第53話 尋問
前回あらすじ
バルナック軍の兵器らしいゴーレムを打ち破ったが、
それを操っていたマスターは、逃げてしまった。
俺たち三人は空間魔法によるポータルからタロスの外に出た。あらためてタロスを見上げるが、やはり大きい。中に入っていたのかと思うと感慨深い。そして、魔力でこれを制御するサキは、とんでもない魔法使いだ。どれだけの魔力を持っているのだろうか。
サキは、敵のゴーレムを操っていたマスターの存在を警戒していたようだが、どうやら逃げてしまったらしい。領域渡りを使ったようだ。
「私の魔力探知によると、三体の悪魔と一人の人間がいたはずだ。そして悪魔の一体は、恐竜が現われた時に私と会っている。マッハ男爵と名乗っていた。バルナックの軍の中心だろう。」
「それじゃあ、あのゴーレムはバルナック軍の兵器ってことか。」
「ああ、そうなるな。」
「恐竜と戦っていたのは何故だろう?」
「もう恐竜は用済みになったか、何か予定外のことでもあったのだろうな。鎧竜はマナを喰っていたのだろう?それは悪魔にとっても都合が悪いことのように思える。」
なるほど。あのゴーレムがバルナック軍の兵器なら、あれを切り札にするつもりで戦争に踏み切ったのではないだろうか。しかし、タロスには敵わなかった。俺がバルナックの作戦参謀なら、これ以降は徹底してタロスを避けてタロス不在の処を攻めるか、逆に全戦力を集中してタロスを潰すか、このどちらかだ。
「サキ、ここからは情報戦になるんじゃないかな。そしてクラン『SLASH』の動きが戦局を左右する。」
「その通りだ。SLASHが軍の中核として、こき使われるだろうな。さっさと帰って休もうか。」
そうだ。クララとマチコのことも気にかかる。シーナも気を使ってくれた。
「あ、あの、なんだか凄いことになってますね。クランやギルド、騎士団への報告は私がやります。お二人は明日に備えて休んでください。」
「ありがとう。だが、これだけは、やっておこう。」
サキはストレージャーから自動人形を出した。細身のそれは、膝を抱えるように折り畳まれた状態だと、結構小さい。身体を広げて立ち上がると150センチくらいになるが。そのオートマトンに命令を出す。
「このゴーレムの足跡をたどれ。何処から来たのか調べて報告しろ。おそらく其処にバルナック軍が駐屯している。」
オートマトンならば歩幅が小さく調査に時間は掛かるだろうが、サキから遠く離れても魔法による通信ができるそうだ。オートマトンはそそくさとゴーレムの足跡に沿い北へ向かって歩いて行った。
風呂上りにクラン『SLASH』の事務局であるレストラン取調室を訪ね、家へ戻ってきたクララとマチコだが、すこぶる機嫌が悪い。とくにマチコが。
自分たちが入浴中、知らぬ間にクッキーとサキが出掛け、しかも取調室の従業員の女性が一緒だと聞いたのだ。パーティ結成当初、サキとマチコの二人だけのときにもサキは一人でふらっと酒を飲みに出掛けてしまうことはあったが、まったりと一人酒を楽しんでいた。今回のようなことは初めてだった。実は、タムラが二人をからかってゴーレムのことを伝えず、シーナも道案内だとは言わず、ただ店のスタッフの女の子を連れて何処かへ行った、とだけ話したのだった。今頃タムラは大笑いしているだろう。マチコは半ばクララに八つ当たりしている。
「ほら、だから言ったでしょ。クッキーをしっかり捕まえとかなきゃ駄目じゃない!他の娘に盗られちゃうわよ。」
「それはマチコ姐さんだって一緒ですよ~。サキならモテるでしょ。」
「サキは酒に釣られて行っちゃうのよ。」
「綺麗なドレスを着たお酒ですか~?」
「あー、こら、言ったわね。クララ~。クッキーだって今頃鼻の下伸ばしてるわよ!」
「姐さんの馬鹿―!」
とうとう軽い喧嘩になっている。そのタイミングで俺たちは帰宅した。
「なんの騒ぎだ?珍しいな。」
「ただいま帰りましたよ。」
クララ、マチコが頭の上で振り回していた腕をピタリと止め、大きく見開いた眼でこちらを見た。一呼吸の間を置いて、マチコが引きつった笑い声で話し出す。
「あ~ら、お帰りなさい。こんな美女二人を置き去りにして、お二人ともどちらにお出掛けだったのかしら?」
「お帰りなさ~い。姐さんは今ちょっと機嫌悪いですよ~お。」
「クララもご機嫌斜めよ、クッキー!」
「は、はい?なんで?俺なんかやっちまいました?」
サキは俺の肩をポンと叩いて、爽やかに笑いこの場を去ろうとする。ちょっと、ズルくない?
「頑張れ、クッキー。私はパブへ飲みに行ってくる。」
「え、助けてくれないの?というか、俺なの?」
マチコが立ち上がったかと思えば瞬きする間もなく、サキにアバラ折りを掛けている。速い。玄関ドアも開いたままだぞ。しかし、サキが避けられないわけがないのだが。
クララが薄ら笑いを浮かべてドアを閉めながら、俺たちに問う。笑いながら逃げ道を塞いだな。馴れない強力な呪文を使って疲れて帰ってきたのに。
「取調室の女の子を連れてお出掛けしてたんですよね?どちらまでですか~。」
「あ。」
俺はすぐに理解した。これはレイゾーかタムラの悪戯に違いない。明日また顔を合わせるので、なにか突っ込んで話のネタにしようとしているのだろう。
淡々とサキのストーンゴーレムの一体が斃されたこと、その様子を見に行くと、バルナック軍の兵器らしいゴーレムを見つけタロスと交戦したこと、シーナはただの道案内であることを話したが、話しているうちに、別の方向にややこしくなってしまった。こんなタジタジになったサキの姿は想像できなかった。
マチコがコブラツイストを止めサキに抱きついて、めそめそと泣き出している。
「知らない間に行かないで。私を置いていかないで。独りにしないでよ。」
「えー、姐さん。独りにって。あたしはカウントされないんですか~。」
俺は慌ててクララの口を押えた。ここは黙ってなさい。空気読めよ。いや、妙に重い空気なので笑いにしようとしているのかもしれないが。
「私がマチコを置いていくわけがないだろう。マチコがいなくなって困るのは私なんだからな。」
サキは泣きじゃくるマチコをハグして頭を撫でる。それを見たクララは、口を押えた俺の手を押しのけ、二人に提案。
「もう一度お風呂に入って温まったらどうですか。サキと一緒に。」
俺も頷く。いいな。混浴か。
「う、うん。そう、それがいいよね。」
「お風呂でじっくり話してください。その間に晩御飯の支度はしておきますから。」
「サキ~、抱っこ~。」
「あ、ああ。分かった。じゃあ、すまない。クララ、クッキー、食事の用意を頼む。」
抱っこをせがむマチコをお姫様抱っこして、サキはバスルームへ。先回りしてドアの開け閉めをしてやったクララが戻ってくると、俺に椅子に座るように促し、両手で頬をつねってきた。
「いてててて。なにすんだよ~。ほっぺた伸びちまうだろー。」
「本当に取調室のスタッフさんに鼻の下伸ばしてたわけじゃないいですよね~?」
「そんなことないってー。」
「本当に?クッキーは女の子に誘われたら断れないんじゃないですかねえ?」
「そんなことない。お風呂でじっくり話しますか?」
バチンっと、大きい音が響いた。左頬が痛い。つねられたのとは別に。
「食事の支度しますよ。クッキーはテーブルの上を拭いて。」
「あ、はい。」
逆らえない。クララも怖い。




