第50話 追跡
サキの目線が泳いでいる。なんともサキらしくない気がする。
「ストーンゴーレムの魔力が・・・途切れた。」
俺は、窓を開けてリュウを店内に入れたが、すぐにサキがリュウに向き直り尋ねた。
「報告に戻ったんだな、リュウ。何があった?」
リュウがサキと同じ声で喋り出すのかと思ったら違った。もう少し高い、子供っぽい声だ。
「大型のゴーレム。スチールか、アイアンか。素材は混合かも知れない。サキのストーンゴーレムが恐竜を駆逐している最中に北から現れた15メートル程のゴーレムに破壊された。おそらくバルナックから送られた侵略の為の兵器。よく分からないのは、そのゴーレムは恐竜も倒した。ただの破壊衝動か、命令を受けているのか。」
「ふむ、そうか。リュウ、御苦労。あとは休め。」
サキが俺たちの顔を見回して説明する。
「私は冒険者ギルドには白魔導士として登録されているが、攻撃手段としては、魔物や魔法生物を召喚して使役する。セントアイブス近くまで来て恐竜がいたのでストーンゴーレム二体を呼び出したが、そのまま巡回して残りの恐竜を退治するように命令を出していた。一体は南、半島の先へ行き、もう一体は北へ行かせた。その北へ行かせたゴーレムの魔力が途絶えた。」
由々しき事態。しばしの沈黙。15メートルのゴーレムに皆、驚いたのか。しかし、これでは埒が明かないので質問してみた。
「サキ、そのストーンゴーレムっていうのは、具体的には?」
「身長は5メートル程だな。その場で作り出した物だから砂岩を凝縮している。それほど頑丈ではないが、恐竜の刃や爪なら傷にはなっても、噛み砕かれたりはしないだろう。」
「身長15メートルのゴーレムが相手なら?」
「まあ、破壊されても納得だな。面白くはないが。クッキー、出掛けよう。そのゴーレムを狩りに行くぞ。大型の獲物なら、うちのパーティの専門だ。任せてもらおうか。」
「そうですね。店の皆は新しいメニュー作っていてください。シルヴァホエールでチャチャッと片付けますから。サキ、タロスは動けるんだろうか?」
「動くとも。ただ、私も行ったことのない場所だ。領域渡りが使えないので、どなたか手が空いているようなら同行して欲しいのだが。」
レイゾーがポンと手を叩いた。
「僕自身が行きたいところだけどね。シーナに行かせようか。あの娘はもともと冒険者で地理に明るいからねえ。今回の新メニューはソース以外には煮込む物はないから、煮込み料理担当のシーナがいなくても大丈夫だ。」
三人でゴーレム退治に行くことになった。一応、レイドを組むということでギルドには届けを出すようだ。
「サキ、このメンバーで?」
「あの二人、長風呂だからな。またゴーレム退治に行くなんて言ったら、へそを曲げるぞ。シーナ君もクランSLASHには入っているそうだ。レイドとして手続き上も問題ない。そもそも戦時中だしな。」
「さようで。」
(うん、たしかにあの二人が機嫌悪くなったら、ちょっと怖そうだぞ。)
クララとマチコがタッグを組んでリングの上で暴れている姿を想像してしまった。
シーナの領域渡りで北の海岸沿いに移動。そこからはサキがストーンゴーレムの魔力が途絶えた場所を探し、小規模な渡りを二回ほど行い、後は歩く。15メートル級のゴーレムが移動すれば足跡などの痕跡を追えるはずだ。
ストーンゴーレムの残骸を発見した。円筒状の太い四肢が見事に折れて砕かれていた。しかし、頭部と胴体は、ほぼ無傷のまま転がされている。力任せの殴り合いではなく、格闘技で手足をへし折られたのではないかと思われる。通常、ゴーレムは自律行動をするが、決して知能は高くなく、単純な殴り合いになるはずだ。これだけ効率良くストーンゴーレムを行動不能にしているのは、指示している者が近くにいるに違いない。
「ほう。随分と効率的な戦いをするようだ。このゴーレムのマスターは体術の心得でもあるらしいな。そのくせ、『emeth』の文字がある額を狙っていないのは気になるところだ。何か試しているのか?」
そして、ストーンゴーレムとは別の大きな円い足跡を見つけた。足のサイズは2メートル半。歩幅6メートル。北から来て、東の方向へ向かっている。
シーナによると北には漁村が二つ。さらに先には商業都市クラブハウス。東に進めば、いずれ王都ジャカランダに着くと。
「ゴーレムはバルナックのララーシュタインが差し向けた戦力だと考えるのが妥当だが。だとしたら、オズマがクラブハウスでデーモンと戦っている間に別動隊が漁村を制圧したのではないか。そして漁村の港からゴーレムを陸地に揚げた。」
ゴーレムは木、土、石などの自然素材でその場にある物から作り出すのが基本だ。金属製や極端な大きさになると、予めその素材を用いて形を人型に創造しなければならず、魔法で召喚することができない。
創造した者の命令には従うので移動には歩かせるか船で運ぶなどの手段を用いる。青い月の裏側にあるというヨツンヘイムと呼ばれる巨人の国へ預けることで召喚魔法に応じるタロスは特別な存在なのだそうだ。
「たしかに。わりと大きな船が入れる港がありますが、村そのものは小さいので忘れられがちです。実際に今の村の様子がどうなのか、情報はありません。ラビリンスからも離れた村ですから、冒険者も少なく、頻繁に往来するのは海産物を扱う商人くらいです。」
サキの意見にシーナが同意するが、だとしたら何故恐竜を襲うのだろうか。バルナック軍の戦力ならば、恐竜は友軍のはずだ。しかし、サキの操るストーンゴーレムを破壊したうえに王都の方向に進んでいるとなれば、これは止めなければならない。おそらく王都もそれなりの対応をしているはずだが、宣戦布告されたのだから混乱しているだろう。
歩き出したが、馬もなしに歩幅6メートルの足跡を追ってはいけない。どこかで休憩でもしていれば良いが、うさぎとカメじゃあるまいし。
小規模に領域渡りを繰り返す手もあるが、今それができるのは土地勘のあるシーナだけだ。シーナにそんな無理はさせられない。
「よし、タロスに乗って行こう。どうせ遭遇したらすぐに戦うことになるだろう。」
「お!いいね。」
「なんです?タロスって馬の名前ですか?」
サキは祈るように両手を組むと目を閉じ呪文を詠唱する。中央に十字架を刻まれた大きな魔法陣が地面に描かれた。
「青い月を仰いで申す。天と地の理をわきまえ巨神ゴルグの足下にて、その力を貸し与え給うことを祈るものなり。召喚ミスリルゴーレム。」
「え、えええ~!」
上半身がまるで包帯だらけの痛々しい姿だが、人間の十倍の身長を持つゴーレムが魔法陣の中心から植物の芽が生えるように現れた。シーナは驚いて声をあげ、尻もちをついた。タロスのことをかなり聞かされている俺だってびっくりするんだ。無理もない。サキと俺の二人で両脇からシーナの腕を引いて起こした。
いよいよゴーレムのタロスが動き始めます。




