第67話 魔女
クライテン村の奪還作戦、大詰め。
ジラースの火の輪がレッドにぶつかると火の粉が散らばった。花火のようだったが綺麗なものではない。
(ありがたいが、頑張りすぎだぞ。)
と思いながら、サキはソーサリー呪文の詠唱を始める。対象が限定的な代わりに悪魔や不死の魔物には絶大な効果がある白魔術だ。
「天地創造の昔より神に逆らう罪を悔い懺悔と還元の機会を与え給う。神撃!」
白い光がレッドを包み込み、黒い身体が上下左右に小刻みに震える。サキに対して数々の恨みの言葉を発するが、よく聴き取れない。
「グオオオオッ、このクソエルフめがあっ!」
「消え失せろ、悪魔。」
さすが、サキだ。と、思ったが。消えたのは悪魔ではなく白い光。羽根が痙攣したレッドがドサリと地面に落ち横たわる。たしかに今「カウンタースペル」という声が聴こえた。サキが一番驚いているようだ。その意味が分かるからだろう。
「対抗呪文だとおっ!古代魔法じゃないか!」
ベッタベタなんだが、尖がり帽子を被って箒に乗った、如何にも魔女といった風貌の初老の女性が、上空からゆっくりと降下してきた。サキを見据え、話しかける。
「さすがにエルフ。見かけ通りではない年の功もあるだろうが、魔法の知識が豊富だねえ。でも、この悪魔には、まだ働いてもらうから成仏させてもらっては困るのさ。」
「魔女か?あんたは何番目だ?まさか、全員がバルナックに付くわけでもないだろう。」
「あたしゃ一番さあ。他の魔女のことは喋れないよ。」
レッドが申し訳なさそうにガラガラで細い声を出した。
「お、おばば様・・・。」
「デイヴの阿保たれの身柄も確保した。帰ろうかね。」
デイヴの身柄だって?オキナがデイヴを捕まえているはず。オキナはどうした?
魔女が小声で何か呟いた途端、急に身体が重くなり、皆地面に押し付けられるようにうつ伏せになった。手も足も動かせない。やがて少しづつ身体が軽くなり、やっと起き上がったときには、魔女も悪魔もデイヴもいなくなっていた。
バルナックの兵士やトロールたちは残っており、競り合いが続いている。オキナがせかせかと走ってきて、魔女にしてやられたと報告した。とりあえずオキナは無事で何より。
それよりも騎士たちが問題だった。魔女によって身体が重くなったとき、相当な負荷が掛かったらしく、ケイ、ライオネル、ファーガスは重傷だ。ガウェインと、この場におらず陣地の指揮を執るパーシバルは無事だった。
そして、村の中心部に入り込み、逃げられなかった村人の救助に臨むクララにとっても事件といえる出来事があった。サキが潜入させたオートマトンの案内で高齢者の住む家や乳幼児のいる家族で隠れやすい倉庫などを探したが、そこで因縁のある人物に出会った。
「逃げ遅れた方はいませんかー? 助けにきましたよー。ジャカランダへ逃げましょう。」
バルナック軍の兵士が動く隙を縫って村人を見つけ出しては二体のオートマトンが担いでパーシバルが指揮する陣地へ搬送していくが、その中に馬小屋に隠れているものの十分に一人で逃げ出せそうな男が一人いた。クララはどこかで見覚えがあるその男に名を尋ねた。
「すみません。お名前を確認しても?」
「エリックだ。」
「エリック・・・。もしや、ルイという冒険者をご存知では?」
「え? あ、ああ、何故その名前を? 」
クララが一瞬ニヤリと笑った。してやったりという表情だ。
「私の父です。」
そのエリックは、慌てて逃げ出そうとしたが、クララは地の精霊のダガーを投げつけ、エリックのジャケットを刺し、馬小屋の壁に打ちつけた。地のダガーは壁から抜けず、エリックは逃げられない。ジャケットを脱ぎ捨て逃げようとするが、続いてクララは水の精霊のダガーを持ちエリックの太ももに突き立てた。血が噴き出し、エリックは悲鳴をあげる。
「そんな大声出したら、バルナックの兵に見つかってしまいますよ。死にたくなければ質問に答えてくださいね。」
「うう、分かった。答えるから助けてくれ。」
「オーギュストはどこにいますか? 」
「知らない。」
クララは水のダガーに魔力を込めた。エリックの脚から出血が多くなり、馬小屋の土間に真っ赤な血溜まりができた。
「そうですか。オーギュストに口止めされているんですねえ。」
刺さっているのは、ただのダガーではなくアーティファクトであり、水や血液の流れを操るので血抜きができると伝えるとエリックは途端に顔色が悪くなり、命乞いをする。
「オーギュストが殺す前に私が殺しますが、いかがですか?」
「あ、あいつは今、バルナック軍にいるはずだ。それもあって隠れていたんだ。あいつには会いたくない。恐ろしい。昔の仲間でも平気で利用して殺すんだ。ジャンもあいつに殺された。」
「何故、バルナック軍にいるのでしょう?」
「あいつが探している魔導書をバルナックのララーシュタインが持っているらしい。」
「魔導書を探している? 別の質問。オーギュストに協力者はいますか?」
「カミーユだ。パーティのメンバーの。おそらく他にもいるが、分からない。」
「では、もう一つ。私の姉は何処でどうしているか知っていますか?」
「し、知らない。本当だ。本当に知らない。」
クララは一つ溜息をついて脚に刺さったダガーを引き抜いた。またエリックが悲鳴をあげるが、クララは意に介さない。ジャケットに穴を開け壁に刺さった地のダガーも引き抜いた。
「勝手に逃げなさい。助けませんが、見逃します。ただし、二度目はありません。」
エリックは足を引きずりながら馬小屋を出て去って行った。大量の血を流しながら。その後どうしたのかは誰も知らない。
クララは、このバルナックとの戦争を戦い抜けば家族に会えるのではないかと考え、また負けられないと決意した。バルナックに入り込んでいるオーギュストを探せば、自分と同じ目的を持った姉に会うはず。