第62話 囮
前回
クッキーの強力な攻撃呪文 マナコレダー で敵ゴーレムを倒した。
三体のバルナック軍のゴーレムが一発の魔素粒子加速砲で消し飛び、抉れた地面が残った。土埃が舞っている。
「クッキー。すごーい。やっぱりパーティに入ってもらって良かった。」
クララが隣の席から抱きついてくる。いいぞ。もっとやって。
サキとマチコも喜んでくれている。
「凄いじゃない。これならどんなに頑丈な相手でもいけそうね。」
「ああ。いけるぞ。クッキーは逸材だな。この呪文知ってはいたが、実際に使える者には今まで会ったことがなかった。」
決め技で敵ゴーレムは消し去った。だが、トロールがうようよしている。サキもそれを気にしているようだ。
「ゴーレムは三体とも完全に消えたか?
他の戦況はどうなっている?」
クララはタロスの操縦をマチコに返し、本来の役目の索敵や後方警戒に戻る。この索敵能力もタロスに内包されたマナを活用するものだ。
「ゴーレムはいなくなりましたね。でも、トロールがうようよしてるわよう。この辺だけじゃなく、村の東側も、向こうの北側も。」
「妙だな。そんなに何人もの召喚士がいるのか?
しかもトロールばかりとは。」
サキはしばし考え込み、クララに尋ねた。
「デーモンはいるか?恐竜と戦ったときの奴だ。」
「いませーん。」
すると、何かに思い至ったらしい。
「クッキー、クララ、二人でデイヴを捕まえに行ってくれ。私とマチコとで、残りのトロールを片付ける。私が行きたいところだが、私が行くとタロスが動かないからな。」
「俺、そのデイヴって人の顔も知らないけど。」
「大丈夫だ。あっちから突っかかってくるだろう。」
「チンピラみたいだなぁ。」
するとマチコが、小声で話しかけてきた。
「あの女好き、クララにちょっかい出してくるから、あんたの魔法で火炙りにしちゃっていいわよ。あたしも何回か股ぐら蹴り飛ばしてやったわ。クララを守りなさい。」
「わ、わかりました。」
マチコに煽られて慌てて返事をした。たしかにクララにちょっかい出すのは許せん。
クララと二人でポータルを潜りタロスのコックピットを出た。俺たちが出たことを確認すると、今度はサキがマチコに話す。
「マチコ。ちょっといいか?
クッキーのことだがな。あいつ、ウィザードとして冒険者として、期待以上に優秀なんだが。」
「どうしたの?」
「人を殺せないだろう。二本足で歩く魔物なら殺せるが。人間同士の戦で、戦えるか?」
「あ、言われてみれば。味方の騎兵を助けたときのハイドロブラストは、ただの水攻めだわ。どうして得意の火力呪文じゃないのかしら、と思ったけど。人を殺さないように?」
「だと思う。マチコも二人と一緒に行ってくれるか?」
「まかしといて。いざとなれば、あたしがデイヴの首を獲ってくるわ。」
「そうじゃないことを祈ってるよ。まずはしっかりと話し合うんだ。頼むぞ。」
マチコがタロスから出ると、サキはタロスにトロール討伐を命じた。
「タロス、こうして二人で話すのは久しぶりだな。」
「ハイ、ますたー。」
「クッキーの魔法はどうだ?学習できたか?」
「くっきーサンノ魔法、多少ノ偏リハアリマスガ、トテモ強力デス。まなこれだーハ難易度ガ高イ呪文ナノデ、マダ解析デキマセンガ、他ノ呪文ハ習得シマシタ。」
「よし。いいぞ。
では、トロールを斃しながら、デーモンを探せ。おそらく、そいつが今回の本命だ。」
サキは複数の召喚士がトロールを呼び出し使役しているのではなく、恐竜のときと同じく、大きな魔力を持った上位種のデーモンがトロールの群れを別の場所から領域渡りなどの手段で移動させているのだと考えた。そのデーモンを片付けてしまえば、これ以上トロールが増えることはないと。
タロスがトロールを蹴散らし始めるとミッドガーランド軍もバルナック軍を討つための攻撃に出る。重騎弓兵がトロールを囲み、マリアの提案で作られたマジックアイテムの鏃を備えた矢を用いて 一斉射撃。
円い穴を開けた鏃にトークンを詰め、それぞれのトークンの色によって様々な効果を発揮する。今使用しているのは主に赤いトークン。赤マナの魔力が込められた矢は当たると高熱を発しトロールの身体を焼く。村の中では、村を焼いてしまうデメリットもあるが、村の郊外、草原での戦闘である。これを使うなら今が好機。
村側のバルナック軍からは、1キロ先の土嚢を積んだ陣までは矢が届かず、魔法以外の攻撃の対象となるのはタロスだけだ。魔法も闇雲に使ったのでは当然防がれる。その為のトロールであったが、新しい戦術でかき回されているのだった。
しかし、トロールの数はどんどん増えていく。バルナック側としてはタロスに対抗するのはインヴェイドゴーレム『ハイルV』の役目だったはずが粉砕され、タロスを足止めするために益々トロールの数を増やす。一進一退の攻防が繰り返されるのだった。
東側の陣からミッドガーランド軍の指揮を執るガウェインは、膠着状態を破るための策に出た。副将として参加しているパーシバルを呼び、告げる。
「南側が一番激しい。私はそちらへ加勢に行くので、ここを頼む。それから北側のライオネル卿に攻め込むように伝えろ。例の弩を使うように。」
そして、農民から騎士へとなり上がったファーガス卿に旗を持って付いてくるように指示を出し、南の陣へ向かう。このファーガスの持つ旗が目立つため、囮となり、さらに多くのトロールを東側から南側へと集めることになるのだが、本当の囮に引っ掛かったのは、実はミッドガーランド軍であった。
その頃、王都ジャカランダではまたも空からの強襲を受けていた。トリスタンやベディヴィア、ダゴネットといった屈強な騎士たちが守りに就いていたのだが、軍の主力は不在。
デーモン三男爵の一柱ガンバ男爵が率いる三体の空飛ぶゴーレムによるものだ。据え置き式弩砲や投石器では追えず、通常の弓矢や弩砲ではダメージを与えられない。隙を見つけては、急降下して地上すれすれの低空飛行から熊手のような爪で、あらゆる物を引っ搔いて壊し、上空へと逃げる。
だが、これさえも囮の一つだった。ララーシュタインの本当の狙いは別の場所。
旗艦ブルーノアをはじめとしたミッドガーランド水軍がクライテンの西側に集まっている裏をかき、バルナック軍の輸送船団が商業都市クラブハウスの港を目指していた。クライテンの小さな漁港には入れない大きさの大型帆走軍艦も混ざっている。
この船団を率いているのは、三男爵のマッハ。デイヴとガンバを囮に使い、本隊としてミッドガーランド第三の都市クラブハウスを侵略すべく進軍していた。ガレオン船には新しく調整されたインヴェイドゴーレムを積んで。ララーシュタインの目論見のとおりに事は運んでいた。
クライテン村の奪還作戦はまだ続きます。