第55話 戦支度
インヴェイド・ゴーレムのハイルを退けたが、今回は敵、ララーシュタインの側の様子から。
予てからミッドガーランド侵略の一番の障害になるだろうと警戒していたシルヴァホエールのゴーレムタロスが復帰し、さらには中長距離や上空の応戦を可能にする魔法使いの加入で攻撃力が増した事を報告しなければならない。インヴェイドゴーレムの試作一体目のハイルを失いデイヴは恐る恐るララーシュタインに面会した。その傍らにはウィンチェスターが控えている。
「総統閣下、申し訳ございません。ハイルを失いました。恐竜の討伐中にシルヴァホエールのタロスと交戦し、敗北しました。」
片膝を付いたデイヴは顔を上げられなかった。こめかみから顎を伝って冷や汗が床に垂れる。
「パーツ一つ残らなかったそうだな。小さな残骸でも持ち帰るべきであったが、回収できなかったのならば仕方がない。」
「重ね重ね申し訳ありません。シルヴァホエールどもペンタグラムのマナコレダーとダイヤグラムのレイズを使用し、ハイルは全身が消し飛ぶか地に戻されました。」
「どちらも高難度の呪文だ。それが増強されるのだからミスリルゴーレムというのは厄介なものよな。しかし、データは取れた。」
ウィンチェスターは頷いている。しかし浮かない表情ではない。
「総統閣下。後は私から話しましょう。」
「そうだな。」
ウィンチェスターによれば、ハイルを失った事は気にしなくても良いと。ハイルは言ってみれば、ただの歩兵。三年前の戦争では多くの死傷者を出し、バルナックには残された兵も多くない。それを補うための補充兵であり、まして今回タロスに負かされたのは試作段階のものである。
ハイルは対人兵器の延長であり、数で押し、本命のインヴェイド・ゴーレムを活かすための支援をするのが役目。ハイルを基に陸海空の三軍に特化した兵士、また騎士に相当する本命のインヴェイド・ゴーレムを開発している。この侵略戦争のララーシュタインの決め手は、ゴーレムではなくゴーレム軍団だ。
今回の恐竜との交戦データを基にハイルの改良を行うため、シルヴァホエールのストーンゴーレム、大型のミスリルゴーレムと予定外の接触があったのは、むしろ好都合であった。プラスアルファのデータを入手したわけだ。
「デイヴよ。よくやった。次は高さ5メートル級のインヴェイドゴーレムを試してもらおう。ハイルに比べたら小さいが、これこそ対人兵器だ。ハイルでシルヴァホエールのストーンゴーレムとも交戦してきたが、そのあたりが直接対決の相手となろうな。」
ウィンチェスターには賞賛され、次の任務を命じられたことで、デイヴはホッとした。何かしらのペナルティを与えられるものと覚悟していた。
しかし、ハイルに次いで試作された三軍に特化したインヴェイド・ゴーレムは、それぞれ三男爵に試験運用させるそうで、これはデイヴとしては不服であった。三男爵がそれぞれ陸海空の三軍の将であるとはいえ、より強力、重要なゴーレムをデーモンどもにくれてやるとは。デイヴは拳を強く握りしめ爪が白くなっていた。
ここでララーシュタインが再び口を開いた。椅子の肘掛と背もたれをゆったりと使い、脚を組み直しながら目を細め口角が上がる。
「デイヴよ。おまえの役目はな、諜報活動が第一だが、ゴーレムのデータ収集は戦場にてやってもらう。実戦での結果も期待しておるぞ。」
「ははあっ!」
デイヴは畏まった。手柄を立てる機会があるのだ。
「輸送船に5メートル級のインヴェイド・ゴーレム『ルガー』を積み、再びミッドガーランドへ行け。」
恐竜を放ち首都ジャカランダへ宣戦布告をしたときには、レッド男爵の領域渡りによりミッドガーランドの西海岸へ恐竜を送り込んだが、魔法による移動手段としては、あれが限界なのだ。大勢の魔法使いが魔法陣を囲み同時に呪文を詠唱する「大魔法」ならば、あれを越えることができるのだが、バルナックには魔法使いの頭数が少ないのだった。大きなインヴェイド・ゴーレムは船で運ばねばならない。宣戦布告のおりに漁村の一つを制圧し漁港を抑えてあるものの、大型船は入りにくい。
『ルガー』を使い漁村から攻め込み、別の大きな港を占領しろとの命令だ。その大きな港から大型の主力インヴェイド・ゴーレムを上陸させ、本格的な侵略を始める。
「橋頭保を確保する重要な作戦。勿論おまえ一人に丸投げするわけではない。三男爵も一緒に行動させる。レッド男爵のフィールドウォークで新しい魔物を送り込む。マッハ男爵にはミッドガーランドの海軍を牽制させ、ガンバ男爵は上空より援護だ。」
デイヴのやる気に火が着いた。武者震いするのが自身にも分かるらしい。
「総統閣下。それが成功すれば、タロスに勝つためのインヴェイド・ゴーレムを送り込むことが可能になるのですね。」
「そう、その通りだ。」
「お任せください。命に代えても成し遂げてまいります。」
デイヴは執務室を出て『ルガー』がどのようなゴーレムなのか、工廠へ観に行った。
処変わってジャカランダの王城。円卓の玉座に座りながらも顔は下を向いたジェフ王は深い溜息をついた。
「こんなときにスコットとランスロットがいてくれれば。」
内務大臣のジョンが父を窘める。
「父上、それは詮無いことです。死んだ者は生き返りません。国王として堂々と構えていてください。兵たちが弱気になります。お気持ちが分からないわけではありませんが。」
三年前にバルナックからの侵略があり多くの犠牲を出しながらもこれを退けたが、バルナック領主ララーシュタインの後継者がまたも侵略してくる。しかも恐竜などという未知のクリーチャーを嗾けて。
しかし、ゴーレムを操り大型モンスターの討伐をする冒険者パーティ『シルヴァホエール』と連絡が取れた。前戦争の英雄レイゾーのパーティ『AGI METAL』も健在。ジェフ王の長男スコットは亡くなったが、あと四人の王子たちがテキパキと働き戦支度をしている。
そして先の二つのパーティを含んだクラン『SLASH』からの提案によって新しい戦術も生まれトリスタンをはじめ宮廷を守る騎士たちが準備を進めている。第一次バルナック戦争と呼ぶことがつい先程決まった前侵略戦争では防戦一方となり『AGI METAL』の孤軍奮闘と言ってもおかしくない状態だった。それに比べると、この第二次バルナック戦争は、まだましなのではないかと思う者が多くいた。
始まってみると、それは凄惨な戦争になるのだが。ララーシュタインの切り札を想像できる者はいない。
この後、ジャカランダの王城の騎士団の戦が始まります。