第69話 述懐
クライテン奪還作戦は決着。
アラン王子は風の魔法を使って飛び上がり、ブロードソードを振りかぶってマッハ男爵に斬り付けた。熊手のような爪でこれを受け流したマッハはもう片方の手で突きを入れるが、これは盾で弾かれた。二撃三撃と繰り返されるが、両者譲らず。トリスタンが間に割って入り、白魔術の光の目眩ましでかく乱してアランを担ぎ上げ脱出した。
クライテン村の戦果として。タロスは鈍い動きではあるがミスリル製のボディは無敵。とくに大きな働きはせずとも盾としてトロールの前に立ちはだかり、その後ろから兵が弓や魔法で攻撃することで、クライテン村のバルナック軍は壊滅した。
港に足止めした二隻の輸送船を拿捕。地上軍からも指揮官級の捕虜数十名を捕らえた。
村人は、広義での被害者は多いものの死者は出さなかった。だが、軍は死者約百名、負傷者はその倍。ララーシュタインのインヴェイド・ゴーレム『ハイルV』三体を撃破し、村の奪還には成功した。
王都ジャカランダでは、人的被害は軽微。ゴードン王子と新マジックアイテムの鏃を装備した弓兵の活躍で二体の空飛ぶゴーレム『メッサー』を撃墜。乗り込んでいた魔法使い二名を捕虜とした。
問題の商業都市クラブハウスだが、旗艦ブルーノアを含む北西の水軍の巡洋船三隻が沈み、一隻は奪われた。四隻の乗組員は、ほぼ全員が戦死。魔法使いシイラが水の魔法を得意とするため、一緒にブルーノア船首近くにいたバイソンら数名は救助されたが、司令のアグラヴェインは海に消えた。トリスタンが率いる地上軍は銃撃を受け、戦死者七百名。わずか数名を捕虜としたが、惨敗。多くの負傷者を抱えジャカランダへ敗走することとなった。
レイゾーとタムラは取調室のスタッフ数名を連れて、クライテン村奪還作戦の本陣を訪れた。陣中見舞いのつもりでいたのだが、すでに作戦は終了していた。セントアイブスを訪れた冒険者がショウガを持ち込んだので、また新しいメニューを作り持ってきたのだった。クラッカーや干し肉などの戦中食では、なんとも味気ない。温かい物を食べさせてやろうという気遣いだった。
タムラは魔法のアイテム保管庫からコンロや蒸し籠を取り出し調理を始め、白魔術が使えるレイゾーはじめ大半のスタッフは負傷者の世話にまわった。怪我の手当ての済んだ者から匂いに釣られタムラの周りに集まってくる。タムラの新メニューとは『肉まん』。それと『カツサンド』だった。
「よお、無事だったか。お疲れさん。冒険者がショウガを持ち込んでくれたんでな。肉の臭みを消すのにいいんだ。肉まんの豚肉の下味をつけるのに使ってるよ。」
「いやあ、あんまり無事じゃないですけど。手当はしてもらったし、ゴーレム戦はいい感じでした。肉まんいただきます。」
さすが、レイゾーとタムラは、こういときにあると嬉しいものをピンポイントに持ってくる。生き返る思いだ。マチコは両手に持って頬張っている。
「凄いじゃない。肉まんなんて。タムラさんは天才シェフねえ。ほらほら、クララも、サキも。美味しいわよー。」
「はい。初めての味ですねえ。まさか此処で温かい物が食べられるなんて感激です。」
「ほう。これは美味いな。ウイスキーが合うか?マチコ、作り方・・・。」
サキも気に入ったようだが、サキが話し終えないうちに、マチコが答える。
「はいはい、知ってるから大丈夫よ。材料さえあれば作ったげる。」
一方では、レイゾー、ガウェイン、パーシバルが円くなり何かを話し合っている。そこへ負傷して手当を終えた三人の騎士ケイ、ライオネル、ファーガスも加わり、皆神妙な面持ちとなった。単に傷が痛むわけではなさそうだ。
「とりあえず、ガラハドとマリアにジャカランダへ行ってもらいますよ。あと取調室のスタッフも何人か。僕もこれから、そちらへ行くので、皆さんは休んで養生してください。」
「私は無傷だ。一緒にジャカランダへ行こう。パーシバル、ここでの戦後処理を頼む。」
レイゾーとガウェインが中心に話が進んでいるようだが。まあ、クランで情報は共有される。今会話に首を突っ込まなくても良いだろう。
「さて、一息ついたら我々もタロスを巨人の国に還して、セントアイブスへ戻ろうか。クララ、話があるんだよな。」
サキの一言で、この後の行動が決まった。タロスの包帯のようなミスリル箔は、だいぶ馴染んできたようで目立たない。サキは、オズマのフェザーライトが戻ったらまた作業があると告げ、タロスを青い月へと送還。俺達四人は領域渡りの魔法の門を開いて活動拠点のクララの家へ帰った。
クライテン奪還作戦が始まったのは、夜明けだったので、実はまだ昼過ぎ。眠気はあるが、話す時間もたっぷりある。クランへの報告は明日になるし、武具の手入れなどは夕方にやれば良いので、クララの話を聴くことになった。
「じゃあ、お茶淹れるわね。」
こういうときに意外と気が利くマチコは、すぐにクララを座らせ落ち着かせた。俺も少し雰囲気を和らげたいと思い、肉まんの話を振った。
「肉まん、旨かったね。あれ、中身の具を換えていろいろな味にできるんだよ。俺もタムラさんに作り方教わろうかな?」
「あ、うん。そうね。美味しかったね。」
やはり、どことなくクララの表情が硬い。マチコがマグカップを渡すと、両手で包むように持つ。
「温かいですねえ。」
サキ、マチコも席に着き四人でテーブルを囲むと、クララは喋り出した。目線はいつもより下に向いている。
「ちょっと重たい話でごめんなさい。でも、知っていてもらわないといけない。
実は、私の両親は殺されたんです。昔、冒険者をやっていた頃のパーティのメンバー、元の仲間に。」
これは驚いた。いつもお喋りでニコニコと笑っているイメージなんだが、そんなことがあったのか。
「私の両親は大陸のスパティフィラム王国の出身です。同じ冒険者パーティにいましたが、結婚して子供ができて冒険者を辞めて、この街に来て姉を産みました。六歳上の姉です。
そして四年前、タムラさんがこの街に来た後、前回の戦争の前ですね。パーティのリーダーだったオーギュストという髭面の男が両親を訪ねてきて・・・。
私は15歳。姉は21歳の時。私は自分の部屋にいましたが、姉は目の前で。父は呪術師でしたので、魔法に関する本を何冊も持っていましたが、古い魔導書を探していたそうです。父が断るとオーギュストは母を殺し、次は姉を殺すと脅したそうです。父が本など全てやるからと言うとオーギュストは父の本棚を漁りましたが、目的の魔導書がなかったらしく、父を殺していなくなりました。」
マチコは隣の席からクララを抱きしめて頭を撫でる。
「クララ。苦労したわねえ。大丈夫よ。あたし達がついてるからね。」
クララは涙目になって話を続ける。
「姉はなんとしても、両親の仇を討つと言って、私達姉妹は冒険者登録をしてオーギュストを探しに大陸へ行ったのですが、姉とはぐれてしまって。そこでマチコ姐さんとサキに助けられました。うう、マチコ姐さああん。」
クララは泣き崩れ、マチコが宥める。いい子いい子と頭を撫でる。
「あらあら、かわいい顔が台無しよお。仇討ちだろうが、人探しだろうが、一緒だからね。心配することないわよ。今はほら、クッキーもいるじゃない。」
マチコがこっちへ話を振ってくるので、ありがたい気持ちと動揺がごちゃまぜになった。どう返答して良いのやら分からない。
「う、うん。そうだ。クララ、なんだって協力するから、元気だせ。」
サキは腕を組んで落ち着いて聴いている。
「ああ、マチコやクッキーの言う通りだ。気に病むな。お姉さんには必ず会わせる。仇も討たせてやる。
ところで、そのオーギュストとやらが探している魔導書とはなんだ?」
「たしか『パイロノミコン』と言ってました。」
「古い巻物か?」
「ええ、そう。」
「それは・・・、大変なことになりそうだな。」
これには、マチコが驚いてすぐにサキに訊き返した。
「サキ、手掛かりになりそうな物を知ってるのね?」
「いや、知っていると言うと、ちょっと違うな。その『パイロノミコン』というのは古文書だ。かなり危ない古代魔法の呪文が解説されているらしい。物騒な代物だぞ。」
次回からは新章。エンシェントマジックが絡んできます。