第71話 小銃
「了ちゃーん、おはよう。」
耳元でクララが囁いて起こされた。同じ毛布に包まっている。昨日の夜は、俺のほうの身の上話もした。妹がいたこと。両親が離婚したことなど。そして何故か、クララが俺のことを本名で呼ぶと言い出したが、一晩で何度も名前を呼ばれた。
「なんだか、いつもより外が騒がしいわね。鳥の声じゃないもの。」
クララが服を着込むのを待って窓を開けてみると、街の外から入り込んでくる人たちの行列だった。街の中心に向かって歩いている。荷物を持って、皆疲れた表情。これは、まさか難民では?
クララの寝室を出ると、隣の部屋から出てきたサキとマチコと鉢合わせした。ちょっとこっぱずかしいが。マチコがニヤニヤしながら、お約束のようなセリフを。
「おはよう。お二人さん、お愉しみ?」
「やだ、もう、姐さん。」
「ちょっと、そういう話は脇に置いといて。」
おれはジェスチャーで持ち上げた物を脇にどけるように両手を横に振って、サキの方を見た。外の様子を二人は知らないんだろうか。
「外を歩いてる人たち。ひょっとして、この街に逃げ込んで来たんじゃないかな。」
「クッキー、気づいたか。その件で話がある。まあ、朝食を摂りながらだな。そのあと、全員で取調室に行こう。クランで話し合いだ。」
サキは昨日、取調室で何か情報を掴んできたようだ。あまり良いニュースではなさそうだが。実をいうと昨日デーモンと戦ったダメージもまだ残っているので、朝食は軽めにしてコーヒーを飲んでいるとサキの話が始まった。
「手っ取り早く話す。北にある商業都市クラブハウスが占領された。」
「「はあ?!」」
「クライテン村奪還作戦、我々が戦っていたのは、バルナック陸軍の一部だったようだ。その間に、バルナック軍は空軍が王都ジャカランダを空飛ぶゴーレムで攻撃。同時に海軍がクラブハウスを侵略。ジャカランダはゴードン王子の活躍でゴーレムを追い払ったそうだが。クライテン村の奪還作戦のためにクライテン港湾にいた水軍の半数を急遽クラブハウスに差し向けたが、ほぼ全滅。クラブハウス防衛に向かったトリスタン卿の部隊も大打撃を受けた。おそらく六体のゴーレムと兵士二個中隊が運びこまれただろうと。
クラブハウスの住民や商人は半数が街を捨て、東側にある王都ジャカランダや北の軍港のあるリマーに避難。だが、そちらは戦場になると考える人たちは、南側のクライテンや、さらに南のこのセントアイブスまで逃げてきている。
今、この街では、元の領主の城のホスピスや教会、領主館の別館を解放して避難民の受け入れをしている。」
それは、クライテン村は、囮のようなものだったってことか?デーモンのレッド男爵はともかく、あの魔女があっさり引き下がったのは、そういうことだったのか。二正面、いや三正面の作戦を敢行できるほどの戦力を持っているということだ。敵はでか過ぎる。
「そんな!大変じゃない!私たちも難民受け入れの手伝いをしましょう。」
この街で育ったクララは、やはり難民の身の上が気にかかるか。たしかにのんびりコーヒーを飲んでる場合でもなさそうだ。
「サキが飲まないで帰ってきたのは、そういう事だったのね。もう、早く言ってくれたら良いのに。」
マチコももどかしそうだ。しかし、サキは動じない。
「まあ、焦るな。私たちは他にやるべき事がある。リュウには、もう動いてもらってるしな。」
リュウは木菟。夜行性なので、夜の間になにか仕事を与えたんだろう。まあ、クラブハウスの見張りだろうな。
クラブハウスとクライテンの間にもう一つ、リスターという漁港を持つ村がある。クラブハウスの常駐軍や水軍の船乗りの生き残り、冒険者の有志が、そのリスター村に集まっているらしく、そこに反撃の陣地を造るかもしれない。クラブハウス奪還のためには、タロスはそこから攻め込むのだろうか。ララーシュタインのインヴェイド・ゴーレムに正面から挑めるのはタロスしかない。
折角のコーヒーだが、あまり味わえなかった。日課のランニングと筋トレをさぼったせいでもあるか。
取調室では、レイゾーが風のエンチャント魔法をかけてそれぞれの部屋の音が漏れないようにしてあるとの説明を受け、一番奥の部屋に通されたのだが、入った途端に俺は大きな声を上げてしまった。音の心配は俺でした。申し訳ない。
テーブルの上に置いてあったのは小銃と弾丸。弾丸は未使用の物と潰れた弾頭の鉛玉。何故、この世界にこんな物が。
「こ、これは、いったい何処で手に入れたんですか?ユーロックスには、こんな物騒な物はないはずだ。剣や弓を無用な物にしてしまう人殺しの道具ですよ!魔法でしか対抗できない!もしも大量に出回ったら世の中が変わってしまう!」
挨拶するのも忘れ、動揺して質問攻めにしてしまった。今ここには、オズマ、メイ以外のクランSLASHのメンバー、王宮騎士のトリスタン、パーシバルとセントアイブスの騎士団長ロジャーがいる。
「まあ、落ち着けよ、了。大変な物だってのは、俺もレイゾーの旦那も知ってるさ。コイツはな、クラブハウスを占領したバルナック軍の兵士が使ってたんだ。宣戦布告のときにサキさんが会ったっていうデーモンのマッハ男爵の軍が、水中戦もできるゴーレムと銃を使って好き勝手やってくれたらしい。」
タムラが俺の肩をポンポン叩きながら、お茶を勧めて来る。一口飲んで落ち着いた。普段は十席の個室に十一人いるので、ちょっと窮屈だが。余計に騒ぐと五月蠅く感じるはずだな。
「まあ、俺は一部の猟銃しか持ったことはないんだが、知らない銃だ。了は鑑定できるか?」
俺は銃を持ってみて、弾倉や銃口、撃鉄を確認。弾倉に弾丸は残っていない。タムラが取り出したのだろう。それから弾丸をつまんでみた。
「失礼しました。では。タムラさんから説明があったかもしれませんね。ダブるかもしれませんけど。
俺達の世界、グローブには火薬という物があります。いろいろ研究されて個体だったり液体だったりしますが、基本的には粉末だとして話します。この弾丸。前半分は鉛の塊。後ろ半分に火薬が詰まってます。火薬は圧力を掛けたり、火を着けたりすると爆ぜます。例えば土木工事で岩を砕いたりするなら良い使い方ですが。とても危険な物です。
そして銃というのは、火薬を使った武器。飛び道具です。弾丸を筒に詰めて、弾丸の後ろの火薬を撃鉄という部品で叩くと火薬が爆ぜて、その力で鉛玉を飛ばすんです。」
窓を開けて、外に向けて構えてみた。そして引き金の後ろにあるレバーを上下に動かしてみる。あまり良い銃とは言えないか。
「鉛玉は基本真っ直ぐ飛びますが、小さくて速度も速いから見えません。矢のように弾道は分からないので避けられない。気づいたら撃たれてますよ。
それから、この銃については。小銃という形の銃ですが。知らない銃ですね。撃った後にレバーアクションで薬莢、つまり火薬が入っていた部分を排出して次弾を込めるタイプ。古い構造ですよ。百年くらい前の物じゃないですかね。弾倉には十発くらい入るでしょう。このレバーを上下させれば、矢を番えるよりも早く十連射できます。隙ができるのは、その十連射の後、弾倉に弾丸を詰め直すときです。
ただ、弾丸を見ると、おそらく44口径。これは拳銃の弾丸と共用できます。バルナック軍は、この小銃だけでなく拳銃まで持っているかもしれない。」
これにはレイゾーが肩をすくんで困った顔をしている。嫌な情報だろうな。
「その拳銃というのは?」
ロジャーからの質問だった。まあ、当然の質問だな。これは俺が不親切だった。
「あ、すいません。分からないですよね。この筒を短くして、近くしか撃てない代わりに、片手で使えるようにした小さめの銃です。簡単に持ち運べます。十連射の後、弾丸がない隙をみて近づいても拳銃で撃たれるかもしれない。そうなると攻略のしようがない。
それと、重要なのは意外と工作精度が低いこと。おそらくグローブからそのまま持ち込んだのではなく、ユーロックスで作ったんじゃないでしょうか。」
「やはり、そうだったのか。最悪の事態だね。」
レイゾーが髪を掻き上げた。これは頭が痛くなる大問題だ。
「工作精度が低いというのは、それほど飛距離がなく、狙い難いってことです。ですが、ユーロックスで大量に生産されてしまえば、魔法を使えない一般の兵士、いや、兵士ですらない者まで全員、火の魔法を使えるようになると想像してください。」
トリスタンが青ざめた顔で応えた。拳を強く握っている。
「世の中の常識が、戦争の在り方が変わってしまう。」
バルナック軍、恐るべし。
レバーアクションライフルというヤツですね。西部劇に出てきますよ。