第54話 食卓
あ、12月25日でしたね。
メリークリスマス。
風呂上りのサキとマチコはすっかり誤解が解けて仲直りしたようだ。クララとギクシャクしながら食事の用意をしていた俺としてはうらやましい。食事の用意といっても俺はチーズを削って、白ワインの栓を開けただけなんだが。
メニューはチーズフォンデュだ。パーティ気分で食卓を囲って話し易いようにとクララが考えたものだ。細やかな気遣いができる娘だな。
サキも明るい話題になるように振ってくれた。まず全員盃を持つようにと言ってワインを注いだ。
「乾杯しよう。クッキーという新しいパーティメンバーを迎えられたこと。それとタロスの復帰に。」
「あ、ありがとう。」
「乾杯。」
「「乾杯!」」
グラスを合わせ、ワインを一気に仰いだ。美味い。サキも一口に飲み干して饒舌だ。
「勝利の美酒だ。クッキーとタロスの相性はいいぞ。タロスの傷は、まだ完全に直ったわけではなくミスリル箔の包帯をまいたような姿だが、動きはいい。そしてクッキーの攻撃呪文があれば鬼に金棒だ。」
「へえ~、いいじゃない。あたし達も一緒だったら、もっと良かったけどねーえ。」
「ウィザードですものね。タロスの魔法増強があれば、無敵ですよね。」
その魔法増強というのが、どういったものなのかが気になる。訊いてみようか。
「タロスの魔法増強って、どういう仕組み?」
これにはサキが答えてくれた。食べながら話すようにと、気を遣いながら。
「タロスは体内にマナを溜め込んでいる。タロスそのものがマナで動いているわけだが。それを練り上げるとでも言えば良いのかな。そしていざという時、自然にマナがない場所などでは、体内のマナを消費して魔法を発動させることもできる。まあ、空になってしまえばタロス自体動けなくなるので、滅多にやらないが。」
「へえ。お、美味いな。」
溶けたチーズに包まれたバゲットが食欲を満たしていく。それに土鍋のような器に入ったチーズを四人で囲っていると日本の鍋料理のような感覚でホッとする。クララも笑顔だ。
「タロスの動きは問題ないのよね。まあ、ミイラみたいになってる上半身はできるだけ触れないようにするわよ。マナの内包量に関しては、ヴァナヘイムからヨツンヘイムへ自分で移動してたんだから大丈夫よね。」
「ああ、確かに。キマイラと戦って機能停止したときには、ヴァナヘイムへ送還したんだが、オズマが修復すると言うので召喚したときにはヨツンヘイムからだった。我々にはわからないところで、ゴーレムの世界にもいろいろあるのかもしれないが。」
またマチコとサキの会話から聞き馴れない言葉が出て来た。
「ヴァナヘイムにヨツンヘイムっていうのは?」
「ああ、それな。ヴァナヘイムはタロスの魂が生まれた場所。ヨツンヘイムは巨人の国だ。グローブには月は一つしかないそうだが、ユーロックスの月は三つある。」
「白い月には神と天使が棲んでいて、赤い月は悪魔、青い月には精霊がいるってヤツ?」
「そうだ。その先は?」
「いや、ギルドの講習で習ったのは、ここまで。月にちなんで『3』という数は神聖だというくらいで、この先は・・・。」
サキの説明によると、白い月には神々と天使が棲んでいるが、神にもアース、ヴァン、ティターン、オリュンポスといった種族があり天使もヴァルキュリアとアンゲロス、その他に分かれる。赤い月は悪魔と魔族。青い月には精霊や巨人族がいる。ヴァナヘイムはヴァン神族の棲み処で遠い昔は白い月にあったが、神々の争いで白い月を追われ、ヴァン神族の味方をした巨人族のいる青い月に移った。ヨツンヘイムとは巨人族の棲み処だ。ヴァン神族は衰退し、もはや神とは言えないが、それなりの勢力はあり、そこで生まれた魂をミスリル製の人型に定着させたのがタロスである。神聖な『3』の数は月だけでなく神族の三種族、アース、ティターン、オリュンポスにも由来している。
通常のゴーレムは、術者が召喚すると、その場にある地属性の素材、土や岩、鉄などから造られ、用が済めば、また元の素材に戻る。術者が強力な魔力の持ち主であった場合には、魔法生物として形を保ち存在し続けるが稀なケースだ。便宜上『召喚』という言葉を使ったが、多くの場合、その場で造られる疑似生命体のようなものなので、正確には召喚ではなく創造される。だが、『アーティファクトクリーチャー』であることには変わりがない。
そしてタロスは形を保ったまま、サキが呼び出せばヴァナヘイムやヨツンヘイムから地上へ現れ、また元の月の世界へ送還される。本当の意味で召喚されるわけだ。
キマイラの戦いの後、タロスをヴァナヘイムへ送還したのは、ヴァナヘイムには高濃度のマナが溢れているため。キマイラとの戦闘で失われたマナを早めに補充していた。普段タロスは青い月の巨人の国にいるそうだ。
(一遍に憶えられないなあ。聞き流すかな。タロスが特別なゴーレムだってことは理解したよ。)
それにしても複数のストーンゴーレムを操っていたサキは途轍もない魔力の持ち主ということになる。タロスの召喚にしても月から地上へ呼び出すというのは、とんでもないことだ。空間に干渉する魔法というのは、超高等魔術でグレーの色のマナを使うか、四極魔術で同じくグレーのマナか、空の精霊と取引するか。サキは魔導士ではなく呪術師らしいのでダイヤグラムだろうが、どれほどの魔力を持っているのだろうか?元の世界では、地球と月の距離は38万キロ。そういえば、オズボーンの飛行船フェザーライトは、ミスリル鉱石を採取しに青い月へ行ってきたのだと言うが。
(考えるの止めよう。食事の味が分からなくなりそうだ。)
「あ、ところで。」
(おお、話題を変えてくれるのか。ナイス。)
クララが生活面での話をしたいらしい。この家はクララの実家だ。
「寝室なんですけど。うちは二階に三部屋あります。東側の大きい部屋をサキとマチコ姐さんで使ってください。元両親の部屋です。それで、お二人とクッキーの間にあたしが入るようにするので、真ん中の元の姉の部屋をあたしが使います。クッキーは西側の元のあたしの部屋で寝てくださいね。」
途端にマチコがニヤニヤと笑い出した。ワインを飲みすぎたわけでもないだろうに。
「うふふふふ。クララ~。お姐さんはお見通しよ~お。まったく、かわいいわね、あんたって子は~。」
「姐さん、サキと一緒がそんなにうれしいですか~あ?」
「馬鹿ね。そりゃうれしいけど、そのことじゃないわよ。クッキーの前で言っちゃっていいのかしら?」
「なんですかー?」
「あー、そう。じゃあ言っちゃうわよ~。この焼き餅焼き~。クッキーがあんたのお姉さんのベッドで寝るのが嫌なんでしょ。それで自分が使ってたベッドでクッキーが寝るようにするのよね?行方知れずの姉に嫉妬してもしょうがないと思うけど、自分のベッドにクッキーが寝るってのが重要かしらねーえ。それで放置したらクッキー生殺しだと思うわよ。それも作戦?」
「ちょ、ちょっと!姐さん、何言うんですか?」
クララは顔が真っ赤になった。サキは無言で食べている。
「あはははは。クララはからかい甲斐があって、いいわあ。でも、よく見たらクッキーも顔が赤いわねえ。」
「え、いや、これはさっき頬を抓られて、ついでにビンタされたから。」
「へえ、どうして?」
「一緒に風呂入るかって言ったんで。」
「あら、やるじゃない、クッキー。」
「や、やだ、もう! やめて。」
サキはキッチンへワインのおかわりを探しに行った。
北欧神話とギリシャ神話とアーサー王伝説、サンダーバード、この世界はいろいろ
ごちゃまぜです。