第60話 格闘戦
クライテン村の住民を避難させ、奪還作戦の開始。
フィールドウォークに似たポータルを潜りタロスのコックピットに入ると高い目線からクライテンの港が見えた。その埠頭でゴーレムが立ち上がろうとしているのが分かった。
マチコは一番前の自転車のサドルのような座席に着き操縦桿を握る。クララは中段左側のやや外側向きの席へ。俺はその右側。サキは後ろ側、上段の高い位置へ。
北の陣地から出発しクライテンの村の中を突っ切ってきた騎兵が、バルナック軍が掘った村の外苑の塹壕を飛び越え、此方に走ってくる。そしてその騎兵を追いかけるバルナック兵。
「サキ。北の陣地からの勇敢な人たちがでてきたわよう。」
「よし、上手く客引きしてくれたようだな。騎兵は何騎出て来た?」
「えーっと、二十四騎。」
「二割がやられたか。精鋭とはいえ、やはりキツイ役目だな。」
サキはどのくらいの被害が出ているのか、味方の戦力が現在どの程度か、気にしながら動こうとしている。先陣騎馬隊を追うバルナック兵は半弓を撃ちながら、塹壕に入っていく。塹壕といっても、タロスの高さからは敵兵の頭の兜がよく見えるのだが。
「彼らの献身に報いようじゃないか。」
サキの言葉を俺なりに解釈し、行動に移した。初めて使う魔法だが、水系のインスタント呪文だ。
「水霊波!」
タロスの顔前に浮かんだ正方形を含む魔法陣から水流の束が数条、バルナック側が掘った塹壕に向かい、水圧で兵士たちを押し流した。タロスによって魔法は増幅されるので通常の何倍もの水量になっている。塹壕は水が溜まって川のようになり、塹壕に身を隠したはずの兵たちは、呼吸するために塹壕から顔を出さなくてはならず、慌てふためく。足を取られるので、当然南の陣地へ走り去ろうとするミッドガーランドの騎馬兵の背を撃つことなどはできない。
「よし、上手いぞ。クッキー。」
「味方を救ったわね、クッキー。」
「やるじゃない。負けてられないわね。あたしもやるから見てらっしゃい。」
タロスが味方の陣地の土豪を跨ぎ前進すると、バルナックのゴーレム三体が走りだした。そのゴーレム三体を操るのは、またもデイヴである。
このクライテンに運び込まれたインヴェイド・ゴーレム四体は、最初にタロスに敗れた『ハイル』を含め、全て試作型ではあるが、今回の三体の『ハイルV』は、言わば駒として連携して行動することを前提に造られている。『ハイル』を多少改良し関節の可動範囲が広く滑らかな動きをするようにはなったが、コンセプトが違う。集団行動する蟻が三匹いるようなものだ。
「また来やがったか。シルヴァホエールのタロス。取り囲んでボコってやるぜ。」
「目標、視認した!村に被害を出さない場所まで来たら撃ちます!」
「おう、ものの数秒だ。」
近づいてくるゴーレムを見て、俺は前回恐竜の後に戦った物とは、外見上の違いがあることに気が付いた。肩関節と膝から下の脚に違いがある。
「サキ、前回のとは少し形が違う。肩と脚。出方を探るためにも撃つ!」
「よし、やってくれ。」
「こっちからも行くわよ。先手必勝!」
手前のインヴェイド・ゴーレムの頭を狙って火力のインスタント呪文衝撃を唱えると同時にマチコはタロスを走らせた。前傾姿勢からの豪快なスタートダッシュ。先頭にいたハイルVは一瞬だけ動きを止めたが、お構いなしに突っ込んでくる。額の『emeth』の文字を焼ければ早いと思ったが、そう上手くはいかないようだ。
このままでは三体一遍に相手しなくてはならない。敵の手を遅らせる。火力ではない支援向きのインスタント呪文を使う。
「捻り!」
マチコの優れた体術で一体ごと捌くにしても時間差が必要だろうと考え、前から二番目のハイルVに向けて対象を捻くり回す魔法を掛けた。ハイルVの一体が横に倒れ、さらにその後ろを走ってくる三番目のハイルVを巻き込んだ。二番目に躓いた三番目が前に転び、頭から地面に落ちる。これは予想していないラッキーだった。まずは先頭の一体のみを相手にできる。
「よくやったわ、クッキー。」
タロスは先頭を走ってきていたハイルVに向け、そのまま突っ込む。両手を前に出したかと思うと、左右に交差させる。やや前傾になり正面から自分の右手をハイルの右脇の下、左手を左脇の下へ差し込み、お互いの走る勢いを活かし、ハイルのボディを持ち上げつつ、左右の腕を大きく一文字に開く。浮き上がったハイルVはクルリと回り、四分の三回転。仰向けとなった。タロスはそのまま右手でハイルのヘソのあたりを押さえつけ、沈み込むと左膝を立て、しゃがんでハイルの背中を自分の左膝の上に落とし込んだ。
ハイルVが仰け反って地面に落ちた後、しばらく動けない。
「決まったわ!風車式背骨折り!」
「うわっ、すげえ!何をどうしたら、こんなスピードで派手な投げ技がきまるんだ?!」
「もう姐さんが何をしたのか理解できませんよねー。」
「最高だよ、マチコ。やっぱりおまえはいい女だな。」
「えっ、サキ、ここでノロけんの?」
この技には驚いた。クララは笑いながら拍手している。サキも満足気だ。
これは風車式バックブリーカーとも呼ばれるプロレス技。ゲブラ・・・なんとかはスペイン語?日本のプロレスラーでも使う選手はけっこういるそうだ。マチコは投げ技と膝蹴り、それに肘打ちが得意らしい。至近距離戦の鬼だな。
ゴーレム同士でのバトルとなると意外とどう戦えば良いものやら難しい。相手にはダメージを与え、自分はダメージを受けずにとなると、そう選択肢は多くないはず。それで投げ技なのだろうが、自律式のゴーレムでは単純な動きしかできず、蹴る殴るの明解な戦術しかないのがほとんど。これこそが、人が直接操るタロスの強みだろう。
ちなみにプロレスの打撃技では、肘打ちは反則のはずだが。マチコが言うには
「いいのよ。五秒以内だったら。」だそうだ。反則技を五秒以上使うことが反則。いや、ゴーレム戦にプロレスのルールは当てはまらないか。
「いいわねえ。ゴーレム戦。四つ足や異形のモンスターと戦うより、ずっといいわあ。相手がヒト型なら、かえって戦いやすもの。ホーッホッホッホ。」
マチコは高笑いだが、さすがプロの格闘家。隙を見せず、すぐに両足を揃えてジャンプすると右に回り、右の踵で起き上がったばかりの別のハイルVの側頭部へ蹴りを入れてなぎ倒した。回転後ろ蹴り。さらに着地するとその反動を活かして、三体目の顎には右の二の腕を叩きつける。斧爆弾だ。
南側の陣地の騎士、兵士たちは大いに沸いた。モチベーション爆上がりで歓声が起こった。
「すげえ迫力。」
「勝てる、勝てるぞ!」
「シルヴァホエール万歳!」
地団太を踏むデイヴ。デイヴの周りに数人のバルナック兵が駆けつけ、なにやら耳打ちをすると、幾つかの魔法陣が浮かぶ。
その魔法陣に気がついたクララが目を見開き、サキに報告。想定外のことがあったのだろうか?
「サキ、大変!あっちにデイヴがいるわ!」
「なんだと!?」
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