第59話 奪還作戦
侵略された漁村を取り返すべく作戦開始。
日没。ミッドガーランド西海岸の漁港クライテンを見張る斥候部隊から軍の司令部へ風の魔法を使った通信での連絡が入った。これまでに入港したバルナックの輸送船は四隻。小さな漁港なので、この港に入れる大きさの船では、ゴーレムを積むのは、一体のみだろう。つまり運び込まれたゴーレムは最大四体。うち一体は、タロスが撃破した。あと三体のゴーレムがあると推測された。
「これ以上のゴーレムの上陸を許すわけにはいかない。海上封鎖だ。クライテンの港を包囲しろとブルーノアに伝えろ。」
ミッドガーランド軍の総指揮であるガウェインが士官の騎士に指示する。ブルーノアとはミッドガーランドの北西部のリマーを母港とする水軍の旗艦である。ミッドガーランドには大きな軍港が二つある。大陸側に睨みを利かせる南東部のホリー。隣接するノースガーランドと海峡を隔てたウエストガーランドを警戒するための北西部のリマー。そのリマーから巡洋帆船十隻が出動し、クライテンの港の航路全てを塞いだ。クライテンの港にまだ残っていたバルナックの輸送船二隻が釘付けとなった。
その水軍の動きと連動し、ミッドガーランドの国軍主力部隊がクライテン村の北、東、南の三方を取り囲み、村の外郭から一キロほど離れた場所に馬車や荷車に積んだ土嚢を領域渡りで運び、積み上げて即席の陣地を構築する。恐竜がセント・アイブスを襲ったときと違うのは、土嚢の合間合間に木枠を挟み込み、細い窓を作っていることだ。これで土嚢の上に頭を出すことなく、敵の様子を探り、またこの窓からは矢を射ることができる。そう。日本の城の城壁に見かける『狭間』だ。現代ならば『銃眼』。
そして攻撃に出るときの為に、この壁には幾つか切れ目があり簡素な城門のような物を設けてあるのだが、この門の前にも二重三重の土嚢を積み、櫓を建てた。打って出るには、門を出て目の前にある土豪の壁を左右に避けて進めば良い。この陣地を攻める方としては、当然一番弱そうな門を狙うだろうが、この門が実は防御力が高いわけだ。これまた築城技術の一つ『馬出し』という。これは日本に限らず、あちこちの国や地域にあるのだが、なまじ魔法の発展した、このユーロックスにはない発想だった。
これが俺の提案した戦術なのだが、俺が直接の指導をしないのに、一晩で陣地を完成させてしまうのは驚きだった。魔法を使った作業もあるが、魔法使いは四人に一人程度、しかも精霊魔術の生活魔法しか使えない者が大半だ。この国の軍、騎士団や兵士、冒険者たちの能力と士気の高いこと。見習うべき事が多い。
そして、タムラとマリアの発案から実用化された新しい武具。サキと俺が提案したシャリオ計画の馬車が運びこまれ、夜明け前にクライテン奪還作戦の準備が整った。第一フェイズ終了といったところか。
しかし、この作戦の難しいところは、クライテンの村人の救出だ。村人が人質に取られていると考えて良い。敵側の兵となっているかもしれない。作戦の第二フェイズとして、夜明け前にレンジャーの職能を持った兵が潜入し、一人でも多くの村人を漁や農作業の振りをして村を出るように誘導する。
その様子はサキが送り込んでいたオートマトンと木菟のリュウの偵察で俺たちにも伝わっている。夜が明けると漁船が港を出て行く。沖へ出れば水軍の軍船が保護する。鍬や鋤を持って家を出れば家族総出でも農作業に出掛けるようにしか見えないだろう。そのまま村を出て田畑を通り越し陣地まで歩いてもらう。ある者は頑丈な倉庫や地下室に籠り、またある者は村の収入源である魚の干物や煮貝を積んだ馬車に乗り商売を装い村を出た。
「今のところ上手くいっているようだな。我々の出番はまだまだだろうな。」
サキは、尖兵たちの活躍を確認して落ち着き払っている。俺たちは敵ゴーレムに対抗する役目なので、それまでは待機。しかし、三体のゴーレムがあることは判っている。必ずタロスの出番がまわってくるはずだ。
「村を破壊するわけにはいかないからな。できるだけ村の外へゴーレムを誘導する。それから火力呪文も使いどころを間違えないように。」
「そのクッキーの火力呪文に大いに期待してるんだけど?」
「そうよー。ゴーレムは三体いるんでしょう?」
「クッキーの魔法は火力だけではない。できるよな、クッキー。」
「ああ。なんの制約もない仕事なんてありえない。やるさ。ためしてみたい呪文だって幾つかあるし。」
明るくなると騒がしい音が聞こえるようになってきた。戦闘が始まっただろうか。次々と村人が出て行くのを不審に思ったバルナックの兵が外に出て砦ができていることに気付いた。クライテンに潜入していた尖兵が引き返してくる。工兵部隊が渡しておいた板の上を渡り、バルナック側が掘っていた塹壕を越えて帰ってくる。何人かのバルナック兵を討ち取ってきたようだが。
今俺たちがいるのは、村の南側。セント・アイブスを背に左手に海。海岸線にゴーレムを連れ出せば、タロスで止めを刺す作戦だ。ゴーレムでなくとも大型の手強い敵がいれば出番となる。
尖兵が東側の陣地に戻ったことで、本格的に奪還戦が開始となった。本陣である東側の陣地から大弓を持ち重装板金鎧を着込んだ騎馬兵、重騎弓兵五十騎が走り出て横に並び、その隙間を抜けて軽装の半弓を構えた騎馬隊が塹壕を飛び越え村へ入っていく。あれは先陣を切る精鋭部隊だ。村の中を駆け巡りありったけの矢を放つとたくさんの悲鳴が上がり、また早駆けで本陣へと戻る。
それを追ってバルナックの兵が出て来た。まずは置き盾を持った者が固まりで、続いて弓隊。塹壕へ入ろうとするが、半数の者は、その前に重騎弓兵の餌食となった。重騎弓兵はゆっくりとだが、馬の歩を進めながら大弓を使い、長い射程を活かしてバルナック兵に反撃の隙を与えない。反撃があっても、地味ながら騎馬は移動しているし鎧も重装で矢に当たらず、致命傷は受けない。魔法での攻撃もあるが、重騎弓兵の後方に構える魔法兵団が、その攻撃を無効化している。
「へえ。指揮官のガウェイン卿。さすがはレイゾーさんのパーティで三年前の戦争を戦った人だなあ。」
「ああ。この調子でバルナック軍を外に誘い出してくれれば良いのだがな。村の中で立て籠もりとなると厄介だ。ガウェイン卿は野戦にするための短期決戦を狙うだろうな。」
サキの予想通りになった。北側の陣地から三十騎ほどの騎馬が出て、此方へ向けて村を縦断するようにとの命令が下ったそうだ。その騎馬隊を追ってゴーレムが動いてくるだろう。この海岸線は地形がわりと単純。典型的なミッドガーランドらしい自然環境で、大木もほとんどない。草原に低木ばかり。ゴーレムが動き出せばすぐに視認できるはずだ。逆に言えば、向こうからもタロスは見える。
「よし、しばらく待てば南側へ出て来るぞ。タロスを召喚しよう。タロスに食いついてくるだろう。」
「逆に逃げることもあるんじゃないかしら?」
「えー、タロスを恐れてですかあ?」
「こないだ、サキとクッキーで敵のゴーレムをコテンパンにのしちゃったんでしょ?」
「いや、マチコ姐さんが怖くって逃げると思う。」
「クッキー!なんか言った?」
「いいえ、なんにも。」
「ゴーレムに性別があるか知らないけど、男だったら鼻の下伸ばしてあたしとクララを追いかけてくるわよ。」
「あー、それはケシカランですねえ。へこましてやらねえと。」
「「でしょ!」」
クララとマチコは変なとこで呼吸ピッタリだ。声が重なった。これがタロスを操るうえでも役に立っているのだろう。
サキが両手を組むと十字架を刻まれた大きな魔法陣が地面に描かれた。四極魔術の魔法陣だ。魔法陣の中の縦長の線の両端にある円形の紋様が強く光る。
時間と空間の魔法を使う兆候だ。ここではマナが動いている様子はない。ダイヤグラムは精霊の力を借りるか、白黒グレー、クリアーの無彩色のマナを使うかのどちらか、または両方で発動できる。
サキは白魔導士のはずなので、ダイヤグラムは白マナ、精霊では天使または光の精霊との取引を得意とするはず。一方では黒マナ、魔族、闇の精霊との取引をする黒魔術は使えない。
そして時空魔法を使えるというのは、呪術師でもある。物や人や場所に魔法効果を付与する、呪いを掛ける、マジックアイテムやアーティファクトを作成できるということだ。白魔術士は、この白魔術を使うが、上級職白魔導士となると、さらに六芒星魔術も扱える。有彩色の赤、青、緑、黄、シアン、マゼンタの六色のマナの魔法を行使でき、黒以外は使えることになる。
ちなみに魔導士は唯一五芒星魔術を使える職能。ペンタグラムを超高等魔術とも呼ぶのは、二重の五芒星の魔法陣に十色全てのマナを当てはめることで、理屈の上では全ての魔法の呪文が使用可能だからだ。実際には、マナや精霊との相性や魔力の強弱、魔法への理解、知識、集中力などの影響があるため、全ての魔法など使えないが。
話は戻るが、サキはマナなしでダイヤグラムを使っている。時空魔法なので、時の精霊、空の精霊と相性が良いのだろう。天使か光の精霊とも取引をしているはずだ。
「青い月を仰いで申す。天と地の理をわきまえ巨神ゴルグの足下にて、その力を貸し与え給うことを祈るものなり。召喚ミスリルゴーレム。」
草原の大地に、植物の芽が生えるかのごとくタロスの鈍い銀色のボディが現われた。まだ低い位置にある太陽の光を受けて輝いている。
軍港の名前ホリー、リマーは、前回の漁港同様に
「宇宙船レッドドワーフ号」から。
軍船ブルーノアは
「宇宙空母ブルーノア」がネタ元です。