第80話 友達
トリスタンとパーシバルは、一応その日の宮廷騎士としての職務を終えた。若い騎士、に剣や弓の手ほどきをしつつ、ウインチェスターの銃に対抗するために新しい兜の試作の発注など。
職務の後、二人が鍛錬場に戻るとレイチェルとジーンの姉弟がいた。それぞれ、トリスタンはレイチェルに弓、パーシバルはジーンに剣の稽古をつける。
そこへ顔を出したのが、第五王子のアラン。もともとトリスタンはアランの庇護役。警護と騎士としての武術や騎士道の指導を兼ねた側近のような立場だ。トリスタンに弓の指導を受けたかったが、先客がいる。だが、見知っている若い騎士や騎士見習いではなく、しかも、まだまだ若い十代前半の少女である。アランとて成人したばかりの十五歳なので、それほど差はないが。射撃の終わったタイミングで話しかける。
「トリスタン。弓の稽古と思ったんだが、そちらのお嬢様は?」
「アラン様。イゾルデの遠縁です。両親を亡くしまして、当分の間、我が家で預かることになりました。レイチェル、ご挨拶して。」
まさか、機会があれば会う事もあるかもしれないとは思っていたが、早々に鍛錬場で王子に会うとは。レイチェルは緊張しながら自己紹介した。
「レイチェルと申します。弟のジーンとともにセントアイブスより参りました。アラン様におかれましては、ご機嫌麗しゅう。」
「セントアイブスというと、あの、近くでオーバーランや古代生物の騒ぎのあった街・・・?」
アランはセントアイブスへは行ったことはない。だが、レイチェルが両親を亡くしたこと、最近近隣のダンジョンオブドゥームでのオーバーランの騒動で辛い思いをしたのだろうという同情心と、かつて兄たちや騎士団長のガウェインが籍を置いたという冒険者パーティ AGI METAL に対する憧憬から、ある種の親しみを感じた。
そして、それはレイチェルに対しての好意であった。イゾルデの縁者ならば、美しく成長するに違いないとも思った。
(かわいいな、この娘。)
この世界に所謂義務教育や学校はない。教育は各家庭でやるものだ。教会などでボランティアのように読み書きを教えたりすることはあるし、宮廷となれば執政官、騎士などの子息を集め騎士たちが座学を教えたりするが、年齢もまちまち。女子が加わることも少ない。言ってみればアランに対する担任の先生はトリスタン、副担任がパーシバル。アランは同年代の女の子に免疫がなかった。アランはもう十五歳で成人しているので、座学などは基本的にないが、剣の立ち合いなどでは特に古参の騎士たちと関わることが多い。
その隣では、ジーンとパーシバルの立ち合い。ジーンは上段の構えから果敢に攻めるもジーンの右脇腹にパーシバルの木の棒が当たっていた。パーシバルは槍の名手。間合いの取り方が上手い。
「ジーン君、集中力が足りないですよ。」
「いてて。いや、あっちが気になって。」
「では、一旦中断します。」
パーシバルは掌を上に向けた右手をレイチェルの方へ差し出し、二人で近付いていく。ジーンに剣の稽古をつけながらでも、しっかりと三人の会話を聴いて理解していた。
「アラン様。こちらが、その弟のジーンです。」
「あ、はい!あの、ジーンです。王子様。」
ジーンとしては、姉に同世代の男の子が近づくのは面白くないのだが、アランに対して悪意があるはずもなく、また王子などという身分の違いにたじろいでしまい、上手く喋ることも出来ない。一方でアランは、自分の王子という立場、他人からどう見られているかをわきまえているので、つとめて気さくに話し掛ける。
「やあ、余はアランだ。セントアイブスってどんな街?いい処だって聞いてるけど、行った事ないんだ。」
「半島の根本にあるので、海が綺麗な街です。」
「そうか。そのうちに案内してくれるかい?」
「はい。是非。」
「よし。剣の鍛錬ならば、一緒にやろう。」
二人は握手したが、どちらも必要以上に力が入っている。先に握力を込めたのはジーンだが、どちらも互いの手を握りつぶさん勢いだ。顔は笑顔なのだが。アランとしては弟のジーンをダシにしてレイチェルに近づきたい。ジーンとしては姉に寄り付くムシを監視する思い。トリスタンとしては宮廷内の内偵を進める下地を作れると踏み、三者三様に利益を得たと考えている。パーシバルは三者全ての考えが読めたらしく苦笑いだ。いや、トリスタンが煽ったのではないかと内心では驚きと何か起きるかと期待が交じり合っている。レイチェルはよく理解していないようだが、すくなくとも表面的にはアランとジーンが仲良くなりそうに見えるので微笑んでいる。一寸年齢も身分も違うが、ジーンに友達が出来るのではと期待している。
ところで、ジーンは光の精霊の加護を受け、レイチェルは水の妖精との契約を持っている。この精霊たちに守られていれば二人の安全はある程度担保されるものとして、この姉弟に内偵が任された訳だが、精霊のことは誰にも明かさないことになっている。二人とも水系統のソーサリー呪文だけで出来るだけの危機を乗り越える腹積もりで、本当にどうしようもなくなった場合にだけ精霊に頼ると決めていた。やたらに勘が鋭いこの第五王子にも隠さねばならない。なにしろ、このアランも風の精霊と契約している。トリスタン、パーシバル、レイチェル、ジーンの最大の心配ごとはそれだった。
セントアイブスの騎士団工作部隊のブライアンは、仲間の騎士たちを引き連れ、冒険者として、海峡を挟んだ隣国ウエストガーランドに入っていた。職能で言えば、
六人パーティのうち、二人は斥候。剣士、精霊魔術士、僧侶、射手とブライアンを含む斥候二名の編成。偵察任務のため、斥候が二人のパーティ編成は理にかなってはいるが、まるで前人未踏の未開地の探索をする冒険者のようである。ただし、これはブライアンが自分の身に何かあっても五人で任務達成できるようにとの考えからであり、また、仲間を失い独りとなっても成し遂げる覚悟であった。
三年前の第一次バルナック戦争で多くの死傷者を出したセントアイブスでは、ベテランの騎士、兵士がほとんど残っておらず、騎士団長でもロジャーのような若者が務めており、普段なら工作部隊、今回はこの偵察部隊を率いるブライアンも若く、当然パーティメンバーも年齢が近い者ばかりである。部隊というよりも友達のグループと言う方がしっくりくる。
「行くぞ。皆、抜かりなく、な。」
ブライアン隊はウエストガーランドの南方から国境を越え、空白地帯、旧バルナナック領へ入った。ミッドガーランド、ノースガーランド、ウエストガーランドとも宣戦布告があってもバルナックを国と認めないという立場であるため、あくまでも空白地帯。時折グリズリーベア、リバーボアなどのクリーチャーと格闘しながら歩を進めていく。その空白地帯でも、ミッドガーランドを攻めるには、やはり東側の海峡沿いに軍事施設を配置するだろう。特に大きなゴーレムは船で運んでいる。金属の大物を港近くで建造しているに違いない。北から南へ海峡にそって移動しながら工廠を見つけ、上手くいけば破壊する。
このパーティは若いだけにそれほどの経験はないが、将来有望な素質を持った秀才たちで、またチームワークも良かった。楽し気に笑い、朗らかに話しながら左手に海を眺めつつ歩いていく。上空を木菟のリュウが旋回して飛んでいる。
バルナックの城塞。陸軍海軍の将であるレッド、マッハはクラブハウスに駐屯しているが、ガンバはバルナックにいた。飛行型ゴーレム『メッサー』は自力では飛び立てず、魔法使いかアーティファクトの手助けを得て離陸する。航空母艦に積まれた航空機がカタパルトによって発進するようなものだ。撃墜されるか、地上兵器として使い捨てにされない限り『メッサー』は所属空港であるバルナックに戻って来るわけだ。
デーモンの三男爵のガンバは人間に擬態した姿でララーシュタインの前に膝まづいていた。新しい命令を受けるためである。
「奴等も馬鹿ではない。こちらが準備に時間を掛ければ、あちらもそれなりの対策を打ってくるだろう。クラブハウスを占拠し、港にインヴェイドゴーレムを送り込んだが、まだ万全ではない。ガンバよ。今一度ジャカランダをかく乱させて参れ。攻撃の手を緩めるでない。」
ジャカランダを襲った飛行型ゴーレム『メッサー』は二体を失ったものの、一体は健在。
また、今回ララーシュタインが改良型『メッサーV』を三体用意した。
「ガンバよ。おまえは、レッド、マッハに比べて戦果が地味よの。活躍の機会をくれてやろう。」
「ははあっ!ジャカランダを再びジャザランダと呼ぶため、徹頭徹尾!猪突猛進!粉骨砕身!ジェフ・グレイシー王家を締めあげてみせましょう!」