第8話 探索
うっかりしていた。まずは探索者ギルドへ行かなくては。ラビリンスに入る前にギルドに届けを出しておけば、遭難、最悪は死んでしまうわけだが、そうなっても、最低限死に場所は知らせられるし、知り合いというか、レストラン取調室の人たちに知らせが届けば捜索してもらえるかもしれない。パーティメンバーとなっているレイゾー、タムラの二人には魔法でこちらの様子がそれとなく分かるそうだが。あと何か新しい情報があれば、それも欲しい。それから非常食のクラッカーを購入し、テオのダンジョンに単独で入ることを告げる。
「クッキーさん、本来なら駆け出しの方に頼む仕事ではないですが。異世界転移者でレイゾーさんのパーティメンバーのあなたならば、ぜひお願いしたいのです。」
早速ギルドの受付嬢から仕事の話がきた。初クエストか。
「行方不明者を捜してほしいとの依頼があります。安い金額ですし、成功報酬なんですが。3年前の戦争で臨時病院になっていた先代領主の城なんですけど、今はホスピスになってるんです。そこで暮らしているご老人から。息子さん夫婦がテオのダンジョンから戻らないようで。ギルドでも、その夫婦がテオのダンジョンの3階層へ行くとの申請書類の受付を確認しています。一昨日の朝、出されてますね。」
もちろん他の探索者たちにも頼んでいる。成功報酬だし、他のことをやりながら見つければ連れ帰ってくれば良いので。ただ、駆け出しが単独で3階層まで行くことはそうないのだろう。まあ、今も3階層にいるとは限らない。こちらの目的が優先。見つけられればで良いのだから、引き受けよう。
「了解ですよ。ダンジョンの中で出会ったら連れ帰りましょう。」
さて、テオのダンジョンの前に来た。前に来たときとは違い、独りとはいえ、心に余裕がある。講習を受けて良かった。余裕があると周りの様子にも気を配れる。謎のモノリスのような出入口の近くには、テントが幾つか張ってある。ここで数日過ごす冒険者もいるということか。ラビリンスの入口周辺は騎士団の見廻りもあるそうなので、意外と安全なのかもしれない。人の手が入らないラビリンスからは魔物や生物が這い出てくるのだが、それを含めての探索冒険だし、ここは町から近いので、頻繁に探索される。寝込みを襲われる心配はあまりないのだろう。
モノリスの門をくぐる。いろいろと試してみたいことが多いので、できるだけ楽をせず、何事も実験のつもりで挑む。手書きで地図を描きながら、着実に。粘性怪物や犬頭と戦ったが、代表的なモンスターの特徴についての知識や剣の使い方も講習を受けたので余裕でこなした。むしろモンスターを倒した後にトークンを回収してストレージャーに収納することのほうが興奮した。
それから通路の広い場所に出る度に、ひとつ魔法を試した。戦いながら使うには、まだ余裕がない。魔法を使うと足下や身体の周りに現れる魔法陣の違いを確かめたかったからだ。
だいたい大きな円い光の中に模様が浮かぶのだが、精霊魔術は正方形、四極魔術は十字架、しかも呪文により強く光る部分は色が違っている。綺麗で見ていて飽きない。花火を見るような気分だ。
発火や照明、飲み水を作ったりと普段の生活に役に立つような呪文から始めてみたが、真っ直ぐな通路で遠くに魔物が目視できたときは、攻撃魔法を試した。基本とされる精霊魔術の主に火の精霊によるものだ。
「衝撃!」
「焚き付け!」
「精霊波!」
「微震!」
「火炎放射!」
少しずつ強力だったり、対象の数が増える範囲攻撃だったりと高度な魔法の試し打ちをする。ギルドの講習で学んだことのノートを確認しながらの作業。これを全て暗記して、しっかりと頭より身体で憶え、どんな事態にも即応できるようになるのが、当面の課題だな。
やはり最良なのは反復か。筋トレや射撃訓練と同じ。まずは簡素なもの二つ三つに絞って根性尽きるまで繰り返すか。
一番使い易い火の呪文は「火花」。名の通り火花が散る。燃えやすい物ならば着火できるが攻撃力は低く、目眩ましとして有効。慣れると火花の量や大きさが増す。今のところ剣での戦いを前提としなければならないので、これは使い込むと良いのではないか。
そして「衝撃」。火の玉を飛ばす火力呪文は数種あるが、これは最も初歩的なもの。呪文の文言が短くそれほどの威力もないが確実性が高く、対象は一つに絞られるので、味方に被害を出すこともない。また弱い魔物ならば一撃で倒すこともある。
三つ目に「微震」にしておこう。足下にダメージを与えて動きを封じる、複数の相手に攻撃できる範囲攻撃呪文だ。たいして攻撃力はないうえに、空を飛ぶ相手には効果なし。しかし、空を飛ぶのなら「衝撃」で対応すれば良いだろう。まだ飛んでいる魔物には出会っていない。
現在探索中の「テオのダンジョンオブドゥーム」は東京の営団地下鉄の構内を歩くような感覚だ。人工の構築物のように整っているが、複雑な迷路。碁盤の目のごとく直線的な通路で広い場所もあるが、高さがない。大きな魔物、空を飛ぶ魔物などはそうそういないだろう。それよりは大勢で囲まれてしまう方が危険ではないのか。なにより単独行動だ。
今日は、地図作成などの様子見と魔法の鍛錬なので慎重にと思っていたが、上級職を持っているせいなのか、自衛隊格闘術が役に立っているのか、1階層のスライムやコボルト、アルミラージなどの魔物は軽やかにパスして2階層に入っていた。数十メートル進んだ最初の曲がり角、信じ難い事が起こった。子供の悲鳴が聞こえるのだ。
「まさか!そんな!」
大慌てで声の方に走り出す。角を曲がって遠くに、100メートル程先に小さな人影が二つ。高さ3メートルくらいの樹木の根本に座り込んでいる。陸自の訓練でもこんなに一生懸命走ったことはないと断言できるくらいに必死に走った。気分はもうウサイン・ボルト。
「おぉぉい!どうしたぁ!」
助けなければ。なんのための自衛隊だ⁈
「助けて!助けてください!」
「逃げろ!こっち来い!」
おそらく12秒くらいなんだが。這って逃げようとする子供二人のもとに着いた。小学生か中学生くらいの男女。女の子のほうが年は上だろうか。皮のジャケットにブーツ、短剣といちおう探索者らしい最低限の装備は着けている。
そして3メートルくらいの樹木は赤い実を付けたナナカマド。街路樹によくあるものだが、ダンジョンの中なので低いのだろう。天井までギリギリだ。普通ナナカマドは10メートルくらいまで育つ。しかし、それよりも、根が動く。脚のような働きをし、歩いている。枝を振りかぶり、鞭のように叩きつけてくるではないか。左手に持った盾で防いだが、別の枝を振ってくる。これは「ナナカマドのツリーフォーク」という植物系魔物だ。しかも3体いる。
剣を振るって太い枝に斬りつけたが、枝に食い込むのみ。斬り伏せられない。食い込んだ剣の刃のない背中側を左手の盾でガンガン叩き、やっと一本の枝を切り落とした。その合間に他の2体が左右に回り込む。動物みたいな顔や目がないので、何処が正面なのかも分からず相手の動きが読めない。何回か枝で叩かれた。よく観察すれば関節がある人間の腕の動きとは違い、突いたりはせず、振り回すのみだが、3対1では多勢に無勢。観察している間に状況は悪くなる。自衛隊格闘徒手技術で枝をへし折れないものかと考えたが、相手は人間ではない。
「火花!」
剣を鞘に納め、魔法の呪文を詠唱すると、子供二人を両脇に抱え、もと来た道をまた走り出す。そう、ここは一時撤退だ。
ナナカマドは炭にすると火力が強いので重宝されるが、炭にするまでが大変だ。七度竈に入れてもなお焼き残るというのが名前の由来。ただでさえ生木は燃えにくい。火系のスパークの呪文でも本当に目眩ましにしかならなかった。どうしようもないと言うべきか、スパークが使えて良かったというべきか。根っこの脚では速く走れないだろう。とにもかくにも、子供を連れて退散。
やはりダンジョン内では、階層が進むとそれだけ攻略が難しくなるのだな。囲まれなければ、もう少しやりようはあっただろうが。1階層と2階層で、それほどの差があるとも思えないのだが、油断大敵か。そのまま後退し、薄暗い階段を登り1階層に戻った。1階層の中でも出来るだけ広い場所を探し、その隅っこの2面が壁になり、あと残った方向が見通しの良い場所を選んで子供を下ろし向かい合って片膝を立てて座った。男の子は泣いている。
「大丈夫かい?」
背中の鞄を下ろし、中から水筒と非常食のクラッカーを出して与える。
「怪我はないか?焦らなくていいから、落ち着いたら何があったか話してくれるかな?」
クッキーのストレージャーはまだ小さいので、背中の鞄に水や非常食を入れています。