第56話 朝飯前
明けましておめでとうございます。
今年も週2回くらいのペースで更新していけたらと思っています。
宜しくお願いします。
夜明け間もなく。海岸の五つの石塔の前でレイゾーは手を合わせ黙祷していた。
「すまない。皆が文字通り命懸けで戦争を止めたのに。結局また戦争になってしまった。」
五つの花束を捧げながら、石塔に話しかける。左端の十字架から、右端の四角柱まで。
「スコット。君の弟たちは頑張ってるよ。見守ってやってくれ。
ランスロット。親子で世話になってしまって。息子さんには、まだ力を借ります。
杏子、一登、祥子。僕たちの夢を忘れたわけじゃない。また何度でも戦争を止めて、こっちの世界でもいいから、でっかい会場に大勢集めてライブやってやるから。」
そのレイゾーの背中を見つめるようにして歩いてくる二つの人影。ガラハドとマリアだ。やはり花束を抱えている。
「よお、すまねえな。親父にも花供えてもらってよ。親父、ヴァルハラで喜んでると思うぜ。俺からも礼を言うよ。」
「おはよう。考えることは同じね。やはり此処に報告に来ないとね。」
「ああ、おはよう。仕事が空いてるときに来るとなると、始まる前で、この時間かな。で、こんな朝早く二人揃ってというのは、昨夜から二人は一緒かな?」
「お墓の前でそういうこと言わないの。」
(否定はしないんだな。よかったねえ、ラーンスロット。)
レイゾーは、ガラハドとマリアが墓前に花を供える様子を見ながら、ランスロットに感謝した。ランスロットがいなければ、二人がパーティに加わることはなかった。
「二人とも、ランチタイムには店に来てくれるんだろ?」
春キャベツが入荷したことから、取調室のメニューが増える。今日の昼には、その新メニューのお披露目、試食会だ。取調室の食事が充実することは冒険者の誘致に繋がることでもあるので、ギルドマスターの二人には是非参加してもらいたい。
そして、集まる顔ぶれを考えれば、当然今後の戦争についての意見が聞けるだろう。
「ああ、勿論行くさ。」
「ご相伴に与ります。」
日課の朝のランニングから帰ると、サキに声を掛けられた。さすがにサキは二日酔いするような飲み方はしないな。
「おう、帰ってきたな。忙しなくてすまないが、話がある。着替えと洗面を済ませたら、朝食の前に、ちょっとな。」
「ただいま帰りました。話ね。了解です。」
クララとマチコが用意してくれた朝食の美味そうな匂いを嗅ぎつつ、席に着いた。トーストにコーンスープ、シーザーサラダ。この世界では家庭用のガスコンロなんてものはないが、魔法を使えば大抵のことはできる。
「昨日、交戦したゴーレムのことを探るためにオートマトン一体を置いてきたのだが、先程、魔法通信が入った。バルナックからの迷惑な贈り物だな。今日のランチもこの話になりそうだが。食べながら話そうか。」
「そうね。冷たくなっちゃうもの。」
マチコが卓上の食事とサキの顔をチラチラと交互に見ていた。それに気づいたサキは「食べながら」と言う。やはりマチコは食にはこだわりがありそうだ。料理は上手いらしいし。手を合わせ、しっかりと「いただきます」の挨拶をしている。俺を含めた三人も同様に挨拶した。
サキの話によれば、此処セント・アイブスと商業都市クラブハウスとの間には漁村が二つあり、その一つ、セント・アイブス寄りのクライテン村がバルナック軍に占領されたようだ。ゴーレムの足跡を辿ったところ、クライテン港にギリギリ入れる大きさの大型輸送船が寄港していた。村に大きな人的被害は出ていないようだが、村の周囲はバルナック兵で固められていた。港や主要な施設は接収され村人は労働力としてこき使うのだろう。この港を橋頭保として、さらに大きな港を持つクラブハウスを攻めるか、ゴーレムを運び入れるか。
なぜ、ゴーレムを船で運ぶのか。冒険者が移動手段として使う領域渡りは一度行った経験のある場所まで空間魔法によって瞬時に移動する。とても便利なスキルだが、当然制約もある。冒険者ならば、金を納めることでギルドの神殿にてエンチャンターに付与されるのだが、使うには魔力を消費する。魔法使いでなくとも魔力を持っていれば可能だしパーティの一人が使えれば十分だと言えるが、魔力を持っている者はそう多くない。さらには、距離に応じて魔力消費は多くなり、頻繁に使わなければ移動場所を記憶していられる期間の目安は三年ほど。過去行ったことがある場所も三年程行かなければリセットされスキルで行けなくなってしまう。短時間に長距離の移動をするときには、複数の術者が交代でスキルを使うこともあるが、その場合は同一パーティに渡りを使える者が複数いなければならない。
そして、やたらな場所に移動することもできない。プライバシーの侵害、防犯の問題につながるからだ。この解決法としては、渡りはある種の電磁波やケイ素に弱いらしく、金属や陶器、ガラスなどには、出入口を作れない。建物の壁にタイルを貼る、酸化鉄成分を含む塗料を塗るなどすれば出入りできないし、罪人を鉄の牢に閉じ込めれば逃げられることもない。
ゴーレムの移動に関しては、出入口の大きさもそうだが、質量が問題だ。土や金属でできた巨人を簡単には移動できない。先日タロスと交戦したゴーレムの質量は恐竜の比ではない。多人数の魔法使いによって魔法陣を囲み一斉に呪文を詠唱する『大魔法』で大きな荷物を送る実験もされているが、上手くいっていないそうだ。
そして、ここまでの話で、タロスの特殊性も分かるだろう。タロスは魔法親和性の高い素材のミスリル製であること、ボディ内にマナを取り込んで貯めていることから領域渡りに近い召喚が行える。出鱈目に運用効率が高い。もしタロスが幾つもあって軍事利用されたら、とんでもないことになる。
それはさておき、バルナック軍は宣戦布告のためといいながら、未知の大型古代生物『恐竜』を暴れさせ、それを隠れ蓑にゴーレムを移動させる港を目立たずに占拠する作戦だったのだろう。クライテン村の作戦行動は人間の兵士によってのみ、速やかに実行され、村の住人にも被害が少ない。
「バルナックには優秀な軍師がいるようだな。」
サキも畏れ入ったという表情だ。しかも、これはクライテンの住民を人質に取られているということ。クライテンの村、港を取り返すのは大変な軍事作戦になるだろう。
一つ、明るい話題としては、クライテンの郊外にミッドガーランド軍の偵察、二個分隊がいたそうだ。たかだか十数名のその戦力では、すぐに村を取り返すような軍事行動はできないが、状況を探れる。軍が把握しているか、いないかでは大きく戦況が異なる。今頃は軍でどう対応するか、作戦を練っているはずだ。
「まずは、我々は街の守りを固めよう。クライテンの作戦に参加するのなら、ギルドかクランを通して依頼があるだろう。ゴーレムがある限り依頼は必ずあると思うがな。」
サキの言う通りだろう。俺たちはクランSLASHを通して幾つかの戦術を王都の騎士団に提案している。それが少しでも役に立つことを願う。ゴーレム相手では無駄かもしれないが、サキの自動人形一体はクライテンに張り付いている。動きがあれば対応しよう。
次回は取調室の新メニューですね。