第77話 民族問題
レイゾーは、商業都市クラブハウスから逃げた難民が襲われないように恐竜退治に出掛け、すでに一体のティラノサウルス・レックスを斬っているが、今回はいつもと違う剣を手にしている。分類としては大型剣。普段使っている片手半剣とは違い両手で扱う剣。長く重い。その割に軽々と振り回しているのはレイゾーの力量によるところが大きい。
「またコイツを使うことになるとはなあ。慣らしておかないとなあ。」
三年前、第一次バルナック戦争で敵本陣に突入した時に使っていた剣。片手でも両手でも使えるバスタードソードは、反りがない両刃の剣だと思えば日本刀の感覚に近い。日本人のレイゾーにはバスタードソードが一番しっくりくるのだが、体力魔力回復機能が付いた特殊なグレートソードが性能面では有利であり、ここぞという場面、長期戦ではこの『魔剣グラム』を使う。刃渡り百四十センチ。柄を合わせれば身長と同じほど。石や鉄も切り裂くが、取り回しが悪い。この三年間は出番がなくレイゾーのストレージャーの中に眠っていた。
三体の恐竜を倒した後、百回の素振りをした。そして、恐竜の死体の腐敗を考えて火の魔法で焼こうとしたが、ふと思いついた。
「やっぱり臭い。酷い血の匂いなんだけど、ひょっとして食えるかな?」
続いて良からぬことも思いついた。そういえば、バルナック軍の捕虜がいる。毒見をしてもらおうか、と。
「タムさんなら元猟師だからジビエ料理は得意だ。恐竜だろうが、上手く調理してくれるだろう。」
血が流れ出ないよう、脂身の多い皮に近い部位をナイフで捌いて恐竜の肉を適量持ち帰ることにした。タムラが困ったのは言うまでもない。臭みを消すのに生姜、胡椒やら香草を大量に使った。
その後、セントアイブスへ向かう難民の団体を見つけて領域渡りを使って連れ帰った。難民に食べさせるため、まともな食材となるクリーチャーもついでに狩っておくべきだったと後悔した。
恐竜の肉はバルナック兵の捕虜に無理矢理食べさせ、味は鶏肉に近いことを確認したが、消化不良から重い腹痛になり、これ以降、解放されたバルナックの捕虜から噂が広まってレイゾーには『鬼の礼三』というあだ名がついた。
ガラハドとマリアはサリバンから魔女についての情報を訊き出しているが、ガーランドの歴史についてはさほど詳しくない。ガーランドの民族問題が絡むとは思っていなかった。
「ガーランド群島にはね、元々ジャザム人という土着民族がいたのよ。それが六百年ほど前から大陸系のアーナム人が移り住むようになった。五百年前には、戦争も起きたわ。イーストガーランド島を占領したアーナム人はミッドガーランド島にも進出して今は大半を占めている。ミッドガーランド王国はアーナム人のペンドラゴンが興した国と言われるけれど、占領した国というのが正しいかもしれないわね。ジャザム人もいるけれどマイノリティ。」
一方、ノースガーランドとウエストガーランドはジャザム人の国。ミッドガーランドも先代のアルトリウス王はジャザム人だったが、息子のモードレッドが反乱を起こし親子で相討ちに終わった。現在の国王、ジェフ・ガーランド・グレイシーもアーナム人だ。
「最初の魔女六人はジャザム人。大陸での魔女狩りが始まったのは、ジャザム人の報復を恐れていたせいもあるのかもしれないわ。五百年前からだから、ちょうど時代としては辻褄が合うの。そして五百年の間に魔女も代替わりしているけれど、一人目だけは、ずっと替わっていない。彼女はすでに人を越えて魔人になっているから寿命を克服して五百年以上生きているわよ。」
「そりゃあ、本当の魔女だなあ。」
「エルフでも長くて二百年だというから、とんでもないわね。」
ガラハドもマリアも驚いているが、次の魔女の候補だと考えられているマリアは実は他人事ではない。サリバンの教え子だから魔女狩りから助けられたと教えられているし、助けたのはガラハドだ。
魔女の集まりをワルプルギスなどと言ってもマリアは魔女たちとは会っていない。サリバンが魔女だというのは助けられてから知らされた。ガラハドもマリアが連れ去られ、クルセイダーと戦う前にサリバンが魔女と知り、六人の魔女で共有していたアーティファクトの授与もサリバンからだった。
そして古代魔法の対抗呪文を扱える人物だが、その最初の魔女のシンディ、サリバン、もう一人しかいない。そのもう一人は東方の出身者で、バルナックに味方する理由はなさそうだと言う。
「サリバン先生。もう一つ気になるの。火炎奇書をご存知ですか?」
「まあ!物騒な物の名前が出て来たわね。」
はるか昔神話の時代。アース神族とヴァン神族の争いで使われた魔法について記した巻物だが、普通の人間には使えない。数十名の魔法使いが一斉に儀式を行う大魔法によって発動するかどうかの難易度も破壊力も高い大火力呪文。アース神族の呪文、ヴァン神族の呪文、両方とも解説されている禁書。エルフやドワーフが管理しているはずだと言う。
「どこからそんな話題が?」
「それがね、バルナックの首領のララーシュタインが持ってるらしいの。」
「先生、魔女はそれを手に入れるためにララーシュタインと取引してるんじゃねえかって話もあるんですよ。」
サリバンはうつむいて考え込んだ。魔女ならば単身でもパイロノミコンの呪文を使えるかもしれない。あとは、人間以外の者ならば。ただ、使わなくとも巻物を持っているだけで強い影響がある。脅しとして、これ以上の物があろうか。
「そうなると、もう誰だか分からないわね。あのとき初めて六人全員が集まったくらいだから、魔女同士ってあまり纏まりがないのよ。仲間とも言い切れない。対抗呪文だって知らぬ間に使えるようになっているかも。一人目のシンディだけが、全部を把握してるわ。五百年間の代替わりだってスムーズにいってないらしくって、魔女がシンディ一人しかいなかった時代もあるのよ。」
「とりあえず、魔女のトップのシンディが筆頭候補ってことだな。そんでもって、この戦争の根っこにあるのは、民族問題の可能性が高い。」
「アーナム人がガーランド群島を出て行くから戦争終わりにしましょ、なんて事にはならないわよねえ。」
三人とも大きな溜息をついた。ガラハドが、せっかく再会したのだからとワインの栓を開けた。ストレージャーに取調室のチャーシューなど大量の土産を入れてきていた。サリバンはワイングラスを揺らしながらこう付け加えた。
「あとの四人の魔女と連絡とってみるわね。
それから。ジャカランダっていうのはね、もともとジャザランダって発音だったのよ。ジャザム人の都という意味。これから王都が大きな戦場になるんじゃないかしら?」
俺は取調室の個室で椅子の上に胡坐をかき、バルナック軍の銃や火薬にどう対処したらいいか考えていた。まずは、頭と胴体を守るために兜と鎧の強化だろうか。それに大型の盾。
塹壕から頭を出した途端に撃たれるなんてことになりかねない。塹壕に隠れたまま相手を攻撃できる追尾式の魔法の矢は有効だ。マリアに暗器の呪文を習ったのは、本当に有難い。
そして矢に追尾機能を付けるためにトークンを詰める穴開きの鏃と、そのトークンを大量に準備すること。追尾機能を付けるためには風の魔法。トークンならば青が欲しい。冒険者や探索者にトークンを集めるクエストを出すようにギルドマスターのガラハドとマリアに頼んでみるか。
インヴェイドゴーレムと戦うには、ゴーレムの額にある『emeth』の文字を狙うこと。ゴーレムには、タロスでしか対抗できないかもしれない。しかし、タロスは一体だけ。やはり追尾機能のある魔法の矢が欲しい。
あとはタロスの格闘能力。小賢しい手段ではあるが、試してみたい地味な呪文がある。
そこへクララが入ってきた。ちょっと機嫌悪そう。
「もう~。ちょっと取調室に顔出してくるって出掛けて、なかなか帰ってこないんだから~。」
「おう。ちょうど良かった。試したい魔法があるんだ。つきあってよ。」
クララの手を握って店の外に連れ出した。南側の開けた草地で新しいインスタント呪文二つの実験をした。
メインキャラの過去がだんだん分かってきます。