第72話 ウィンチェスター
前回 あらすじ
クライテン奪還作戦を終えたシルヴァホエールは、クラブハウスが占領されたことを知らされ
さらに、敵の新兵器として銃を見せられた。
火の精霊火蜥蜴のジラースがテーブルの上にフワリと浮かんだ。どこからどうやって出て来るのか、長い尻尾を抱えるようにクルリと回りながら体操のマットの上を前転するように現れる。
「よお、人間の青年。強い硝煙の匂いがするな。何事だ?」
「ジラース!」
「「うおおぅ!」」
騎士たちが驚く。クランのメンバーは俺が精霊の加護持ちだと知っているわけだが。
「え、なになに?どしたの?レイゾー。」
「ああ、やあ、ジャム。料理の火加減の調整以外では、あまり出番なくてわるいね。」
レイゾーを加護するサラマンダーも同様に現れた。ジラースを見て目を白黒させている。
「あー、同族。珍しいねー。こんなとこで。こんちは。」
「おお、若いの。お前さんも加護を与えているのか。私の名はジラースらしい。その黒髪の青年に加護を与えているよ。」
「僕はジャム。そのちょいと髪長めの英雄に付いてるんだ。」
「す、凄いな。精霊同士で話してるなんて初めて見たぞ。」
パーシバルがこぼす。パーシバルは騎士団の若手のエース。実は元騎士のガラハドの四年後輩である。若いだけに、まだ精霊を間近で見たことがなかった。
俺としてはすぐに本題に入りたい。さっさと片付けてしまおう。
「やあ、ジャム。レイゾーさんの加護精霊か。俺はジラースの加護を受けるクッキーだ。宜しく。
ところで、ジラース。硝煙の匂いのことなんだけど。この銃や弾丸の匂いをどう思う?」
二匹、いや二柱の火の精霊が頭を上げ、大きく割れた口から細い舌をチョロチョロと出して匂いを嗅ぐ。
「む。以前、嗅いだことがある。同じ匂いだ。」
「あー、僕も知ってるなー。」
「教えてくれ。それは誰だ?どんな人物なのか知りたい。この世界に火薬を持ち込んだ奴なんだ。争いの元になる。」
「髭面の初老の男。細面の異世界人。名はたしか・・・えー、ランカスター?ランチェスターだったか。」
「ウィンチェスターだよ。博物学の学者だって言ってた。」
ジャムが横から口を挟んだことになったが、正確な名前が分かったほうがいい。
「ウィンチェスターだな。ジラース、いつ、どこで出会った?」
「前の戦争の始まった頃か。この半島の先端あたりだ。」
レイゾーとガラハドが引き継いで話す。
「三年前の戦争でバルナック軍の陣地が築かれた場所。僕らの最終戦の戦場だ。話の辻褄は合うね。」
「ああ。あそこも寂れちまったが、あの戦争の前には漁業と商業の中継港だったんだよなあ。俺達が暴れて壊しすぎちまったか?」
「いや、厳しい戦いだったね。僕らも犠牲を払った。」
「俺達があそこで戦った頃には、ドルゲ・ララーシュタイン二世とウィンチェスターはもう出会っていたんだろうな。」
マリアが二人を遮るように質問してきた。いくらか前向きだ。
「おそらくドルゲ・ララーシュタイン二世は、兄のユージンが負けることまでも見越して三年以上前から用意してきたんだわ。だから魔女も味方に付けている。クッキーは、これからどうすれば良いと思う?ウィンチェスターを斃せばいいの?」
俺は、しばし考え込んでから答えた。なんだか、俺が作戦参謀みたいになってないか?
「ウィンチェスターを斃すのはもちろん、銃の工場を潰さないと駄目ですね。銃だけでなく、ゴーレムを造っている処も。海を越えてバルナックへ攻め込んでいかないと、終わらないでしょう。ただ、まずは情報がないと。銃の工場の位置もわからない。」
ここで王宮騎士のトリスタンから重要な提案があった。ここにいるのは、クランSLASHのメンバー以外には、セントアイブスの街を守る騎士のロジャー、王宮騎士としてはパーシバルのみ。くれぐれも内密に、と念を押したうえでの話だ。
こちらの動きが読まれている。古代生物の恐竜が暴れた一方での宣戦布告はともかくとして、クライテン奪還は完全に裏をかかれた。王都、いや、もっと深く、王宮に間者が入り込んではいないかと危惧しているという。
そして、もし裏切者がいるならば、古参の騎士のほうが、かえって怪しいと。じつはミッドガーランドの騎士たちも素性は様々だ。先代国王アルトリウスと現国王ジェフとの間に血縁はない。ジェフもアルトリウス王に仕えた騎士の一人だ。アルトリウスと息子モードレッドとは折り合いが悪く、親子で対立したときに騎士団も二分してしまった。結局、戦場で親子一騎打ちの共倒れになったのだが、この戦に加わらず、最後までどちらにもつかず仲裁しようとしたのがジェフだった。これが約二十年前の話だ。
それから、ジェフが新国王となってからも。三年前の戦争で、魔法兵団が独断で大魔法を使い、レイゾーたち四人の異世界人をグローブからユーロックスに召喚。レイゾーたちは乗り掛かった舟とミッドガーランドに協力したわけだが、そのパーティのメンバーとして加入した次期国王と期待されていたスコット王子はバルナック軍との戦いで戦死。そのスコット王子の守役として同行していた騎士団長ラーンスロットは、次期国王を守れなかったと責めを負った。
結局ラーンスロットも戦場で命を落とし、ラーンスロットの息子ガラハドは肩身の狭い思いをして騎士団を追われてしまった。ガラハドも次期騎士団長の器と期待されていたのだが。
アルトリウスとモードレッドの親子内戦の当時、ラーンスロットはモードレッド側に付いた。そのため、アルトリウス派の騎士とは、わだかまりがあったのだった。
「まあ、親父はアルトリウス王に味方すると思っていた臣下は多かったんだよな。だが、もともと親父はガーランドじゃなく大陸の出身だから、その前からもやっかみはあった。俺自身もガーランド生まれだが大陸の修道院に預けられて向こうで育ったからなあ。」
珍しくガラハドが頭を搔きながらぼやいた。マリアがガラハドの背中に手を当てている。
(この人も苦労したんだなあ。細かいことは気にしそうにないんだけど。それからマリアさんとは仲いいよな。)
トリスタンは現在のジェフ国王になってから、王宮騎士となっているし、ガラハドもパーシバルも先代アルトリウス王、その王子モードレッドと直接関係はない。それでトリスタンは、この面子ならば、と心情を吐露したわけだ。
「ジェフ国王陛下は人格者であられる。恨みを買うようなことは決してないが、二十年前にどっちつかずだったと不満を口にしてきた者がいるのも事実だ。」
情報は内外の両方から仕入れましょう、というのがトリスタンからの進言だ。そして王宮騎士団の内部はトリスタンが自分自身で探る。しかし、当然ガードは固いはず。あぶり出せるかどうか。他にも協力者が欲しいとのこと。
それから、バルナック領へと誰かをスパイとして送り込みたい。これが一番の問題だった。
そして、レイゾーが意見する。なんだか、目尻が下がっている気がするのだが。
「トリスタン卿。情報は、まず得やすいところから得ましょう。たしかバルナックの兵士を何人か捕虜にしたんですよね?この店に連れてきてください。取調室で取り調べるので。」
あー、どうやら刑事ドラマごっこをやりたいらしいな。
次回はレストラン取調室が、本物の取調室に。