第78話 ドワーフ
王都ジャカランダでは、難民の受け入れは勿論、戦死した騎士兵士の埋葬、葬儀などで目が回るような忙しさだった。特に水軍の軍船の乗組員は遺体も帰って来ない。弟アグラヴェインを亡くしたガウェインも喪に服している。四男の王子ゴードンは三年前の一時期一緒にレイゾーのパーティAGI METALに在籍していたこともあり、ガウェインの落胆ぶりが気になって仕方がない。
「ガウェイン、あまり思い詰めないでくれよ。」
「いえ、ゴードン様。騎士ならば戦で死ぬのは役目のうちです。私情ではありません。ガーランド海峡が敵の手に落ちたのです。戦のこの先を考えております。」
「そうか、ならば良い。」
確かに、騎士団長の立場では悲しんでいる暇もないだろう。クラブハウスの戦いでは、ラーンスロット以来最強の騎士と評価の高いトリスタンでさえ敗北を喫した。
ジャカランダも三体の飛行型ゴーレムに襲われ、二体は迎撃したが、一体は取り逃した。次回はさらに大きな戦闘になるだろう。
飛行船フェザーライトは白と黒の妖精の国を出発した。スヴァルトアルフヘイムとはガーランド群島のはるか北。亜人が多く済む地域である。亜人とはエルフ、ドワーフ、ホビットなどのヒト型で知能の高い種族。人間よりも妖精に近いといわれ、青い月に住んでもいてもおかしくはない。
ただ、青い月の妖精の国に住むのは純粋な妖精である。スヴァルトアルフヘイムには、その妖精に近い種族ばかりではなく、邪妖精や魔族などもいる。
そのスヴァルトアルフヘイムのドワーフの都、デズモンドロックシティから十人のドワーフの男女がフェザーライトに乗り込んでいた。うち一人はオズマ、サキと一緒にタロスを造り上げた技術者ホリスター。九人はその弟子たちだ。
ララーシュタインのインヴェイド・ゴーレムに対抗するため、タロスの強化、および、タロス以外の対抗手段を検討するためにオズマが頼み込んで連れて来た。しかし、オズマの留守中にさらに状況は悪くなっていたため、渡りに船と言える。
サキとマチコはセントアイブスの東の海クルノ湾へ向かえに出たが、領主のページ公と騎士団長ロジャーも連れている。すっかりタロスの整備だけでなく、武具の開発生産もやらせるつもりでいる。虫のいい話に思えるが、ドワーフにとってもプラスである。ドワーフやスヴァルトアルフヘイムにとっても外敵は存在しており、人間の世界ミズガルツの技術、戦術を取り込むことは悪いことではない。また、酒好きのドワーフにとってはコーンスロール半島で醸造されるピルスナーやスタウト、ウイスキー、林檎から作られるシードルなどの製法を知りたいという思いがあるようだ。オズマがそこを突いてフェザーライトに乗せてきたのだった。
まずは領事官邸で酒が振舞われ、二つの工房、空き家がドワーフたちにあてがわれた。ここを根城にドワーフたちにバルナックと戦う装備を生産してもらう計画だ。
そして酒盛りの最中に宴会場を抜け出したサキとオズマが話し合っていた。このエルフとダークエルフは旧知の仲であり同じ目的を持つ身だが、それを知る者はほとんどいない。
「オズマ、ダークエルフの集落は気になるが、その話の前に知らせねばならん事がある。」
「なんでえ、藪から棒に。」
「ララーシュタインが火炎奇書を持っているらしい。」
「なんだって!?」
「それから、魔女のうちの少なくとも一人が、ララーシュタインに付いている。パイロノミコンを餌に釣ったかもしれんな。」
「ほーう。」
オズマは、ダークエルフの集落は相変わらずだとの報告をし、次からは自分が戦いに行くと宣言した。サキとオズマにとってララーシュタインは敵であると、改めてハッキリ認識した。
酒盛りが終わらないうち、オズマはメイを連れ、フェザーライトでジャカランダへと向かった。バルナック軍の飛行型ゴーレム『メッサー』二体の残骸を引き取りに。
「伯父様が酒盛りの途中で抜けて仕事するなんて何かあったの?」
「ちょいとな。俺たちがデズモンドロックシティに行ってる間に、こっちでは戦やってたらしいからよ。」
ジャカランダで『メッサー』の残骸一体を引き取った。もう一体はジャカランダの魔法使いや職人たちで研究したいとのことで譲ったが、オズマはタロスを造った三人のうちの一人だけに、少し観察しただけでもそれなりの事が分かった。
まず、鉄、鋼から成るボディだが、軽量化しているために薄く脆い。推力を得る仕組みはないので、風に乗るか羽ばたくかで飛行、方向転換をしている。自力では飛び立てず、おそらく魔法の助力で離陸しており、一度陸に降りたら、そのまま再び飛べない。実際に戦うよりは、相手を脅すことが目的だろう。タロスで相手をするまでもなく撃ち落とせるはず。
ただし、あちらもタロスのことを模倣してくるだろう。だとすれば、次は有人化するか?人が操るのではないにしろ、上空から撃たれることくらいはあるわけだ。そして飛行速度を考えれば、此方の味方が地上から射かけても、ゴーレムの額の「emeth」の文字を狙うのは無理だろう。鉄や鋼のボディや翼を突き破って叩き落とすしかない。
「ふん、やるじゃねえか。ララーシュタインとやら。
メイ、よく観察しておけよ。多分こいつ等とはフェザーライトが戦うことになるからな。つまりは、おまえだ。」
「え~、どうしてあたしなの~?伯父様は~?」
「俺は他にぶん殴りてえヤツがいるんだよ。」
「どっちが船長なのよ?もう~。」
飛行船フェザーライトがセントアイブスに戻ると早速ドワーフたちが仕事に取り掛かった。『メッサー』を分解。その性能を調べ上げる。相当な量の酒を飲んでいるはずだが、そんなものは何処吹く風。皆、テキパキと仕事をこなしていく。
ドワーフの頭のホリスターは、四大元素で地属性のゴーレムをよくぞ飛ばしたと感心していたが、それと同様に弱点も見つけていた。
赤い髭を伸ばして顎髭ともみ上げとの境目も分からない大柄なホリスターは、容貌通りの大きな声でオズマを呼ぶ。クッキー、つまり俺を連れてこいと。
「よお、御曹司。この空飛ぶゴーレムのことは、弟子たちに任しとけば、しっかり調べとくぜ。それよりも噂のクッキーに会わせろや。そいつの武具については、俺が直々に調整すっから。」
「ホリスター、御曹司はやめろ。何年も経つんだからよ。もう年で頭がボケたか?」
「まったく、相変わらず口の悪い男だねえ。いつになったら直るんだよ?親の顔が見てみてえな。」
「親の顔なら、よく知ってんだろうが。」
それを冷ややかに見守るメイ。クッキーを呼んでくると言いつつ、わざと二人に聞こえるように言い放ち、工房となった家屋を出て行く。
「まーったく、このクソオヤジどもは。人間から亜人は馬鹿ばっかだと思われるでしょうが。」
「早く行ってこいよー。」
俺はクララに付き合ってもらい、新しい呪文のテストをしていた。一つは直接攻撃ではない補助系の呪文。対象を自分自身にしても相手にしても良い。攻守のタイミングを計る魔法だ。メイがそれを見て、フェザーライトでも役に立つと思ったらしい。
「クッキーさん、なんですか?今の魔法は。」
「あ、やあ、メイ。これは捻りの応用。あっちの世界で俺がやっていた仕事に通じるんだ。意外と使い道あるんじゃないかな。」
「メイちゃん、戻ってきたのね。じゃあ、タロスのパーツも届いたの?」
「はい、クララさん。タロスのパーツ、出来ましたよ。ドワーフの職人さんたち皆連れてきちゃったから、取り付け作業もバッチリできますよ。
でね。そのホリスターさんが、クッキーさんを呼んできてって。」
俺がシーナに預けた、俺自身で使いたい武具の制作注文のメモ書きをドワーフの職人の頭であるホリスターにオズマが渡したようだった。覚えていてくれて嬉しい。王都ジャカランダからの応援と、クラブハウスから流れて来た人達がいるものの、このセントアイブスの武具を作る職人は経験の少ない若い女性しかいなかった。それをドワーフの職人に頼んでくれたのだ。ちょっと変わり種の注文だから、職人としては直接俺に訊きたいのだろう。
クララも知り合いらしい。あとで聞いたのだが、クララ達の装備は全部そのメンテナンスを頼んでいるとか。
「あら、ホリスターさんがいるなら私も挨拶に行かないと。タロスのパーツも見たいし。」
武具の注文の話が済んだら、メイにインスタント呪文を教えるということになった。いや、こちらこそ教えてもらおう。実を言うと、魔法の矢系の呪文があともう一つくらい欲しい。俺はタロスでの対ゴーレム戦だけでなく、ウィンチェスターの銃を相手に戦える手段を探していた。
次回は王都の騎士団の話です。