第65話 激戦
クライテン村を奪還しようとするミッドガーランド軍。
別の港から上陸を狙うバルナック軍。
門番の兵が扉を開けジェフ王とトリスタンが入ると騎士たちが姿勢を正す。ジャカランダの大聖堂にて騎士たちの前に立ったジェフ王とトリスタンは一人一人の顔を見回し、頷いた。ジェフ王が戟を飛ばす。
「騎士たちよ。今が正念場だ。ララーシュタインは、こちらの戦力が分散していると踏んで王都やクラブハウスに攻め込んできたのだろうが、あちらこそ大した戦力はない。国力の差を考えたら分かるだろう。バルナックなどはウエストガーランドの一地方に過ぎないのだ。三年前の戦争でも相当疲弊しているはず。我らの敵ではない。再びこの美しい国土を、勤勉な国民を守ろうではないか。」
騎士たちは大声を上げ足を踏み鳴らし、槍の柄で床を叩き王を称える。音がおさまるとトリスタンが今後の動きについての具体的な指示をする。
「皆、現況は把握しているようなので、そのあたりの説明は省く。今王都に駐屯する戦力を二つに分け、クラブハウスを救う。ベディヴィア卿とダゴネット卿は王都の守りにつき、私の部隊はクラブハウスだ。
時間が惜しいので、全員一時的にレイドを組んで領域渡りを使用して移動する。クラブハウスまでの渡りが使える者が足りなければ、商人や冒険者に協力を要請すること。」
後方部隊の物資輸送なども指示し、テキパキと板金鎧を着込んだトリスタンが大弓を掴み出撃しようとすると、末っ子の王子アランが自分も参加すると言い出した。側近たちが止めようとするが、トリスタンはそれを認めた。
説得する時間が無駄である。それ以前に止める理由もない。王子であるというだけだ。一緒に王都の郊外の魔物退治にも参加しているため、腕前も納得だ。戦力は多い方が良い。
「ご立派です。アラン様。貴方様も騎士でございます。そして、将来はこのミッドガーランドの先頭に立ち、民を導く存在です。兵たちの士気が上がります。参りましょう。」
ジェフ王は、心配そうに末っ子を見つめるが。ジェフ王に何故アランを止めなかったのかと問われないようにするためにもトリスタンはアランを守りつつ、クラブハウスでララーシュタインの軍を返り討ちにせねばならない。かつて、スコット王子を守り切れなかったとして責められ失脚した騎士団長ラーンスロットが偲ばれたが、トリスタンは保身を考えるような卑怯者ではない。
体裁を整えるため、騎乗して城門を出たトリスタン率いる騎士団、大楯を持った重歩兵に弓、魔法の杖を手にした後衛部隊らは拍手で歓送されフィールドウォークのポータルへ進んでいった。見方を変えれば、あれは単に移動手段としての渡りの門ではなく地獄の門だ。
クライテン村奪還作戦から転進し、クラブハウス港を目指す北方艦群はバルナックの輸送船団の船影を捉えていた。
「九隻です。軍船が三隻。大型の輸送船が六。」
「交戦準備。弩に火矢を構えておけ。魔法使いは存分に手柄を立てよ。最大船速で突っ込むぞ。」
すでに半数の船が港に入っており、一隻の軍船からは兵士たちが上陸している。海軍だけに軽装のようだが、常備軍の貧弱な商業都市では対抗できまい。しかし、優先すべきは大型輸送船の積み荷だ。おそらくゴーレムが積まれているはずで、上陸を許せばクラブハウスは簡単に蹂躙されてしまうだろう。ブルーノア船長のアグラヴェインは、目標を絞り込み少ない戦力で最大の成果が出るように考える。
「大きな輸送船を沈める。やばいモノを積んでるからな。他には目をくれるな。」
両軍が近づくにつれ、攻撃魔法や火矢の飛び交う量が多くなる。ブルーノアの船首近く両弦に陣取る魔法使いシイラとバイソンは、応戦しながらも自分たちの出番を待ち、力をセーブしていざというときに備えていた。船長アグラヴェインの判断を信じて。
ブルーノアの船首には体当たり攻撃のための大きな衝角がある。大砲などという物がないこの世界では、海戦とは、魔法や弓矢の撃ちあい。もしくは、横付けした船の乗員同士が直接戦いお互いの船を奪い合うことだ。強力な攻撃魔法を持つ魔法使いがいない限り、船を沈めることはそうそうない。衝角というのは、古い時代から使われており珍しいものではないのだが、魔法が発達したユーロックスという世界では、どれも中途半端で決定的な手段ではない。魔法使いがいれば衝角は不要なものだが、魔法使いは数が少ない。大型弩砲などを積めば櫂の漕ぎ手に負担が掛かる。そして、海で危険なのは、人よりも海棲の生物や魔物であり、これらに衝角は有効ではない。
しかし、このブルーノアは相手の船の横っ腹にぶつけて穴を開け撃沈させることを狙って建造された。もともと船は船首が一番頑丈なこともあり、西と北の隣国に対する警戒、抑止力という意味で、北西方面の軍船には衝角を装備している。
「帆を下ろせ。櫂で漕ぐぞ。漕ぎ手は配置に付いているな?乗員全て衝撃に備えろ。突撃だ!」
五隻のミッドガーランド軍の船は最大速度で矢の雨の中を進み、帆や甲板を燃やしながらバルナックの大型輸送船に体当たりする。怒号と共に大きく前につんのめり、味方にも相当な被害が出るが、二隻の輸送船の腹に穴を穿った。
「よし!よくやった。後進しろ!」
輸送船の脇腹から浸水していく。さらにシイラとバイソンはその破損個所に水流を増す魔法や火力呪文を撃ち込む。水圧に押し潰された上に火責めにあう輸送船側は狂乱状態だが、ミッドガーランド軍の巡洋船も一隻は衝角が折れてしまい、戦線離脱し桟橋に付け上陸し始めた。海戦を諦めクラブハウスの街中での地上戦に臨むらしい。
一度後進したブルーノアが再び体当たりを慣行すると、ついに一隻の輸送船は大きく船体を傾け、乗員たちは海に落ち、マストが折れて帆が裂け沈み始めた。ミッドガーランド軍の兵たちは雄叫びを上げるが、間もなくそれは断末魔の声に変わる。
ミッドガーランド軍のあとの三隻も次々にラムを活かし、もう一隻の輸送船を沈めるが、沈んだ二隻の輸送船から大きな影が出て来た。魚のようでもあるが、頭に手足がある人型、そして胴体と同じ太さの長い尾を持つ。その尾をくねらせ泳ぎ、輸送船から離れたかと思えば、くるりとターンして引き返してくる。
マッハ男爵が率いるバルナック海軍に属する水中戦対応型のインヴェイド・ゴーレム『ワルター』だった。太い尾で推力を生みだしつつ、イルカのような形の頭部を持ち上げ顎をブルーノアの甲板に打ちつけ船体を砕く。通り過ぎるかに見えたが、次には尾を打ちつけて追撃。また回頭すると、ブルーノアの船底を下から突き上げ、両腕でしがみ付いて船の背骨とも言える竜骨をへし折った。旗艦ブルーノア轟沈。
そしてもう一隻の輸送船に積まれていた同型のインヴェイドゴーレムによって、残りの三隻も攻撃を受けている。ラムや魔法で対抗しようとするが、士気が落ちているうえに、もとよりワルター相手には、ほとんど効果がない。三隻のうちの二隻はブルーノア級の大型帆走軍艦よりも小型の高速帆船、いわゆるスループ船と呼ばれる物でブルーノアより小回りは利くものの、頑丈さでは残念ながら下だろう。程なくミッドガーランド水軍の北西船群は沈黙した。多くの水兵が港湾の海底に沈み、僅かばかりの兵は泳いで桟橋に辿り着いたが、疲れ果て、ろくな武具も持たず、まともに戦える状態ではなかった。
クライテン村での作戦に話は戻るが。「喧嘩上等」と思っているのは、なにもレッド男爵だけではなかった。レッドを挟んで向こう側にいるガウェインは目が据わっている。
(サキ、悪いけど出番はないよ。)
「自然の掟、人の営み、ともに苦しみ、ともに生き抜け。大地の怒りを体現せよ。地震!」
先手必勝と思い、デーモンを中心にその周りを囲む一つ目巨人諸共片付けてやろうとヘキサグラムのソーサリー呪文を詠唱したが、ほとんど同時にマチコも仕掛けた。
「落雷の鞭を喰らいなさい!」
マチコも同様に考えていたか。彼女はアーティファクトを着けた腕を振り下ろした。俺が使う局地的な地震による攻撃呪文とマチコの雷撃が重なった。この呪文は空を飛ぶ相手には効果がないが、マチコの手甲の能力があれば、デーモンが飛び上がるのを押さえつけられる。そしてサイクロプスどもには問題なく効くはず。上手くいけば一網打尽。
そして放電された衝撃が消えたかと思うとガウェイン、ライオネル、ファーガスの騎士三人が飛び込んで槍を衝き、それぞれサイクロプスの胸を貫いた。仮に心臓を突いたとしても、直ちに動きを止めるわけではない。ここで反撃を受けて相討ちということもある。ガウェイン、ライオネルは古参の騎士、ファーガスも農民から成りあがったとはいえ探索者や冒険者としてはベテランであり、すぐに槍を引き抜いて構えた。
「ほう。やるではないか。人間ども。」
倒れる巨人たちの真ん中に地震雷にも耐えるデーモンが立っていた。ゆっくりと黒い翼を伸ばし、大きく息を吸っている。
ブルーノアの魔法使い二人の名前は
宇宙空母ブルーノアの艦首に接続される潜水艦シイラと
艦尾甲板に搭載の多目的攻撃ヘリ・バイソンから。