第86話 称号
四極魔術というのは、精霊との取引や契約、魔法のエネルギーであるマナを消費することでの行使、そのどちらでも良いという、或る意味ツブシの利く魔法だ。四辺形の柄を含んだ魔法陣が浮かび上がり、それを起点として効果が表れるためそう呼ばれる。
白いマナを使うか、光の精霊、神や天使への信仰、取引による白魔術。黒いマナ、闇の精霊、悪魔や魔族との取引に契約、崇拝などによって行使される黒魔術。時空魔法と一括りにされることが多いが、クリアーのマナか、時の精霊との取引や契約による時間魔法。そしてグレーのマナ、空の精霊との取引や契約による空間魔法。
時間と空間を操る時空魔法は、効果を持続して発揮する呪術として魔法を使えない者に魔法の恩恵を与えたり、遠方に人や物を運ぶ渡りとして移動手段に利用されたりする。特にマジックアイテムやアーティファクトの製作などに欠かせない呪術師は重宝され、多くはギルドや宮廷、騎士団、インフラ関係の仕事に就いている。
この時空魔法、物に魔法の効果を付与する以外にも様々な使い道があり、その最も分かりやすい例がレイゾーである。時の精霊に加護を受けるレイゾーは、思考、行動を加速することができ、呪文などによって自分だけでなく、他人までも時間の流れをある程度操れる。
とんでもない速さで物事を考え、計算、判断し、同様に常人ではない速さで動き回る。「目にも留まらない」という言葉が、そのまま当てはまるのだ。戦闘で使用すれば、相手が気付く間もなく斬り伏せてしまうだろう。
時、光を含む三つ以上の精霊などから加護を受ければ「勇者」と呼ばれるようになり、時、光のどちらかを含む二つ以上の加護を受ければ「英雄」の称号を得る。レイゾーの場合、単に称号ではなく、前回の侵略戦争を終戦に導いたという英雄的な行動にもよる、本当の英雄である。
レイゾーは時と火の精霊から加護を受けており、よっぽどの事がない限り、レイゾーと戦って勝てる者などいない。ただ、その「よっぽどの事」が起こり得るのが、このユーロックスという剣と魔法の世界の怖いところだ。
ちなみに、俺、朽木了は火の精霊サラマンダーから加護を受け、地の精霊ノームと契約しているので、英雄ではないにしても、そこそこは優秀なのだよ。誰か褒めてくれ。もとい、話が脱線気味なので戻そう。
俺の知っている限りでは、この精霊の加護を受けている人物がもう一人いる。ジーンだ。蛍のような特徴を持った精霊スプライトに気に入られた少年。まだ九歳なんだが、この年齢で精霊の加護を受けるということは、将来凄いことになるのでは?
ジーンとその姉レイチェルは、ジャカランダ宮廷騎士団のエース、トリスタン子爵の世話になり、今は城内にいる。飛行型ゴーレムの空襲の後、怪我人の救助を手伝っていた。
ゴードン王子やアラン王子と一緒にゴーレム『メッサー』『メッサーV』の迎撃に加わっていれば、ひょっとして戦果を上げたかもしれないと俺は思っているが、其処はそれ。レイチェルに止められ、後方支援に回った。レイチェルは水の精霊と契約し、魔法で消毒液や飲み水を創れるようになっていたし、同様にジーンも光、つまり四極魔法の白魔術が使えるようになっていた。光の魔法、白のマナは「浄化」「神聖」などを象徴する。消毒、化膿止めなどが出来る。
白魔術士である姉弟が、保健、衛生面で働くのは自然な流れだった。だが、アラン王子は、この二人から只ならぬ雰囲気を感じ刮目していた。まだ十三歳と九歳の子供が、妙に落ち着いているからだ。肝が据わっているとでも言おうか。最強の騎士と謳われたラーンスロットが亡くなり、その息子ガラハドもジャカランダを去った。その後にガウェインと共にジャカランダ最強と言われる騎士トリスタンの下身を寄せる二人が普通の子供だとは思えないのだった。ジーンはトリスタンとパーシバルに剣の稽古をつけられているし、アランとしては、レイチェルのことは別の面でも気になっていた。
「それにしても、あの娘はかわいいなぁ。いや、こんなこと言ってる場合じゃないけど。」
タロスにはサキとマチコが残り重機代わりとして崩れた城壁の瓦礫の撤去をし、クララは炊き出しの手伝い、俺は怪我人の搬送をしながら市民や兵と話し、今回の空襲の情報を集めた。クララは何時もずっと喋っているので、このあたりは得意分野。飛行型ゴーレムと爆弾の目撃情報を拾い集めた。
そして、ゴーレムと爆弾の残骸だが、ホリスターたちドワーフに分析を任せたいところだが、彼らの仕事が多すぎる。比較的簡単に運べる破片はドワーフたちに持って行くとして、基本的にはジャカランダの職人や魔法兵団の管轄とした。
翌朝までにある程度の戦後処理ができるとガウェインをはじめとするライオネル、ケイ、ダゴネット、ベネディアといった古参の騎士、トリスタン、パーシバル、ファーガスらの若手もクランSLASHと共に集まり、情報の共有が行われた。場所はトリスタンの屋敷。
最近元気のないジェフ王陛下の目につかない場所で、というガウェインの配慮にトリスタンが応え、場所を提供した形だ。王子のゴードンとアラン、それにレイチェルとジーンまでいる。この姉弟は、現在この屋敷の住人であり、話しに口を挟まないようにと釘を刺されて応接間の隅に座っている。
トリスタンの妻イゾルデが紅茶を運んできたときには、姉弟とも給仕を手伝った。
「二人ともありがとう。あとは今後の勉強のために話の内容をよく聴いておいてね。」
どうやらイゾルデもこの姉弟の役目が間者を探り当てることだと感づいているようだ。俺達クランSLASHのメンバーとトリスタン、パーシバルしか知らないはずなんだが。
「では、紅茶のおかわりとお茶菓子を用意してまいります。」
イゾルデが応接室を出るとまずは爆弾の話になった。飛行型ゴーレムは今回二回目であり、一体は前回の生き残り。三体はその改良型だろう。となれば当然、今回初めて見られた爆弾に注意が集中する。
「あの爆弾というのは、クッキー殿の情報にあった火薬の応用なんでしょうな。」
ライオネル卿が真っ先に反応した。クライテン奪還作戦では、危険を顧みず騎馬で切り込んだ猛者だ。バルナック軍の恐ろしさを身を以って感じているだろう。ここは俺のもっている知識はもったいぶらずに公開しておく。
「その通りです。銃では弾丸を飛ばすために使いますが、爆弾はそれ自体が火薬で吹き飛び殺傷力を持ちます。一般論ですが、爆弾が大きくなれば、火薬の量も増えより危険度が増します。
ひまわりの種の様な形状で後端に羽根飾りみたいな物が付いてましたが、あの羽根は鳥の尾羽の働きをするはずです。今回はなかったようですが、尾羽である程度落ちる位置を操れるでしょう。そして羽根のない坊主頭の方に衝撃が加われば起爆します。」
「地上型に比べて脆い飛行型ゴーレムならば、対抗できないわけではない。爆弾を落とされる前に撃墜するのが賢明だろうな。」
ベネディア卿が続く。この侯爵は、本来ならば城の防御、または攻城兵器である据え置き式弩砲や投石器の有用性を認めており、サキと俺の連名で提案した戦車生産についても賛同してくれた人だ。バリスタの使い方次第で、飛行型ゴーレムを駆逐できるとの考えか。
そして、窓をコツンコツンと叩く音。皆が顔を向けると耳木菟のリュウだ。話し中にノックするのがデフォルトなのか?
「あら、リュウ。お帰りなさい。」
また、取調室で初めて会ったときのようにクララが窓を開けるとそそくさと入って来た。サキが自分の使い魔であることを騎士たちに説明し、リュウの発言の許可を得る。
「サキ。セントアイブスの工作部隊のブライアンから伝言。バルナック中央のエルマー山の頂上付近。飛行型ゴーレムの駐屯地かもしれない。登って確かめてみる。」
リュウの声が途中からブライアンの声になった。騎士たちは皆声が変わったことに気付いたようだが、とくに驚きもしなかった。いや、その伝言の内容には驚いたようだった。
「へえ、いい情報だね。」
レイゾーがサキの方を見て親指を立てる。目を合わせたレイゾーとサキの様子から、此方から攻め込もうと考えているな、と察した。これは、クランSLASHとしての見解、判断になるだろうと思い、この場では何も言わなかった。
その後はイゾルデが用意したスコーンを食べながら、レッドの軍馬としての『フォロン』に大型拳銃、召喚獣のクズリ、オルトロスの件。クラブハウスで使われた小銃の弾丸からして拳銃も造られるのではないかとの推測が正しかったこと、馬代わりに『フォロン』を大量生産されたらどう対応するか、などの意見が前向きに交わされ、やがてお開きとなった。レイチェル、ジーンの姉弟は笑顔のまま黙々とスコーンをかじっていた。
アランが名残惜しそうにレイチェルを見る目が、俺にも悲しく見えた。レイチェルはどう思っているだろうか。まさか、王子などと言う身分の高い者が自分を気に留めているなどとは考えないよな。ジーンは、ちょっと怖い目で王子を睨んでいるが。
そして、こういう事に敏感なのがマチコである。一度目を大きく見開いたかと思ったら口角が上がり歯を見せてニッと笑うとアラン王子に声を掛けた。
「アラン様。レイチェルが、またゆっくりとお越しくださいと申しております。」
(マチコ姐さん、凄いな。身分の高い相手でも構わず、からかうんだ。)
レイチェルもアラン王子も戸惑っている。まんざらでもなさそうだが。
「えっ!?」
「あ、うん、そうか。では、またお邪魔しますよ。甘い菓子でも持って参りましょう。」
ジーンは面白くなさそうだ。サキは呆れ顔。クララは目がキラキラしている。
次回から新章ですね。反攻作戦へと。