていた。しかし、さすがに作戦行動に影響するだろうからと、遅めの時刻、今日の正午から飛行型ゴーレム基地強襲作戦の開始となっていた。
だが、本当にケロッとしているじゃないか、あの三人。ドワーフはともかく、エルフって酒に強いのか?サキはエルフ。オズマはダークエルフだ。もっとも、ドワーフは戦闘には参加せず、作戦途中に領域渡りなどでの一時帰還があれば矢などのアイテムの補充といった後方支援をしてもらう。モータースポーツのピットインみたいなものか。
木菟のリュウには、先に西に向け出発してもらった。ブライアンの工作部隊の安否確認も含めた偵察だ。オズボーンファミリーとAGI METAL のレイゾー、タムラ、ガラハド、マリアの四人がフェザーライトに乗り、海を超え西ガーランドの南部の低山を目指す。俺達シルヴァホエールは、フェザーライトが飛行型ゴーレムの基地に到着するであろう時刻にクラブハウスに赴き、地上型ゴーレム、出来れば海戦対応型のゴーレムをも牽制し、あわよくば打撃を与える。
その間のセントアイブスの守りはページ公に仕えるロジャーたち騎士団、取調室のスタッフ、ドワーフたちに頼む。取調室はシーナが仕切ってくれるだろう。
ミッドガーランド軍ではなく、クランSLASHによるものだが、初めてのミッドガーランドからバルナックへ向けての本格的な反攻作戦が開始される。
「さて、いよいよだな。頼れる仲間とそれなりの情報を得て、タロスは弱点を克服し、クッキーは新しい呪文も憶えた。今までは防戦一方だったが反撃にでるぞ。マチコもクララも暴れてもらおう。」
サキがパーティのリーダーらしく檄を飛ばす。俺達は北のクラブハウスへ、飛行船フェザーライトは西のバルナックへと出発した。作戦開始だ。
魔女シンディの名前はシンディ・ローパーから。
取調室の従業員シーナの名前はシーナ・イーストンからつけました。