第81話 新兵器
タムラのフルネームは 田村 国長 (たむら くになが)。
モデルはホワイトベースのコック長とリュウ・ホセイなんですが、ガンオタの皆さん、気づいてましたよね?
レストラン「取調室」のスタッフが井戸の周り、川岸など、あちらこちらから集めたカビを培養し、地下のワイン貯蔵庫に溜め込んでいた。このカビが、いよいよ日の目を見るのかもしれない。マチコが発酵食品に詳しい。
「レスラーは身体が資本。食事に気を使うのは当然よ。味良し、健康に良しの発酵食品を食べないなんて人生損してるわ~。」
「マチコさんよ、指示通りにやっといたぜ。大豆を三回洗って、水に半日漬けたのが、これだ。」
「いいじゃなぁ~い。じゃあ、これを茹でるわよ~。」
ノリノリでやっているのは、味噌の試作である。醤油や豆腐も作るというが、まずは味噌から。そしてタムラはじめ取調室の厨房スタッフたちを自分の手足のごとくこき使う。誰も文句を言わない。いや言えない。
「吹きこぼさないように、しっかりみてなさ~い。」
「「わかりやしたぁ!親方―!」」
ゆで上がった大豆をへらで潰して、カビを培養した麹菌を振りかける。この麹菌がきちんとできているのか分からないので、幾つかに分けた大豆に違う麹菌を振りかけていく。ハンバーグのように捏ねて空気を抜き、本当は酒を寝かすための樽に詰めて上面を平らにならして落とし蓋。さらに空気が当たらないように蕎麦殻をギュウギュウに入れた麻袋を詰めて蓋を閉める。
「普通なら十カ月くらい寝かすけど、温度や湿度でどうなるか分からないのよねえ。豆も麹も違うし。とりあえず一カ月くらい経つごとに様子を確認しましょう。」
「おお、楽しみだなあ。味噌汁に味噌ラーメン。メニューが増えるぜ。マチコさんが発酵の事を詳しいなんて思わなかったからなあ。ありがてえ。」
「あたし、これでもバリバリのリケジョなの。大学では発酵学やってたのよ~。ほーっほっほ。」
「いやあ、素晴らしい。醤油にぬか漬けも皆に食わしてやりてえなあ。」
「あらあ、お安い御用よ。次回はぬか漬けにする?わりと早く食べられるものねえ。ところで、力自慢の殿方たちは、さっさと樽をワイン蔵に運んでねえ~。」
マチコとタムラは料理の話で盛り上がって、そのうちに飲み始めた。酒となると、いつの間にやらサキとオズマも加わっているのだった。サキは本来独りでチビチビと飲むのが好きだが、マチコがいることだし、賑やかな場が嫌いなわけでもない。オズマはドワーフのホリスターにも声を掛けたが、仕事が優先だと断られたそうだ。
ドワーフたちは飛行型ゴーレムの解体や武具の開発製造に大忙しだ。実は一番の目的はタロスのパーツの取り付けのはずだったのだが、飛行型ゴーレムやウインチェスターの小銃に夢中になって失念してしまっていた。
ウエストガーランド島の南部、空白地帯。独裁者ララーシュタインが統治する旧バルナック領。バルナックの中央付近にある低山、エルマー山。その山頂付近に一枚岩の奇岩。近代の高層ビルのような立方体がそびえ立ち、その頂に四体のゴーレムの姿があった。
一体は『メッサー』。ジャカランダを強襲した飛行型ゴーレム。傍らに立つ魔法使いの風の魔法によって揚力を得て、奇岩の上から飛び出すと数回翼をを羽ばたかせ凧のように上空へと揚がった。鷲や鷹のような猛禽類が崖に巣を作り、そこから飛び降りるように滑空して、上昇気流に乗って浮かび上がり飛行する帆翔と同じだ。ただし、鉄の巨体でそれをこなすパワーはゴーレムならではだろう。
あと三体の『メッサーV』には魔法使いが直接乗り込んだ。タロスと同様、有人型のゴーレム。背中にはアーティファクトが積まれ、魔力を注ぎ込めば風の魔法を使い自力で飛び立てる。コックピットの魔法使いが操る魔法で浮かぶと、急発進で先行する『メッサー』に追いついた。
こうして四体の飛行型ゴーレムの発進を見守ったガンバ男爵は、颯爽と人食い魔獣の背に乗り、東の空を駆けて行く。もちろん遊覧飛行ではない。
ブライアンの部隊は時折クリーチャーと戦いながらバルナック領の偵察を進めているが、野原を歩くうち南西の空、エルマー山の頂から何かが飛び立つのが見えた。鳥にしては大きく、直線的なシルエット。
「あ、あれは・・・?」
ブライアンの部隊は斥候の二人が先行して前へ進み、あとの四人がカートを引いて歩いている。もう少し詳しくいえば、一人がカートを引き、一人が後ろを押し、二人は横から挟んで左右と後方を警戒しながら進軍する。
そのカートは幅約一メートル、長さが四メートル、高さ二メートルの細長い直方体のコンテナのような物だ。六つの車輪を持ち、左右側面の大きな側板は鉄板。探索者、冒険者のジョブ特有スキル、ストレージャーに入れられない荷物などを運ぶが、カートを置き盾としても使え、有事にはシェルターとして機能し、要救助者を運んだりできる。
便利な物ではあるが、不整地では移動できない。ブライアンはカートを麓に置き、山に登ることにした。どうせ大切な物はストレージャーの中。カートにあるのは毛布と雨避けのシート、矢、回復用のポーション、いくらかの工具にロープなどだ。
「多分、ジャカランダを襲ったっていう飛行型ゴーレムだ。」
「『メッサー』だったか?」
「喉から手が出るほど、欲しい情報だな。なんとしても調べないと。」
さっきまで上空にいたリュウが降りてきてブライアンの肩に留まった。何のつもりかは分からないが、ホウホウと鳴いた。
「リュウ、お前の主に伝えてくれるかい?俺達はエルマー山に登る。おそらく、飛行型ゴーレムの駐屯地だ。」
再びホウ、と一鳴きするとリュウは肩から飛び立ち、東へ向かって飛び去っていく。
「よし、あの山の頂上を目指そう。皆、警戒は怠らないようにね。」
バルナックの城塞では、ウインチェスターがレッド男爵を呼び出していた。ウインチェスターは火薬を調合し小銃を作り出したことで、ほとんど、その役目を果たしていたし、バルナック軍での立場は保証されたようなものではあるが、首領のララーシュタイン自身が魔法、ゴーレムなどの兵器の研究に熱心なことから、ウインチェスターの余計な武器の研究開発も容認していた。レッドを呼びつけたのは、そのために他ならない。
「レッド男爵よ。三男爵の中でも、貴様がリーダーであろう。儂が泊を付けてやろう。」
「ははっ、ありがたきお言葉でございます。」
ウインチェスターは博物学の知識のみならず、グローブからユーロックスへ転移して魔法にも興味を持ち、小銃を完成させた後はマジックアイテム、アーティファクトにまで手を広げている。そして、あらぬ方向、自分の趣味にまで走り始めた。自分自身の為に作り出したがやり過ぎてしまった物をレッドに押し付けようとしていた。そのやり過ぎた物とはバイクである。エンジンやモーターではなく魔法で動く二輪車を造った。アーティファクトクリーチャーとして。魔法具でありながら自律的に行動する生物のような特徴もある。勝手に動き回るバイク。二輪型の自動人形、ゴーレムと言える。ただ、やり過ぎた物というのは、創り出した本人ウインチェスターが手に余るという事。半分はレッドならば使えるという期待。あとの半分は厄介を押し付ける嫌がらせだ。
「貴様に儂の特製のアーティファクトを授ける。全長四メートル、重量にして五トン。これは貴様ならば持ち物として一緒に渡りが出来るギリギリの質量だろう。だからこそ、扱えるのは貴様しかおらん。振り返ってみよ。」
ウインチェスターの言葉通りにレッドが首を回し背後を見ると、バイクと言うより重機という言葉が当てはまる大きな大きな二輪車。黒と銀のボディに太くて凶悪な突起が付いたタイヤを履くホイール。ただ走るだけで多くの物を破壊しそうだ。
「おおっ、これは!?」
「機械の馬だな。いや、軍馬か。天馬のように翔びはしないが、パワーが段違いだ。見栄えも良かろう。」
この大きさならば、人に擬態した形態でなくデーモン本来の姿で乗れる。キマイラやマンティコア、グリフォン、ワイバーンなどの翼のあるモンスターの背に乗ることはあるが、地を走るモンスターでは、なかなか扱い易い種が少ない。陸軍大将としては申し分ない。これに加えて、完成して生産体制が整ったばかりの大型拳銃。リボルバー式のバレルの長い、重いがバランスの良さそうな得物も与えられた。
「将としての威厳、兵としての攻撃力、悪魔としての畏怖。完璧でございます。」
「そうであろう。そいつの名は『フォロン』。実際に戦果をあげてみせよ。」
「ははっ!では、早速、試用がてら、ミッドガーランドの屑どもを揺さぶってまいります。」
レッド男爵はフォロンに跨り、意気揚々とバルナック城塞を走り去った。左手にハンドガンが鈍く光っている。
また小規模(?)なバトル開始の予感。