第85話 迎撃
マリアに習った魔法の矢はとても使い易い。実を言うと、この『暗器』という呪文は、火力を飛ばす速度は遅い。速度が速いと貫通力が高く、遅ければ貫通力が無くなる分、打撃力が増す。追尾性があって打撃力抜群の火球が当たり、相手の動きを止めたところに二撃目の同様の火力が駄目押し。
今回は投げ掛けた爆弾に対しての使用だったため、その性能をフルに発揮したわけではないが、追尾性能の優秀さだけでもお釣りがくるくらいに有用だ。すぐに理解した俺は、もう一度、飛行型のインヴェイドゴーレム『メッサーV』に向けて放った。
胸に命中。下から突き上げられたようにガクンと飛び上がるとその場に留まり、続いて飛んできた二発目が同じ場所に当たると鎧の胴体のような鉄板を凹ませ命中した中心部分を破り、風穴が開いたゴーレムはバランスを崩して墜落した。
「もともと追尾性のない魔法でも火力呪文なら、ほとんど百発百中よね、了ちゃんは。」
「クッキー、やるじゃない。」
「姐さんの出番なくて申し訳ないです。」
コックピットの女性陣二人に褒められた。ちょっと鼻が高い。
フェザーライトの操船をするメイは、人食い魔獣の背に乗ったガンバ男爵が突っ込んでくるのに気が付くと早速操舵輪を回しながら火力呪文を撃った。
「稲妻!」
五芒星魔術の赤とクリアーのマナを使うインスタント呪文。これは精霊魔術の衝撃同様に使い易いが、魔導士にしか使えないヘキサグラムなので、破壊力が一段上。打ち出す初速が速いので避けられにくく、命中した後の火の消化も早い。二次災害があまり出ないので、なおのこと便利。追尾性能はないが、当たるまで撃てばいいんだ。そして、メイはしっかり一発で当てている。
「メイ、良くやった!さすが、俺の姪だ。」
人食い魔獣はライトニングボルト一発で沈むような魔物ではないが、それなりのダメージは与えられる。オズマは隙を付いて幻影の翼の呪文を唱えると、フェザーライトの舳先から飛び上がると、マンティコアの背の上、ガンバの背後に降り左腕でガンバにヘッドロックを極める。
右手でガンバの右の角を掴むと、身体強化の補助呪文を掛ける。腕力をアップ。ガンバの角をへし折った。
「ぐわあああ!お、おのれええ!」
「もう一本折ったろか。」
オズマはもう片方の角を折るようなことを言いながら、顎髭を掴む。捻りながら引っ張り、むしり取った。白目をむくガンバ。
そしてガンバの足首を捕まえると、振り回してマンティコアの背から投げ捨てた。すかさずガンバに向けて攻撃呪文を放つ。
「極夜の弓矢!」
氷の矢がガンバの腹を穿つ。そのままガンバの身体は地面に叩きつけられた。しかし、それでも死なない。雄叫びをあげながら立ち上がり腹に刺さった氷柱を引き抜いた。さすが貴族級悪魔というべきか。
オズマはさらに手に持った氷の矢をマンティコアの背中に何度も突き刺し、これも墜落させる。地に伏すマンティコアの頭部を狙って急降下して踵で蹴り。マンティコアは脳震盪を起こして動かなくなるが、ガンバはオズマを狙って氷の矢を投げ返し、オズマはその矢を手刀でへし折り防いだ。
「自分の魔法でやられる馬鹿がいるかい。」
「ふん。そうだな。大したことのない魔法だからなぁ!」
ガンバが腹に力を入れると、氷が刺さっていた傷の血が止まった。さらに軽いガッツポーズをとり、二の腕に力瘤を出すと両手の十本指の爪が伸び、熊手のようになった。
「斬り刻んでやろう。サイコロステーキって食ったことあるかぁ?」
「マンティコアの肉か?不味そうだ。しかし、肉を捌くなら、俺のほうが上手いぜ。」
オズマはストレージャーから骨切り包丁を取り出した。左掌を上に向け、四本指をクイクイと曲げ伸ばし、掛かって来いとのジェスチャーを見せる。
(多分、三馬鹿の中でコイツが一番挑発に乗りやすいタイプだな。)
爪で斬りかかってくるガンバを風の魔法で牽制し、指の股を切り裂いてやろうとボーニングナイフを振るう。ナイフの刃先にガンバの意識が集中すれば、左手の拳を叩き込み、空を飛ぶ呪文ファントムウイングスの成果もあり、蝙蝠の羽根を羽ばたかせてヒラヒラと飛び周るガンバを徐々に追い詰めていく。
冷静さを欠いたガンバに勝機はないかと思われたところ、オズマの背後に倒れていたマンティコアの身体が突然爆発四散した。インヴェイドゴーレムが持っていたのと同じ爆弾をマンティコアも隠し持っていたようだ。
オズマは爆風で吹き飛ばされて地面に堕ち、体勢を立て直して身を起こしてみれば、ガンバの姿はどこにも見当たらない。逃げられたらしい。
レッドが二輪車の曲乗りをしながらガウェインを責め立てるが、すべてトンファーで受け流していく。周りにいるクズリどもは魔法使いのシイラとバイソン、サキが召喚したクアールと交戦中。オルトロスもレイゾーとタムラが押さえ込み、レッドとガウェインの一騎打ちの状態が続く。ガウェインが攻め立てればレッドが魔物を召喚するペースが落ちるため、どんどんと良い方向に循環、転換していく。
質量で押そうとするレッドだが、動きのパターンを読んだガウェインがだんだん有利になっていく。トンファーは防御のあと、円の動きで攻撃に切り替わる。攻守の変換に隙が生じない。流れるような所作で大仰なフォロンの動作に対応し、細かい連打を入れていく。
ガウェインが優勢かと思われたところ、レッドが魔法を使い始めた。四極魔法の黒魔術。毒ガスを撒き散らす。ガウェインはすぐに気が付き、毒ガスを避けて移動していくのだが、移動はフォロンのほうが速く、先回りされ、進路を塞がれる。
するとタムラが六芒星魔法の青とシアンのマナの呪文を使った。湿った風を起こすものだ。
「霧の清掃、風の血清。邪な毒素を打ち消す疾風よ。清浄風!」
これにて空気中の毒を解毒し、再びガウェインに活躍しやすい環境が整えられた。レッドがフォロンに固執して戦いを続ければガウェインの勝ちかもしれない。
だが、実際には、そう甘くない。上空から飛行型ゴーレム『メッサーV』の攻撃を受けた。メッサーVはタロスを模して有人型になったが、それはただ空軍機としての運用能力を上げるだけではない。魔法使いが乗り込むことによって空から魔法攻撃が出来る。
ウィンチェスターがもたらした火薬による爆弾の物理攻撃。魔法による精霊、マナなどによる精神やスピリチュアルな面からの搦め手など。
火力呪文を撃ちながら急降下してきた一体の『メッサーV』が風圧による目眩ましまで行いながら、フォロンごとレッド男爵を掬い上げ、元の高さまで舞い上がった。ガウェインはゴーレムを見上げる。
「逃げるかっ!? 中途半端な。」
「今回はフォロンの様子見だ。こんなところで良かろう。英雄のパーティのことも探れたので十分。次回戦場であえば容赦せん。首を洗って待っておれ。」
「負け惜しみを。」
レッド男爵を抱えたインヴェイドゴーレムの生き残りの一体は西の空へ去って行った。レイゾー達はクズリ、オルトロスと戦っていたため、ガウェインも深追いはせず、魔物の掃討に専念した。
ジャカランダ城の城壁外側にいる俺たちは、迎撃の完了とガンバ男爵と飛行型インヴェイドゴーレムを取り逃した悔しさとが入り混じった苦い思いだった。まあ、嫌がらせに来たバルナック軍を追い払ったと考えれば、そう悪いものでもないのだが。小銃に続いて爆弾という厄介なシロモノを見せられた上に、ジャカランダ城の城壁の一部が崩された。
タロスを模倣したのであろうが、ララーシュタインのインヴェイドゴーレムが有人化したこと。飛行型ゴーレムのスペックアップ。ウィンチェスターの火薬を使った兵器、小銃、拳銃、爆弾。それに新手の魔物。新しい情報も得たには得たが、また対策を講じるための手段の確立のためにてんやわんやだろう。
とにもかくにも、軍からの要請がなくともクランSLASHの判断で積極的に行動するというレイゾーの考えが正しいことは証明された。まずは、被害の確認や怪我人の救助だな。戦後処理というのは大変だ。