第75話 降格
パーシバルと共にレイチェルとジーンを連れてトリスタンは王都ジャカランダに戻ったが、早々に城に呼び出された。ジェフ国王の謁見室に向かう階段を登りつつ、クラブハウスでの戦いのことを考えていた。
(処分が決定したということだろうな。私以外の騎士が行ったとて結果は同じだったと思うが、大きな被害が出た。無罪放免とはいかない。)
だいたい王の謁見といえば、王と王妃の玉座が並んでいるものだが、王妃は亡くなっており、代わりにペネロープ王女がジェフ王の隣に座っている。トリスタンが跪き挨拶を済ますと王が告げた。トリスタンは伯爵から子爵へと爵位の格下げとなる。非常に珍しい事ではあるが、要因としては兵の死傷者の多い事とクラブハウスを占領された事のダブルパンチである。また、先代のアルトリウス王の時代から仕える古参の騎士たちからすればトリスタンのような新参者が台頭するのは面白くない。どこからか横槍が入った可能性も否定はできない。
公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の五爵の中でも、王族、公爵家との婚姻が認められるのは公・侯・伯の三爵までなので、一つの格下げとはいえ、実質的には大きく落ちる。もっともトリスタンは既婚者であり、貴族と、例外的に東の地域で認められる側室には興味がないのだが、新参者の騎士たちを束ねる立場にある彼が失脚するのは、古参の騎士たちの権力が強まることである。
そして、事務的に処分が言い渡されると、今度はペネロープ王女から雑談のような形で話しかけられた。長い金髪を揺らしながら、前のめりになって。
「苦労を掛けますね、トリスタン。ところで、アグラヴェイン卿が亡くなりました。ブルーノアが沈んだ報告は伝わっていましたね。先程、アグラヴェイン卿の亡骸が無言の帰国となりました。
ガウェイン卿は弟を亡くし意気消沈しているでしょうが、騎士団長の責務があります。貴方にこんなことを言うのはお門違いかもしれませんけど。ガウェイン卿を支えてあげてください。今回、爵位の下がった貴方ですが、あのラーンスロット卿にも劣らぬ最高の騎士であると誰もが承知しています。」
水軍については、戦力の補充のため、東のホリー港を母港とするブルーノアの同型、グリーンノアが西のコーンスロール半島へと異動することに決まった。その船長はガウェインの弟でアグラヴェインの兄のガレス卿。結局、騎士とは世襲の貴族が多いので、石を投げれば親子や兄弟の関係に当たるものだ。
トリスタンは、もう自分が大軍の指揮を執る身分にはないであろうこと、それゆえに、かえって騎士団内部での間者の捜査を遣りやすい立場になったことを有利だと考えていた。パーシバルと一部の新参の騎士たち、レイチェルとジーンの協力を得て、ララーシュタインの息のかかった者を探し出すこと。古参の騎士たち全てを敵に回すことになったとしても、情報戦こそが、この侵略戦争からガーランドを守ることに繋がるのだと覚悟した。
探索者ギルドのマスターの執務室にはマリアとガラハドがいた。二人は接客用のソファーに向かい合わず、隣り合って座っていた。マリアはティーカップを両手で包むように持ち、ガラハドの肩にもたれ掛かる。
「クライテン村奪還作戦の報告書は読んだでしょ?あれ、気になるわよね?」
「ああ、魔女な。誰だと思う?何番目だ。」
「対抗呪文だなんて使えるのは三人しかいない。」
「まさか、サリバン先生じゃないよなぁ。」
「三人のうちの一人ではあるわね。確かめに行こうかしら?」
「おう、行ってらっしゃい。」
マリアはカップをローテーブルに置くと、不機嫌そうにガラハドの脇腹に肘打ちした。
赤い顔をしてガラハドを睨む。
「もうっ!一緒に行こうって言ってんのよ!」
ガラハドはまったく痛みなど感じないようだ。マリアの肩を抱き応える。
「ははは、わるいわるい。二人で出掛けるなら、もうちょっと風光明媚な場所でもいいかと思ったんだがなぁ。」
「この戦争が終わったら、ギルドの仕事は休暇を取るわ。」
「そうだな。俺も一緒に休む。」
ここで、俺は執務室の外の廊下からドアをノックした。クララも一緒にいる。
「はあい、どなた?」
「クッキーです。忙しいところ、すみません。」
「クララでーす。一緒に来てまーす。」
マリアはソファーから立ち上がりドアを開けて俺達を執務室に招き入れた。ソファーには先客のガラハドが座っていたが、ティーカップは向かいではなく横に隣り合って並んでいるのをクララは見逃さなかった。
「あら?ガラハドさん、こんにちは。ギルドの打ち合わせですか?」
「おう、いらっしゃい。街のあちこちにある空き家をな、被災者に開放しようって相談だ。冒険者が滞在する宿代わりにすることになってたんだが、クラブハウスから戦争の難民がここにも移動してきてるから、空き家に住んでもらおうかってことさ。」
「まあ。お仕事お忙しいですねえ。」
「いやあ、俺なんぞは命令するだけ。実務はギルドの職員たちがやるさ。」
マリアがお茶を淹れてくれると俺がマリアの向かい、隣にクララが座り、一口味わってから魔法のことを話し始めた。俺は右手を前に出し人差し指を天井に向けて立て、六芒星の魔法陣を作り出した。直径一センチもない。マリアはそれを見て感心したようだ。
「へえ、上達したわねえ。じゃあ、早速。よく見てて。」
マリアは窓を開け、ギルドの建物の裏側にある実技訓練場の射撃の的に向けて火力呪文を撃った。二発の火球が猛スピードで飛び、一発目は的を倒し、二発目は的の後ろにあった木の幹に穴を開けた。しかも、弾道が曲がった。追尾機能がある魔法の矢だ。
俺が魔法陣を操るのが上達すれば、扱いやすいインスタント呪文を教えてくれるとの約束だった。こんな凄い魔法もあるのか。
「これは・・・、拳銃の射撃でいえばダブルタップ!」
「あのう、マリアさあん。今、呪文の詠唱してないですよね?」
これは「暗器」という赤、青、黒のマルチカラーのマナを使う五芒星魔術のインスタント呪文。二つの火の球が同じ標的にヒットする追尾式魔法の矢。俺が火力呪文をよく使うわりに追尾式がないことが気になっていたらしい。しかも二連発なので、威力が小さいインスタント呪文でありながら、確実に相手の動きを停め、狙いどころによっては止めを刺せる。
「呪文の無詠唱に関してはね、要はイメージなのよ。魔法は制御することについては、魔力を練り上げる集中力と結果がどうなるかと想像するイメージが大切なの。
魔法陣の大小や出現場所などを操作できれば、集中力は上がってる。あとは魔法が効果を発揮する現象や、それを使ったあとがどうなるかって、イメージを持てること。
それができるようになれば、呪文を短縮したり、唱えなかったりでも魔法を発動できる。まずは基本的で得意な呪文、精霊魔術の衝撃あたりから練習すれば、きっと出来るようになるわよ。」
俺とクララはギルドの建物の外の演習場に出て早速練習。クララの提案で動く的を狙えるようにクララが石を投げ、それを目掛けて「デリンジャー」を撃った。
そして、一、二時間くらい練習を続け、休憩しようかなどと思っている頃、ガラハド、マリアの二人が演習場に来た。それぞれ騎士としての正装にマント、白い法衣を纏い聖職者然としている。改めて見ると、スラッとした美男美女だ。
「ちょいと出掛けてくらあ。里帰りだ。」
「訳あって、大陸へ行ってくるわ。ララーシュタインの情報が入るかもしれない。」
「何かありゃあ、すぐに戻って来る。留守を頼む。困ったらレイゾーに鞭打ってくれ。」
「ルンバ君を置いてあるから、何かあれば分かるわ。魔法で私に知らせてくれる。」
二人は、ギルドのエントランス脇の土塀に領域渡りの門を作り、腕を組んで入って行った。見送ったクララは両手を頬に当て、ボーっとしている。
「いいなあ。」
「ん?何が?」
「ハネムーンみたいじゃない?お似合いのカップルよねー。」
なんでクララが嬉しそうなんだ。顔赤いし。今、そういう状況じゃないと思うぞ。
「里帰りって、挨拶まわりかしらねー?」
いやいや、ララーシュタインの情報は?
次回、魔女の情報。