第87話 ヘッドギア
夕暮れに飛行型ゴーレムが飛び回り、朝まで怪我人の救助や崩れた城壁の瓦礫の撤去。その後に情報交換とまったく寝ていない。イゾルデの淹れてくれた紅茶はなんとも有難かった。セントアイブスに帰って、まずは仮眠をとった。腕枕をするクララの重みが、なんとも心地良く疲れもあってぐっすり眠った。
柔らかい感触。クララにキスされて起こされる。このまま寝ていたいが。ホリスターたちドワーフが訪ねてきたそうな。
ドワーフたちと一緒にオズマとメイも来ていた。取調室の南側の草原に集まる。
「さて、サキよ。地味だがな、タロスの強化策だ。取り掛かるから召喚してくれ。」
ヨツンヘイムから召喚されたタロスが横たわるとホリスターたちドワーフが働きアリのように動き回り、タロスの頭に新しいパーツを嵌め込んだ。王冠を被ったような意匠になった。
「あの、ホリスターさん、サキ、これは?」
「ああ、ゴーレムの一番の弱点と言ったら額の『emeth』の文字だろう。それはタロスも同じなんだが、暴走したり奪われたりした場合の安全装置だから、外すわけにもいかない。その為にホリスターに作ってもらったんだ。ホリスター、説明してやってくれ。」
「応。額に『emeth(真理)』と文字を刻んだり書き込んだり、または書いた紙を貼り付けたりすることで、ゴーレムは仮の命を吹き込まれて動くようになる。これは分かるよな?逆にこの文字を取り去ってしまえば、ゴーレムは動けなくなるので、いざって時には安全装置として働く。
だが、この『emeth』の頭文字を消して『meth』にすると『真理』ではなく『死』という意味になり、そのゴーレムは二度と動かなくなる。場合によっては、崩れて壊れてしまう。
そして、タロスには、もう一つ。長所でも短所でもあるが、ボディ内にマナを溜め込み、搭乗員が魔法を使うと、そのマナを使い魔法の効果を何倍にも増幅する。そのマナの出入り口に棘のような栓を刺してあるが、栓が抜けると体内のマナが漏れ出して、タロスは他のゴーレムと大差なくなる。有人型だから、直接人が操れるってだけでも、まあ大したもんだが。
でな、弱点を二か所も持つこたぁねえって発想で、額のマナの栓の棘の断面に文字を刻んであるわけだ。だが、そこを攻められたら致命的だ。
それで、今回造ってきたのが、このヘッドギアだ。『emeth』の文字は隠せるし、棘を抜けないよう押さえつける。めんどくせえが、一応外せるので、まあ、安全装置の役割もなんとか及第点だ。」
目立たない場所に人の手で捻るくらいのツマミがあって、それを操作するとヘッドギアが外れるらしい。その後『emeth』の文字を潰せばタロスを止められる。まあ、一応ゴーレムの弱点は俺も把握してはいたのだが、俺はこれまでは追尾式の魔法の矢の呪文を持っていなかった。10式戦車の砲手として、射撃の腕には、それなりの自信はあったのだが、相手の防御魔法、間接攻撃魔法などを警戒してパワー、スピード重視の魔素粒子加速砲を使って止めを刺していた。
しかし今、自分自身で鍛錬して使えるようになった補助魔法の応用と、マリアとメイに教わった三つの魔法の矢がある。これからは相手の『emeth』の文字を狙って効率よく戦っていこう。
何故今まで、このヘッドギアのような『emeth』の文字を守るものがなかったか、だが。額の文字を塞ぐと極端にゴーレムの動きが悪くなる。ミスリルで出来たものでなら文字を隠しても影響がないと、つい最近ドワーフたちが研究して突き止めたのだ。それから、暴走などのいざという時の保険だが、有人型のタロスは、もともと他のゴーレムよりもかなりリスクが低い。サキが青い月の巨人の国ヘ召還する手もある。
それで戦闘時の弱点となる額の文字を保護することとなった。この情報がララーシュタインに漏れれば模倣なり対策なりがあるだろうが、今のところバルナック軍がミスリルを持っているという情報はないので、模倣されはしないだろう。こちら側が優位に立てる。
ヘッドギアの取り付けが済み、ちょっと偉そうな顔になったタロス。初めてララーシュタインのインヴェイドゴーレム『ハイル』と対戦したときなどはミスリル箔を巻かれてミイラ男みたいになっていたのに。
「なんだかタロスも男前になりましたねー。」
クララ、俺は?俺も一度包帯巻くか?
タロスが激しく動き回ってもヘッドギアが外れることがないかのチェック。グルグルと回り前後左右に飛び跳ね、蹴りやら突きやら散々暴れたが、まったく問題はないようだ。ついでなので、俺が新しく使えるようになった魔法とマチコの格闘技の連携の練習もした。オズマとメイもこの連携には感心していた。
「伯父様、クッキーさんから補助魔法を教わったから、タロスだけじゃなくフェザーライトも戦力アップしてるわよぉ。」
「ほお、そりゃ楽しみだ。俺達の本当の敵は、あんなゴーレムなんかじゃないからな。」
この『本当の敵』という言葉、ララーシュタインのことだと受け止めたが。俺にとってはウィンチェスターだな。同じ世界グローブの出身。そして、この世界ユーロックスには必要のない火薬をもたらした。自衛官の俺がウィンチェスターに落とし前をつけるべきだろう。クララにも両親の仇がいる。皆それぞれの人生があるんだ。俺はそれを守れるだろうか。
今朝、リュウがサキのもとに戻り新しい情報が入った。その為のクランSLASHのミーティングが行われる。ガラハドとマリアも帰ってきて合流できた。場所は勿論、取調室。
「ガラハド。マリア。いいタイミングで帰ってきたなあ。新しいメニューだぞ。」
タムラが数枚の円い大皿にのせられた琥珀色の食べ物を運んできた。日本人ならお馴染みの、酒の肴にもピッタリのアレ。焼き餃子だ。
「「あああああああ!!」」
レイゾー、マチコ、俺。三人が感動のあまり大声をあげ、皆が驚く。
「ど、どうしたんだよ?レイゾーまで。いつも飄々としたおまえらしくないぜ。」
ガラハドにはお構いなしで、感激して騒ぐ俺達。レイゾーはタムラの肩をバシバシ叩いている。
「タムさん!最高!店の売り上げもアップ間違いナシ!」
「おいおい、旦那。食ってからにしてくれよ。」
「焼き色と羽根を見れば絶対に美味いって分かるよ、タムさん!」
「タ、タムラさん!食べていいの?いいの?!」
マチコの目の色がいつもと違う。
「クライテン奪還作戦のときによ、豚まん作って差し入れただろ?餡は、それにちょっと手を加えただけだよ。キャベツやショウガを多くしてな。皮は小麦粉がありゃ作れるが。従業員たちに教えるのが、ちょっと時間掛かっちまって。
ただ、醤油はまだ発酵に時間が要るんでなあ。ラー油も今は開発中だ。今日のところは、酢と胡椒をつけて食べてくれよ。」
この後は、マリアもメイもクララも、皆奪い合うようにして焼き餃子を平らげた。特にサキとオズマ、ホリスターは酒の量も多かった。酔わないんだが。餃子に満足しきって危うくミーティングをやらずに解散してしまうところだった。
さて、肝心のミーティングだ。リュウが翼を広げてバタバタと軽く羽ばたいて見せる。
ブライアンの工作部隊が冒険者パーティを装い、バルナック領に入り込み飛行型ゴーレムが飛び立つのを目撃した。重大ニュースだ。ブライアン大手柄。
バルナック領のほぼ中央。低山の頂上から『メッサー』が魔法の力を借りて飛び上がり、滑空していった。ならば、ゴーレムを建造している工廠も、その近くにあるだろう。
ただし、『飛行型』についての話だ。船でミッドガーランドへ運んでくる地上型や水中型は海岸近くで建造したほうが、運ぶ手間が掛からないはず。この点は、ブライアンの続報を待つしかないだろう。
レイゾーが皆に顔を見渡す。そして意見を求める。
「この山の頂上だけでも攻めに行こうか?そうすれば、ジャカランダが空襲を受けることもなくなる。ただ・・・。」
「ああ、タロスが攻めにいけば、その隙を突いてクラブハウスにいるバルナック軍がジャカランダを攻めるだろうな。」
サキが応える。が、隣のマチコが呆れ顔で、肘でサキの脇腹を突っつく。マチコはいつもポジティブだ。
「あたし達が遠出することないじゃない。タロスはクラブハウスを攻めるわよ。」
「おお、よく言った。さすがだな。マチコ。」
オズマが立ち上がった。手には盃を持っている。勝利の美酒とでも言いたげだ。
「シルヴァホエールはクラブハウスにいる陸上型のゴーレムをぶっ叩け。あとのメンバーでバルナックへ攻め込む。もし行き違いで飛行型ゴーレムがミッドガーランドへ飛んできても、軽量化のために脆い飛行型ゴーレムはジャカランダの王宮騎士団でも、なんとか戦えるだろ。」
「そうね。弩砲や投石器の数も揃ってきてるわ。トークンを嵌め込んだ鏃の生産も進んでいるし。」
マリアからもゴーサインが出た。クララが俺の腕にしがみ付く。
関東では「肉まん」と言いますが、
タムラは岐阜に住んでいたので「豚まん」と言います。