第76話 サリバン
マリアは孤児だった。本当の名前はワルプルガ。四歳から修道院に引き取られ、やがて修道女となるが、あまりに強い魔力を持っていたため周囲の者たちから気味悪がられた。漏れ出した魔力で静電気が流れたような刺激を受ける、近くにあるアーティファクトが勝手に動き出す、犬猫が怯えて逃げるといった事が多く、修道院の院長サリバンが魔力を抑え込むことを教え、やっと日常生活をおくれるようになった。孤児になった経緯、魔力が強い理由などは誰も知らない。
ミッドガーランドの先代王アルトリウスに仕えた最強の騎士ラーンスロットは、ガーランドではなく、大陸のシンビジウム王国の出身。シンビジウムとミッドガーランドが戦争になった折、イーストガーランドで武者修行をしていた彼は、母国ではあるがシンビジウムに正義はない、と主張し、アルトリウス王の下に馳せ参じた。ラーンスロットの妻エレインは、息子ガラハドをイーストガーランドで出産していたが、ガーランドの風習が合わないとして息子を連れて大陸に帰った。しかし、ラーンスロットがガーランド側にいることで裏切者の妻として処刑され、ガラハドの身柄は修道院に押し付けられた。
ファレノプシス修道院でワルプルガとガラハドは出会った。七歳で同い年の二人は境遇も似ており互いのことが何処か気になっていたらしい。
それまで母エレインから騎士の子とだと言い聞かされて育っていたガラハドは、修道院にいても心身の鍛錬を怠らず剣や槍、弓の腕を磨いた。院内の孤児や近所の子供とよく喧嘩をしたが、ガラハドが強過ぎるので、そのうち誰もガラハドに喧嘩を吹っ掛けることはなくなった。
騎士道精神を学ぶガラハドは決して自分から手を出すようなことはなかったが、いじめられるワルプルガを助けるときには容赦がなかった。ワルプルガはすっかりガラハドを頼るようになっていたが、それだけでなく白魔術を使うようになり、ガラハドが怪我をさせた相手の治癒を行った。ワルプルガとガラハドは持ちつ持たれつの関係だった。
「いじめられたら、すぐに俺を呼べよ。あいつらまたぶん殴ってやっから。」
「助けてくれるのはうれしいけど、あんまり乱暴なことしちゃ駄目よ。」
十五歳で成人すると環境が変わった。ワルプルガは院長のサリバンに付いて修道女、僧侶となり、ガラハドは父ラーンスロットの後を継いで騎士となるべくミッドガーランドへ向かった。
もともと魔力が強く、サリバンから魔力を抑える術を習うくらいのワルプルガだったが、僧侶となったことで、ますます魔力が強くなってしまった。職業として神職を選んだ場合、白魔術の使い手である職能の白魔術士、白魔導士はそれぞれ僧侶、高僧となるが、神に仕えることと冒険探索や自衛の際に刃物のついた武器などを使用しないという枷が付く代わりに魔力が増し、特に白魔術の効果が上がる。こうして魔力が上がり過ぎたことが、ワルプルガにとってかえって不運ともなってしまった。
ミッドガーランドの王都ジャカランダで騎士となったガラハドはすぐに頭角を現した。腕っぷしの強い彼は、武具などに頼ることもなく徒手空拳で並みいる騎士たちを捻じ伏せ、対等に組み手ができるのは実父で騎士団長のラーンスロット、次期団長と目されるガウェインくらいだった。この頃には、まだトリスタンは騎士団にいない。
シンビジウム、スパティフィラム等大陸の国々では黒魔術とそれに通じる魔女が必要以上に恐れられた。大陸の古代史では黒魔術で操られた竜が暴れて滅んだ国がある。度重なる戦争で、市井に静かに暮らしていた魔女を怒らせると必ず大きな報復があり幾つもの都市が焼かれた。呪いを掛けられ没落した王族もあった。そうして起こるのが魔女狩り。数十年おきに忘れた頃にまた掘り起こされ、毎回数百名の婦女子が凌辱、磔、火炙りにされた。ただし、何度も繰り返された魔女狩りで本物の魔女が捕まったことはなく、現在は六名の魔女がいる。
最近の魔女狩りは十二年前。この頃にワルプルガは聖女とよばれ、ファレノプシス修道院から多くの教会へ派遣され、何人もの人を白魔術で救っていたのだが、愚かな人間とはどこにでもいる。ワルプルガの強大な魔力を恐れ魔女だと通報し、ワルプルガは教会付の十字軍に拉致された。
「ガラハド、たすけてぇ・・・。」
これに怒ったのが修道院院長のサリバンであり、彼女こそが本物の魔女の一人だった。サリバンは旧知の仲であったラーンスロットにこの事を魔法で知らせ、また全ての魔女を招集した。
ミッドガーランド国内でアルトリウス王とモードレッド王子が対立し、不穏な空気が流れる中、自分自身では身動きできなかったラーンスロットは、息子ガラハドをシンビジウム王国に向かわせた。六人の魔女たちは魔女狩りの首謀の十字軍の駐屯所を結界に閉じ込め、ガラハドに防具となるアーティファクトを持たせて日没後すぐに夕闇に紛れてワルプルガを救出させた。救出の過程でガラハドは数十名の十字軍の騎士を殺してしまったが、どうせ残った者は全て魔女たちが始末した。
初めて六人の魔女全員が集まったこの夜のことを「ワルプルギスの夜」と呼ぶ。また、実際には魔女ではなかったが、魔女によって救出されたワルプルガのことを七人目の魔女と呼ぶ者もいる。
この後、ワルプルガは名前をマリアと変え、サリバンと共にシンビジウム王国を去り、イーストガーランドへ移る。自分の身を守れるようにとサリバンから黒魔術を習った。魔導士と賢者の職能を獲得する。
ガラハドは、ジャカランダで騎士に復帰はしたものの、王族親子の争いには背を向け、イーストガーランドで地方の治安維持の任務に就いた。この時ガラハドと入れ替わりにイーストガーランドの辺境からミッドガーランド本島へ配置転換された騎士がトリスタン。二年後には、アルトリウス王とモードレッド王子の内乱からジェフ王の即位、さらにその七年後には第一次バルナック戦争で父ラーンスロットが死亡。ガラハドは実力がありながら騎士団では肩身が狭くなり、そこで英雄レイゾーがパーティメンバーへと誘って、マリア共々、一緒にバルナック軍が本陣を構えるコーンスロール半島の南端へ攻め込むことになったのだった。
そして、その魔女の一人サリバンは、魔女狩りで打ち壊されたファレノプシス修道院をシンビジウム王国内の別の場所に再建し、やはり孤児たちを育てている。彼女が魔女だということを知っている者は、今はもうマリアとガラハド、あと五人の魔女しかいない。
シンビジウムの王都ステイメンの冒険者ギルドのエントランス脇にある魔法の門を出たマリアとガラハドはファレノプシス修道院を訪れる。祈祷神殿の奥の二階にある院長室に入ると、二人にとっての恩人が机に向かい、背を見せて座っていた。
(なんだか背中が小さくなったなあ。)
と、ガラハドは思ったが、マリアはもう泣いていた。いじめられて泣いていた子供の頃のワルプルガに戻ってしまったようだ。
「サリバン先生!」
「まあ、マリア。お帰り。」
サリバンはマリアをハグして頭を撫でている。ガラハドは背筋を伸ばし騎士の敬礼をして挨拶し、続けて懐から小さな巾着袋を出す。
「ご無沙汰いたしております。サリバン先生。お元気でしたか。これはお布施です。子供たちのために使ってください。」
「まあ。ガラハドも。それにしても、二人とも正装で。なんだかガラハドらしくない挨拶よねえ。」
「先生、それは言わないであげて。かなり無理してるから。」
「おいおい、俺もいちおう爵位を持った騎士だったんだがなあ。」
「爵位は返上しちゃったでしょ。」
しばらく紅茶を飲みながら談笑し、やがてガラハドから大事な話を切り出した。
「実はねえ、サリバン先生。またバルナックがミッドガーランドに攻め込んできて戦争になってるんだが、そのバルナック軍の中に魔女がいる。」
「なんですって!どんな理由があるんだろう? 戦争のことは大陸でも話題になっているから、商人や漁師のギルドからも聞いているけれど。」
マリアが質問を続ける。サリバンに抱きついたままだが。
「そう。理由がわからないの。攻める側にいるのっておかしいでしょ。攻められて報復するなら分かるけれど。
それから。魔女なら、五人のうちの誰かしら。どうやら対抗呪文を使ったらしいの。あんな強力で難しい呪文を使えるのは、サリバン先生と、あと二人でしょう?」
「もし本当なら、一番目だろうね。あの人はジャザム人なんだ。民族問題だろう。あの人はもう魔人の域に入ってるから、長生きなんだよ。二度三度転生したって噂もあるからね。」
「先生、そのあたり詳しく話してください。」
戦争での兵站、難民の食糧問題。俺は取調室のシーナと食材の仕入れについて話していたが、そこにレイゾーが入ってきた。
「クッキー、ちょっと留守番頼んでいいかな?」
「留守番?俺、取調室の従業員ではありますけど。接客ですか?」
「いや、街や店の防衛の問題。店の営業はタムさんに頼んだ。」
商業都市クラブハウスが占領され、難民が王都ジャカランダや北の海岸沿いの漁村、このセントアイブスにも流れてきているのだが、開戦時の恐竜がまだいるらしい。サキが召喚した四メートルから五メートル級のストーンゴーレムが駆除しているはずだが、未知の古代生物である。行動パターンは読めず、隠れてやり過ごした個体などもあるのだろう。冒険者や魔法使いを含んだ団体ならば領域渡りなどの移動手段を使えるが、そうでないと馬や歩きでの移動。難民が襲われないように恐竜を探して狩ってくると言う。
一緒に行こうかと思ったが、シルヴァホエールは有事に備えて待機と、クランのリーダーとしての命令だと言われてしまった。このミッドガーランド島にゴーレムが上陸しているのは間違いない。それから、取調室のスタッフとして働いている騎士の子息や元冒険者たちを鍛えるために何人か臨時のレイドを組んで連れていくとも言う。さすが。店の切り盛りしながらいろいろと考えているのだろうな。
大陸の国の名前は花の名前にしました。