第49話 帰宅
今回はわりとホッコリ。
俺たちはシドのダンジョンを出ると、フィールドウォークを使いクララ宅へ帰った。いや、帰ったと言うのもなんだかおかしいか。結局、恐竜騒ぎではドタバタして領事館に泊まったりしたものだから、四人揃ってこの家に入るのは初めてだ。この四人でのパーティとしての活動は今日から始まったわけだ。その初日の活動がひと段落して此処にいる。とはいえ、まだ今日中にやるべきことはある。
「あー、蜘蛛の糸が不自然に甘ったるい匂いがして嫌な感じだわ。」
「粘着質でベタベタして気持ち悪いですねえ。」
「クララ、お風呂入ろう。一人ずつで順番待つのも嫌よねえ。一緒に入るわよ。」
「はい、姐さん。すぐにお風呂沸かします。」
クララは火と水のエレメンタルダガーを握りバスルームへ向かう。向かったと思ったらすぐにマチコを呼ぶ声がする。魔法だと湯を沸かすのもあっという間だな。瞬間湯沸かし器より強力。ある意味、こっちの世界の方が便利かも。
「姐さーん、いいですよ~。着替え持ってきて~。」
「はーい。じゃあ、サキ、クッキー、まず風呂に入らせてもらうわ。細かいこと押し付けるみたいだけど、あと宜しくねえ~。」
「ああ、分かったよ。ゆっくりするといい。」
さて、クランに今日の探索の行程を報告しなければならない。今までならば、探索者ギルドへの報告だったが、今はクランの一員であるため、報告もクランを通す。取調室が事務局扱いとなったので、取調室に報告すれば、そこからギルドへは報告が上がる。探索中に手に入れたトークンなどの戦利品の処分は、別の日で良いだろう。まあ、とくに変わったことがなければギルドへの報告義務もないのだが。今日は、その義務がある。
「クッキー、まずは、今日はよくやった。私たちのパーティの未来にとっては、とても明るいニュースになった。
クランへの報告に行こうか。まだ明るいから、今のうちにな。帰ってきて落ち着いたら、うちのパーティとタロスのことを説明しよう。」
「はい。タロスは一度実物を見たとはいえ、まだ理解できていないので助かります。」
「だから、そんな敬語は要らんと。」
「クララも敬語使ってるんじゃ? 」
「あれは、ああいうキャラだ。誰に対しても割とあんな喋り方だな。」
「まるほど。では、もうちょいフランクに。いや、まあ、追々。」
「そうだな。早く慣れろ。」
サキと話しているうちにバスルームから二人の声が聞こえてきた。声でかいな。バスルームの壁のタイルで音が響くのか。
「マチコ姐さん、いつ見ても大きくて立派ですねえ。」
「何言ってんの。クララだって大きいわよ。形もいいし。」
「そんなことありませんよ~。」
「あるわよ~。クッキーはなんて言ってるの?」
「え、い、いえ、クッキーはなんとも。」
「なあに? まだ見せてないわけ? 馬鹿ねえ。早く捕まえときなさいよ。逃げられちゃうわよ。そしたら、うちのパーティだって困るじゃない。また魔法使い探すの? 」
「ちょ、ちょっと! 姐さん! 何言うんですかあ。」
なんだか気になる会話をしている。
「さあ、出掛けようか、クッキー。」
サキはお構い無しなんだな。名残惜しいが仕方ない。取調室へレッツゴーだ。それにしても気になるが。
サキと二人で取調室に着いた。シドのダンジョンもオーバーランの気配を感じさせるような変化があるが、やはりこのところ探索は進まない為、今日、俺たちが見かけた魔物の種類の報告などは、貴重な情報らしかった。
そして、レイゾーとタムラは俺が火の精霊と契約できたかどうかが、やはり気になるようだった。契約ではなく加護だと伝えると驚いたが、またよくやったと褒めてもくれた。レイゾーもある精霊の加護を受けているのだそうだ。
続いてこちらから質問してみる。タムラはサラマンダーに会ったことがあるのかと。硝煙の匂いの件も説明して。
「いや、会ったことはないなあ。精霊が形になって姿を現すことって、けっこう珍しいんだぜ。それに俺は猟友会って言っても、ライフルを構えるよりも猛獣を捉える罠を仕掛けたりする機会のほうが多い。硝煙の匂いは、戦車の大砲を撃ってた了の比じゃないと思うぞ。」
タムラが答えるとジラースが姿を見せた。テーブルの上の何もない空間に、蝋燭に火が灯るように、静かにフワッと浮かんだ。火の精霊って意外とサービス精神旺盛なのか。
「おいおい、これまた硝煙の匂いがするじゃないか。だいぶ薄いがなぁ。三人目だ。グローブでは、そんなに頻繁に火薬を使うのか?」
「あ、ジラース。うわさをすれば。タムラさんは三人目か。じゃあ、最初の一人は誰なんだ?」
「会ったのは三年程前だな。齢は六十過ぎくらいか。白髪交じりの金髪の男だ。火薬以外にもいろいろな薬のような悪臭があったなぁ。」
「グローブではってことは、やはり異世界人なんだよな。」
ジラースは、俺からタムラの方へ視線を動かしながら話す。
「そういうことだ。お前さん、タムラというのか。お前さんも悪い匂いはしない。クッキーと近い人間だな。しかし、どちらかと言えば、ワシ等火の精霊より風の精霊の方が相性は良さそうだなぁ。」
「まあ、風の呪文はよく使うな。俺は狙撃手だ。弓の命中率を上げたり飛距離を伸ばしたりできるからな。」
「そうか。もうシドのダンジョンには精霊はいないだろうが、どこかで風の精霊に出会えば、お前さんに味方してくれるかもしれんなぁ。」
ジラースは、思わせぶりな事を言うと蝋燭の火が揺れるようにゆらゆらと視界から消えた。硝煙の匂いの人物については、気にしたところで何も進展はなさそうだ。話題を変えよう。俺はストレージャーから戦利品のキャベツを取り出した。
「ところで、レイゾーさん、タムラさん。これを見てくださいよ。」
「な、なにィィィィ!」
「おおっ、これは! 生食用の春キャベツじゃねえか! 」
レイゾーは飛び跳ねて小躍りしている。タムラも口角が上がって引きつっているような。そして俺の肩を叩く。
「でかしたぞ! やってくれたな! これで皆の士気も上がるぞ。間違いない。今まで加工食用のギュッと締まった硬いキャベツしかなかったんだよ。」
「タムさん! 早速取り掛かってくれ! 試作中のソースにも少し入れてみよう。馴染みが良くなるんじゃないか? 」
「合点だ、旦那。煮込むのに時間が掛かるから、明日の昼ですかな。」
(やっぱり、この忙しさの中でも新メニューの開発やってたのか。どこまで働くんだ、この人たちは。もう超人だろ。)
俺は感心を通り越して少し呆れた。
明日の昼には、新メニューの試食会を開催するそうだ。また楽しみができた。今日は良い日だ。いや、不幸中の幸いってヤツだろうか。バルナックからの侵略に対抗し、準備しなければいけないのは分かっているのだが。
「むっ! 」
サキが急に身構えたかと思うと耳木菟のリュウが外から窓ガラスをつつく音。ここで悪い知らせが入った。
何が大きいんだろうねえ。